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第一章 いきなりの求婚①

 ミシェル・コーシーと名乗るこの少女を連れ帰りたかった。

 グレンは、自分には彼女が必要だと感じた。

 彼女にも、自分を必要としてほしいと思った。

「よし。結婚しよう」

「ミシェル、だめだよこいつバカだよ」

 当のミシェルが口を開く前に、グレンの発言は横から口を出す小さい精霊にバッサリ斬り捨てられた。

 横から口を出す小さい精霊――ミシェルの頭に乗っかっている、翅のある精霊に。

「この御仁は『結婚』という単語が示す意味を理解なさってらっしゃらない」

 ミシェルの右肩に乗る別の精霊が、畳みかけるように言う。

「いや。ミシェル、あたしたちを置いて王都になんか行っちゃいや」

 目に涙を溜めて訴えかけるのは、ミシェルの左肩に乗る精霊だ。

 ミシェル・コーシーはなだめるようにやさしく、エプロンドレスを着た左肩の精霊をなでた。左肩の精霊は、ミシェルの首筋に顔をうずめてしくしく泣いている。頭と右肩に乗る精霊は、警戒心でいっぱいの目をしてグレンをにらんでいる。

 グレンの目から見たら空恐ろしいほどの精霊使いである少女は、頭と両肩に幼女姿の家事精霊(ブラウニー)たちを乗せたまま、静かにグレンを見上げた。

「わたしは、この子たちと離れるわけにはいかないのです」

「離れなくていい。四人で王都へ来ればいい」

「『四人』」

 グレンの言葉の一部をミシェルは繰り返した。おどろいた顔をしている。

「そう。四人」

 念を押すようにグレンも繰り返す。

「でも――ええと、だめなのです。わたしたちには……なんと申しますか、その、日々の手入れが要る大きな家が必要で……」

 ミシェルの言葉に、グレンはあたりを見回した。鄙びた村はずれにぽつんと立つ、古い屋敷の玄関ホール。ミシェルと精霊たちが棲むこの家は年代物で、だいぶ古びてはいるものの、どこもかしこもすっきり清潔に整えられている。

 しかし金銭には乏しいのか、磨き上げられた窓に寄せられているのは木綿の端切れを縫い合わせたカーテンだった。出窓に置かれたジャム瓶には野の花が生けられ、吹き込むそよ風にゆれている。

 ――貧しげではあるが、好ましいな。

 この家の内装に対し、グレンはそう感じていた。

「わかっている。君ほどに能力に満ちた精霊使いと、君の能力に鍛え上げられた家事精霊(ブラウニー)たちだ。都会のせせこましい民家では、家事の能力が発揮できないだろう。力をじゅうぶんに発揮できないのは、精霊にとって大きな苦痛だからな」

「あんたの家っておっきいの?」

 頭の上が定位置らしい、元気のいい精霊が言う。愛らしい幼女姿の精霊たちは、みな白いエプロンのついた木綿の服を着ている。頭上の精霊は檸檬(れもん)色の服だ。

「大きい」

「すこしは謙遜しなよー」

 あきれたように檸檬色は言った。

「区画は王都のどちら? 敷地面積と床面積はいかほど?」

 右肩の精霊が訊いてくる。右肩の精霊が着ている服は、青と白のストライプ柄だ。

「王都はいや……。こわい精霊使いがいっぱいいるもの……」

 淡いピンクの花柄を着た左肩の精霊は、ずっとめそめそしている。

「事実を述べる。区画はデュラ区、敷地面積約一万四千ヤーパス床面積約三千五百ヤーパス。我が屋敷には精霊に無茶を強いる精霊使いなどいない」

 精霊たちの言葉に、グレンは淡々と答えた。

「えー! うそでしょー!? ないないないない!」

「ご冗談を。デュラ区で一万ヤーパス越え? どちらの大貴族様です?」

「うそよ。王都の精霊使いはみんな『命令使役』するんだもん……」

「できれば君たちではなく、こちらのミシェル嬢と話をしたいのだが……」

 口々に発言する精霊たちに辟易し、グレンはミシェルを見た。

 ミシェルも精霊たちと同じ型のエプロンドレスを着ている。爽やかなラベンダー色は、ミシェルのミルクティー色の髪と落ちついた紺碧の瞳によく似合っていた。

「お話することはございません、グレン・デル・フォシェリオン様。どうかわたしたちのことはすべて忘れて、王都へお戻りになって――」

「フォシェリオン?」

 ミシェルの言葉に、ストライプ柄を着た賢しげな精霊が反応した。

「えっ、なに? こいつ何者なの?」

「冗談ではなく大貴族だったのですね」

「王都の貴族なんか大嫌い……」

「精霊たちよ、少し黙っててもらうわけにはいかないだろうか」

 グレンはミシェルに向き直り、紺碧の深い瞳をのぞきこんだ。

「あらためて申し込もう。結婚してほしい。君の『能力』が、どうしても必要だ」

 はっきりきっぱりグレンは言った。

 ミシェルが眉をひそめる。

「ミシェル、やっぱこいつバカだから相手しちゃだめだよ。プロポーズなめてる」

 檸檬色がもう一度斬って捨てた。


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