第三章 戦士精霊と家事精霊②
着替えを済ませ、レンジーナは屋敷の裏手に建つ離れへ向かった。
離れには下男のほか、デスカリド侯爵があやしげな仕事を命じる男たちが暮らしている。レンジーナは恋の火遊びを勘違いしてしつこくしてくる男たちを脅して黙らせるため、彼らを使うことがよくあった。
「ゲインズ。いる?」
味気ない廊下に並ぶドアのひとつを叩く。
顔を出したゲインズは、鼻を包帯で覆っていた。
「なによ、その包帯。みっともないわね」
「出張先で少々へまをやらかしまして……」
「ふうん? まあどうでもいいわ。おまえにやってほしいことがあるの。報酬にこのブローチをあげるわ。パーム子爵がくれたんだけど、趣味じゃないの」
ゲインズは真珠のブローチを一瞥すると、下卑た笑みを浮かべた。
「どのような案件で?」
「フォシェリオン侯爵が、屋敷に女を連れ込んでないか知りたいの」
「フォシェリオン侯爵――」
その名を聞いて、ゲインズが目を見開いた。
「なあに? なにか知ってるの?」
「いやなに。出張先でたまたまお見かけしましてね……」
「あの家、近ごろ若い女の部屋を整え出したの。高級品ばかり買い込むのよ。愛人なら追い出せば済むけど、結婚の準備だったら困るわ。それっぽい女が出入りしていたら、貴族かそうじゃないか探って」
「――お嬢様。その女はおそらく、貴族ですよ」
「なんですって!?」
恐れていた事態に、レンジーナは甲高い声で叫んだ。まずい。なんとしてでもその女を排除しなければ。
「どこの家の者なの? あたくしと同格だったりする?」
「いえ。伯爵家のご令嬢です」
「どこの家よ? 知ってるなら言いなさい!」
伯爵家なら格下ではあるが、侯爵家と伯爵家ならば不自然なほどの身分差ではない。レンジーナに焦りが生まれる。
「クレティス家です」
「クレティス家――? 社交界では聞かない名前よ」
「その女はおそらく、ミシェル・デ・クレティス。戦士精霊を操って反乱を起こし牢につながれた、レナルド・デ・クレティス伯爵のひとり娘です」




