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第一章 いきなりの求婚②

     *****


 そよ風に秋の気配が混じりはじめた、夏の終わりの日だった。

 カーテンや敷物など大きなものは、夏が終わる前に洗濯してしまいたい。ミシェルは朝の着替えを済ませると、寝室のカーテンをはずした。一緒に暮らしている家事精霊(ブラウニー)たち――ペリ、エデ、モモ――と一緒に縫い上げたカーテンである。

 カーテンのみならず、いつも着るエプロンドレスやシュミーズも、みんなで一緒に作る。菜園で野菜も作るし、収穫した野菜を入れる籠も編むし、保存食も作る。なんでも手作りのささやかな暮らしだった。

(あの方――グレン・デル・フォシェリオン様。一体どういうつもりで結婚なんて言い出したのかしら……)

 きのうは日差しの強い洗濯日和で、ミシェルは精霊たちと一緒に大量の洗濯物を抱え、川へ行った。

 暑い日だったので、冷たい川の水が気持ちよかった。はしゃいだ気持ちできゃあきゃあ言いながら、みんなでずぶ濡れになって洗濯をしているところへ、彼は供も連れずにふらりと現れたのだ。

 ミシェルと精霊たちの様子を見て、おどろいたような顔をしていたのは覚えている。

 そんな顔をするのは精霊使いだと、ミシェルは直観的にわかった。

 精霊使いの能力のない村のひとたちは、ミシェルが家事精霊(ブラウニー)と一緒に働いていても、とくになにも思わないようだ。精霊使いは都市に住む貴族や商人に仕えるのが普通だから、田舎のひとたちは精霊使いの実状をほとんど知らない。

 二年前、ミシェルが十五でこの村に住みついたときも、最初のうちは遠巻きにされていた。でも村のひとたちはみな気がよくて、やがて「精が出るねえ。今度、うちの家事も手伝ってくれないかい?」と頼まれるようになった。

 以来、村のひとたちから家事を請け負ったり、服の仕立ての注文を受けたりして、ミシェルの暮らしは成り立つようになった。仕事の報酬に小麦粉や肉や布地などをもらえるようになったから、父親が遺してくれたお金にあまり手をつけずに済んでいる。

(村のひとたちは親切だし……。ずっとここで暮らしたいわ)

 ミシェルは日差しが降りそそぐ窓から、外の景色を見た。

 山で囲まれた片田舎の田園風景が、眼前に広がる。窓を開けると、早朝の涼しい空気とともに、たっぷりの『精霊気』が流れ込んでくる。

 この地方には、まだ自然の『精霊気』が満ちている。

 昔は、この国のどこもかしこも、豊かな『精霊気』で覆われていたのだと父は言っていた――。

(王都から来た精霊使いなら、おどろくわよね。都会にはもう自然の『精霊気』が僅かしか残っていないもの。自然の『精霊気』を取り込んで、家事精霊(ブラウニー)に与える古いやり方の精霊使いなんて、見たことがないのかもしれないわ)

 だから、ミシェルが精霊と働く姿を見て、王都住まいの精霊使いがおどろくのは無理ないのだけれど――。

「……でも、だからってなぜ結婚?」

「ホントよね。プロポーズするのなら、もっとちゃんと手順踏みなさいよってかんじ!」

「きゃっ」

 ひとりごとに返事があったので、ミシェルはびっくりして声をあげてしまった。

 精霊たちの中で一番はっきり物を言うペリが、いつの間にか寝室に入ってきていた。ペリは背中に生えた薄い翅でぱたぱた飛んで来て、定位置であるミシェルの頭に着地した。

「ノックしてちょうだい」

「したもん。返事がないんだもん。なに考え込んでたの? まさか、きのうのあの男、ちょっといいなとか思ってるんじゃ……」

「思ってないわよ」

「若くて美形だったよね。おまけに金持ちの大貴族」

「王都の貴族なんて困ります。――わかってるでしょ?」

「わかってるけどぉ……。あの男、やたらキラッキラした容貌だったじゃない。おひさまみたいな明るい金髪でしょ、晴れ渡った空みたいな青い瞳でしょ。キリッとした顔立ちしちゃってさ。それに、王都の一等区住まいのボンボンにしちゃ鍛えた体つきだったし……。普通好きでしょ? あんな男」

「……ペリが好きなんじゃないの?」

「ちが! ちがうもん! あたしはもっと陰のあるひとが好きだもん!」

「へえ。ひとかけらも陰のないあなたが」

 ミシェルははずしたカーテンを手にして、ペリにぽかすか頭をぶたれながら、寝室を出た。

 階段を下りて、一階の居間に入る。居間には大窓と古びた長椅子があって、長椅子の上には冷静でしっかりものの精霊エデと、繊細で泣き虫の精霊モモがいた。

「おはようございます、ミシェル」

「おはよ、ミシェル」

「おはよう。エデ、モモ」

 ミシェルは大窓を開けた。

 体いっぱいに『精霊気』を浴びると、体の隅々まで力に満ち、木や川や風やおひさま、この世のあらゆるものと繋がったような気持ちになる。

 こんなふうに力が満ち足りたら、あとは簡単だ。この力を大好きなかわいい家事精霊(ブラウニー)たちに、おだやかな気持ちで譲り渡せばいい。

 毎朝のあいさつをするような、なにげない気づかいに乗せて贈ればいい。

 『精霊気』を届けるには、精霊との信頼関係が必要だ。

 「信頼関係?」と問う幼い自分に、かつて父は言ったものだ。

 おおげさなことではないよ。ただ、なにかを一緒にやればいい。それだけさ。

「さあ。きょうもはりきって働くわよ。まずは、朝ごはん朝ごはん」

「マティさんにもらったパンがあるんだよねー」

「マティさんのパン、皮が香ばしくて中がふわふわでおいしいの」

「あの絶妙な仕上がりに必要な発酵時間と焼き時間がまだ掴めないのですよ。それとも粉の配合の問題なのか……」

 みんなで台所に移動し、和気あいあいと朝食の準備をする。

 精霊は人間とは存在の次元が違うとはいえ、人型の実体をとり続ける場合は、食事が必要だ。ペリ、エデ、モモは肩に乗るほど小型なので、食事の量も少なくて済むのがたすかる。

 今朝のメニューは、いただきもののライ麦パンに、いただきもの鳥胸肉で仕込んだ鳥ハム。庭の菜園で採れた葉野菜とたまねぎと赤カブのサラダ。ハーブティー。

「ミルクが欲しい。牛飼おうよ牛!」

「うーん、さすがに牛は。ヤギなら……」

「その前に卵です。飼うならニワトリです」

「たまごとるの、かわいそう……」

 おしゃべりしながら朝食をとっていると、玄関のノッカーをコンコンと鳴らす音がした。

「お仕事の依頼かしら?」

 ミシェルはナプキンで口をぬぐって席を立った。

「牛飼いのカータさんだったらいいなあ。ミルクもらえる」

 廊下の床板をギシギシいわせながら、ミシェルは玄関扉へ向かった。

除き穴から外を見ると、見知らぬ中年男性が立っていた。村の男性のほとんどがかぶっている麦わら帽子の代わりに、布のラウンド帽をかぶっている。

 この村ではあまり見ない、都会風の装いだ。

 嫌な予感がした。


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