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第二章 壊れた精霊⑬

     *****


 グレンがレンジーナと対面していたちょうどそのころ、ミシェルは屋根裏部屋でメイド頭を待っていた。

 なかなか来ないので居場所を訊いて自分から出向こうかと思っていたところへ、ドアがノックされる。

 やって来たのは、ひっつめ髪に瓶底眼鏡、黒いドレスにぴんとした姿勢の、いかにも大きなお屋敷のメイド頭という風貌の中年女性だった。漂う威厳に圧倒され、ミシェルの背筋も伸びる。

「あなたがミシェル・コーシー?」

 威厳あふれる見た目に反し、話し方はやわらかかった。

「はい。ご指導よろしくお願いします」

「まあ、そう固くならずに。精霊使いなのよね? この屋敷では『命令使役』は厳禁だということは知っていますね?」

「はい。わたしは『同調』しか用いません」

「それをきいて安心しました。『同調』を用いる家事精霊(ブラウニー)使いは年々減っていて、あなたのような人材は貴重なのよ。現在、三人の家事精霊(ブラウニー)と『同調』可能だとか?」

 ――三人。メイド頭も、精霊を人と同じに数える。

 ミシェルはほっとして、ようやく笑顔になった。

「はい」

「精霊たちと会わせてもらえるかしら?」

「はい。――ペリ、エデ、モモ。いらっしゃい」

 奥に控えていた三人が、翅をぱたぱたさせてやってくる。

「あら、愛らしいこと。みんな同じデザインのエプロンドレスなのね」

 メイド頭が精霊たちを見て、にっこりと微笑んだ。

「こちらのお屋敷は、家事精霊(ブラウニー)も制服ですか?」

「かしこまった晩餐会を開くときは、王宮の家事精霊(ブラウニー)のように紺色のワンピースと白いハットとエプロンを貸し付けます。それ以外はあなたも精霊も、服は自由よ」

「了解しました」

「このエプロンドレスは、あなたが型紙をとったの? とてもかわいらしいわ」

「はい。ありがとうございます。光栄です」

「縫物も結構いける?」

「あまり凝った意匠のものは出来ませんが……」

「これが縫えるなら、教われば凝ったものも作れそうよ。ちょっとごめんなさいね、精霊ちゃん。ふんふん……」

 メイド頭はペリのスカートをちょいとつまみ、つくりを見分しはじめた。

「ふんふん。筋がいいわ。精霊使いの筋がよくないと、精霊もうまく動けないものよ。うん、あなたも精霊ちゃんたちも、なかなか有望よ」

「ありがとうございます」

「仕事の手順を教えます。ついてらっしゃいな。精霊ちゃんたちも一緒に」

 ミシェルはメイド頭について、別棟のあちこちを回った。客人のこない別棟であるためか、働いている使用人の数は少ない。たまに出くわすメイドや下男は、メイド頭の姿を見るとびっくりしたように足を止め、深々と礼を取った。

(そうよね。こんな大きなお屋敷ですもの、メイド頭さんの権威は大きいでしょう。ふだんは本館にいらっしゃるでしょうし、わざわざ来ていただいて申し訳ないわ)

 ミシェルは足を止めてくれた使用人たちに、丁寧にお辞儀を返した。どの使用人もひとりかふたり、家事精霊(ブラウニー)を連れている。強面の下男が愛らしい幼女姿の精霊を頭に乗せていたりすると、思わず笑顔になる。

「王宮の家事精霊(ブラウニー)使いはひとりで二十人から三十人の精霊を扱うそうですが、そんなことは『精霊石』の力に頼る『命令使役』でしか成しえません。たしかに『命令使役』は効率的です。しかし、フォシェリオン家では一切用いません」

 石造りの廊下に靴音をカツカツ響かせながら、メイド頭は語った。

「はい」

「『同調』を用いて精霊と働くなら、共に働く精霊は一度に一人か二人の場合が多いでしょう。多くて十人というところかしら。しかも『同調』の場合、精霊は精霊使いとおなじことをしますからね。精霊使いがなにも出来なければ、精霊だってなにもしません。精霊使いがじっとしたまま、顎で精霊をこき使うわけにはいかないのです」

「はい」

 ミシェルは深くうなずいた。

「しかし……顎で精霊をこき使うことを可能にしたのが『命令使役』です。王宮の家事精霊(ブラウニー)使いは重々しいローブをまとい、長い杖を持って、古代の魔法使いのようないでたちで三十人もの精霊を引きつれて王城を闊歩します。人々は、その様子を見て驚嘆するそうです。精霊を完全に統制する姿に、人間の勝利を見るのでしょうね」

「……」

 ミシェルも遠い昔に、王城の精霊使いを見たことがある。精霊使いのほこらしげな表情とは裏腹に、精霊たちは死んだように無表情だった。

「……偽りの勝利です。『精霊石』の製造がはじまって以来、王都の『精霊気』は減少し続けています。『精霊気』は魔物の発生を抑える大切なものなのに……。人間は精霊に勝利したかもしれません。けれど、その人間に勝利するのは……きっと魔物でしょう。もしも今のような事態が続けばね」

 メイド頭もミシェルも、誰もいない階段の踊り場で、いつのまにか足を止めていた。

 ミシェルは真剣な面持ちで、重要な話をするメイド頭の、瓶底眼鏡の奥にかがやく知性的な瞳を見つめた。この屋敷の主人とおなじ、明るい青色の瞳。

「フォシェリオン家のやり方を古いと言う貴族は大勢います。精霊使いの多くも、『命令使役』に憧れてやめていってしまいます。それでも、フォシェリオン家は『命令使役』を用いません。使用人の働き方ひとつひとつも、フォシェリオン家にとっては戦いなのです。魔物から、人々を守るための戦い。あなたも『同調』の精霊使いであることに、誇りを持って働いてほしいのです」

「はい!」

「いいお返事です」

 メイド頭はふっと眼を細めた。

 この人は尊敬できる。ミシェルはそう思い、失礼かと思ったものの、メイド頭の名前をきいてみたくなった。

「よろしければ、お名前を教えていただけませんか」

「わたくしの?」

「はい」

「――エランジュよ」

 瓶底眼鏡のメイド頭はそう名乗ると、いたずらっぽく笑った。


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