第二章 壊れた精霊⑪
「どうぞ」
「グレ~ン。レンジーナちゃんがわたくしじゃなくってあなたを出せって言うの」
言いながら現れたエランジュは、落ちついた色合いのシックなドレスを着こなす完璧な貴婦人に見える。
しかしこの「絵に描いたような大貴族の未亡人」が、実はなかなかの曲者であることをアンディは知っている。
「了解しました。レンジーナ嬢は、ランドゥのことでなにか言っていましたか?」
「危険物だから王宮に戻せですって」
「危険『物』ですか……」
「レンジーナちゃんの誘惑手腕、わたくしにも報告してね!」
「は? 誘惑? しないでしょう」
「あなた誘惑されても気付かないもんねぇ」
「されていません。アンディ、行くぞ」
いや、あちらの令嬢こちらの令嬢、四方八方から誘惑されてましたよ――。そう言いたくなったアンディだったが、大奥様の前なので、一応ひかえる。
レンジーナの待つ応接間へ向かいながら、グレンは「考えようによっては、レンジーナ嬢が訪ねてきたのは『命令使役』推進派の動きを知るチャンスだな」と言った。
「……レンジーナ様はそのあたり、どうでもいいと思ってると思うんですよね」
「そんなバカな。『命令使役』か『同調』かというのは、人類と精霊の共存を今後どのようにとらえていくかという重要な問題で――」
「人類と精霊の将来より、ご令嬢のみなさんは結婚問題のほうが重要でしょ。誰と結婚するかで、今後の社交界での地位が決まるのですから。令息方の地位と男ぶりを天秤にかけて、毎日大忙しですよ」
「『精霊気』が枯れて魔物が湧いたら、結婚や社交界どころではないだろう? 四年前の魔物発生を忘れた者はおるまい」
「魔物がいくら湧こうと、我が国の社交界は未来永劫今のまま続いていくと思ってらっしゃるご令嬢は大勢いますよ。大奥様がサロンでそれとなく警鐘を鳴らしても、ご令嬢方は困ったように微笑んで終わりだそうですし。そもそも、精霊使いの適性を持って生まれても、貴族の令嬢は能力を伸ばす訓練をしませんからね。訓練が足りなければ、王都の『精霊気』の薄さなど、意識なさらないでしょう」
精霊術を使うには生まれつき向き不向きがある。精霊使いとしての潜在能力があっても、ある程度の訓練を積まないと、精霊に『精霊気』を送ることは難しい。
しかし『精霊石』を利用するなら、めんどうな訓練はいらない。『精霊石』がもてはやされた理由のひとつである。
「レンジーナ嬢はデスカリド家の令嬢だぞ? デスカリド侯爵は精霊庁の庁長だぞ? 家事精霊や戦士精霊を扱う必要はなくとも、精霊術を学ぶくらいはするだろう?」
「ご本人に訊いてみたらどうです?」
応接間はもう目の前だった。ドアを軽くノックすると、客室担当のメイドが開けてくれた。客室担当のメイドも精霊使いで、彼女の相棒の精霊は先ほどまでここにいたエランジュの茶器を片付けているところだった。
レンジーナはつまらなそうに、働く家事精霊を見ている。
「ようこそお越しくださいました、レンジーナ様」
グレンが社交用の笑顔を浮かべ、右手を胸に当て優雅にあいさつをする。アンディも主人に倣って、招かれざる客に礼をとった。




