第三章 戦士精霊と家事精霊③
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ミシェルが朝夕グレンと一緒にランドゥの元へ通うようになって、二週間が過ぎた。
すこしずつではあるがランドゥは食欲を取り戻し、痩せ細った体に肉がついてきていた。体力も戻ってきたようなので、ミシェルはそろそろ次の段階に進もうと算段していた。
そのためには、ペリ、エデ、モモの協力がほしいのだが……。
「すっかり秋だねえ……。ここへ来たときはまだ夏の気配が残ってたのにさ」
今日のミシェルたちの仕事は、別館まわりの草むしりだ。土のにおいのする仕事はひさしぶりで、ミシェルは村で耕していた畑を恋しく思い出した。
「さつまいも、まったく収穫しないままここへ来ちゃったわね……」
「うん。たき火で焼き芋作りたかったね」
「こんなに敷地が広いと、ここでも畑をやりたくなりますね。土地を遊ばせておくのがもったいない」
「あたし、畑仕事好き……」
モモはせつなそうに、枯葉の舞い降りはじめた庭園を眺めた。
「畑、グレン様に頼んでみましょうか、モモ」
「えっ」
モモがぱっと顔をかがやかせる。
「それでね、モモ……。わたし、考えてることがあるの。あのね……」
「あたしが畑仕事で元気になったように、ランドゥも畑をやったら元気になるかもって思ってるんでしょ? ミシェル」
「モモ……」
自分が言いたかったことを読んだようなモモの発言に驚き、ミシェルはモモの金髪に縁どられたちいさな顔を見つめた。
モモにとってランドゥは、できれば会いたくない精霊だろう。戦士精霊が戦士精霊を殺戮した忌まわしい事件。ランドゥはあの現場を思い出させる存在だ。
「あたしだけが元気になったら、ずるいもの」
小さな体で大きな草をずぼっと抜いて、モモはにっこり笑った。いつものモモのはかなげな笑顔ではなく、力強さを感じさせる笑顔だ。
フォシェリオン家へ来てから、モモはこんな顔を見せるようになった。
本来の力を取り戻してきているのかもしれない。
「モモ、ランドゥと一緒に働いてくれるの……?」
「うん。それとあたし、畑だけじゃなくて縫物もすきよ。ランドゥも縫物どうかしら?」
「やらせてみる?」
にやにや顔でペリが言った。
「戦士精霊から家事精霊にジョブチェンジですか」
エデはいつも真顔なので、冗談か本気か区別がつかない。
縫物をやるランドゥの姿を想像して、ミシェルも思わず笑い顔になった。針をちくちくやるランドゥの姿は、きっと微笑ましい。
「メイド頭さんに、刺繍の集いで余ったハンカチーフと刺繍糸をいただいたでしょう。刺繍なんてどうです? 畑をやって、刺繍をやる。体も指先も使う。バランスがいいですね」
「料理も教えて舌も鍛えるってどう?」
「味見専門になんかさせません」
さっそく先輩風を吹かせはじめるペリとエデに、モモが新入りだった昔を思い出して苦笑する。
新しい計画に湧きたって、みんなできゃっきゃっと笑い合っていると、本館での仕事をすませた顔見知りのメイドと下男が、連れ立って別棟に戻ってきた。
「おつかれさま、ミシェル。今日は草むしり? あなたたちが来てくれたおかげで、別棟が見違えたみたいにきれいになったわ」
「ミシェルたちは手際がいいからね。そろそろ見習いは終えて、本館の仕事に移るんだろう?」
メイドのダリアは右肩に、下男のシドは頭に、それぞれ家事精霊をのせている。
精霊たちも精霊たちどうし、手を振り合ってあいさつを交わした。
「今のところ本館に移る予定はありません」
「本館に移るのはいいけど、王宮やよその屋敷に引き抜かれないでほしいわー。『命令使役』が主流になってから、若い子がどんどんやめちゃうの。さみしいわ」
ダリアは右肩の精霊をひとなでした。
「……精霊を道具みたいに使うなんて、あたしは嫌だけどな。ミシェルみたいに、精霊と仲良く働く子が好きよ」
精霊を頭にのせたシドも、ダリアの横でうんうんうなずく。
ふたりが別館の中に消えたのを見計らって、ペリが「あのふたり、デキてると思わない?」とモモに同意を求めた。
「わかんないけど……。あたしはあのふたり、好きよ。ダリアもシドも、あたしたちががんばってお掃除すると、いつも感謝してくれるの。うれしい……」
モモははにかんだ顔で言った。
「そうね。素敵な先輩だわ」
ミシェルも微笑みを浮かべる。
「誰かの役に立てて、あたしうれしいの。村で働くのが楽しかったから、ここへ来るのは嫌だったけど……。あたし、このお屋敷好きよ。――でも、王宮は嫌い」
「わたしも同意です、モモ」
かつて王宮の家事精霊だったエデも、大きくうなずく。
「王宮知らないけど、おっきい貴族の屋敷きらーい! あ、ここ以外の」
大貴族に買われてつらい目に合ったことのあるペリも、話に混ざる。
「『命令使役』なんて、どうしてあるんだろ……。あんなもの、なくなってしまえばいいのに。本当に、グレン様はなくすつもりなの? 『命令使役』を」
モモは真剣な表情をミシェルに向けた。
「グレン様は、生涯をかけて戦っていくつもりだそうよ。『精霊石』と『命令使役』の撤廃に向けて」
「『精霊石』ってなんなのかな……。精霊の魂を押し込める、へんな青黒いもの……。『精霊石』越しに力をもらうと、なんでもできるような気持ちになるの。怪我をしても痛いってかんじないし、疲れも空腹もかんじないの。だけど、からっぽになっちゃうの。からっぽだから、命令されるとほっとするの。命令されて動いているときだけからっぽじゃなくなるから、どんな酷い命令でもきいちゃうの」
「モモ……」
「ペリも、エデも、ランドゥも……『命令使役』されたことがないんだよね。どうして『精霊石』の力を阻めるの?」
「ほかの精霊はどうか知らないけど、あたしの場合、『精霊石』の力が体に入ってくると、死んだおかみさんが『だまされちゃダメ!』って頭の中で言うんだー」
「おかみさんって、ペリの昔の精霊使い?」
「うん。魔物に踏まれて死んじゃった。だからあたし、『精霊石』は大っきらいだし、魔物も大っきらい。きらいなものが一緒だから、変態侯爵の味方してやってもいいかなって思ってる」
「ペリは単純明快ですね」
「エデはどうして『命令使役』が効かないの?」
「わたしは効かなくはないですよ。しかし『命令』の内容によっては無視しました」
「無視できるなら『命令使役』は効いてないと思う……」
尊敬のまなざしでモモは言った。
「今のモモなら、『命令』なんて無視できると思いますよ」
「うんうん、あたしもそう思う!」
先輩ふたりにそう言われ、モモがきょとんとする。
「どうして?」
モモの問いに「頭を使うようになったでしょう」とエデは答え、ペリは「思い出が増えたから!」と答えた。
バラバラの答えにモモが難しい顔をする横から、ミシェルが「みんなのために考えるようになったし、みんなといたから思い出が増えたでしょう?」と付け足した。
「みんなのために……。みんなといたから……。うん、そうだね」
「わたしも、ペリとエデとモモがいてくれたから、両親がいなくてもやってこれたと思うの。ひとりじゃ絶対、無理だったわ。三人がいてくれて、よかった」
「ミシェル……」
「わたし、精霊使いになって本当によかったと思うの。『同調』の精霊使いに。――あらいやだ、うっかりおしゃべりしちゃったわ。夕方までに草を抜いちゃわないと!」
「逢い引きの時間までにね」
にやにやしながらペリが言う。
「逢い引きじゃないわよ……! ランドゥに立ち直ってもらうお手伝いをしているだけで、グレン様とはそんなのじゃ……」
「まだ『そんなの』じゃないの? 初日にプロポーズかましたくせに、あの変態侯爵ずいぶん悠長だなあ。毎日小屋まで手をつなぐだけ?」
「手をつなぐって……。ペリ、あなたまさか見てたの!?」
ミシェルが問い詰めると、ペリはあわてて作業に戻った。ペリだけではない。エデも、モモも、我関せずとばかりに草を抜きはじめる。
「あなたたち……もしかして、奥庭で後つけてきてたの……?」
ミシェルが顔を真っ赤にして、わなわなとふるえながら精霊たちをにらみつけたそのときだった。
遠方で、ドォンと建物が崩れるような音がした。




