大きさと運命
あれから4日経過した。
如月が決めた和食のメニューは、おでんと呼ばれる煮込み料理だ。聞いたことも見た事もないもので全く想像が付かなかった。
僕除く全員が、如月の指導のもとおでんを作り、試食をすることとなった。
大きな鍋の蓋を開けると吹き出す蒸気が温度を物語る。小さな取り皿に分けられて、それを受け取り中を見てびっくりした。
白いはずの大根が、茶色っぽく変わっていた。他にも卵などの食材が一色になっていた。大根にフォークを入れるとスッ入っていき柔らかくなっていた事に驚いた。息を吹き掛けて口に運ぶ。トロトロとした食感に染み込んだ味が口に広がりとても美味しい。これなら体の芯から温かくなりこの時期にはぴったりな料理だ。
それから午後は、教室の飾り付けの最終段階に踏み込んだ。
翌日は、ついにプリエールの実家からメイド服が届いてしまった。早速お披露目会が始まり、まずは女子全員が来た。
「こうして着ると恥ずかしいです……なんか、落ち着きませんね」
丈が短いスカートに太ももを擦るようにして恥ずかしいがる如月は、ギャップがあった。しかし、他はまんざらでもない顔をしていた。
「さぁ、次はヴリティア君だね。はい、これ」
笑顔のプリエールから渡されたメイド服を躊躇しながらも受け取り更衣室へと向かった。
「な、なんだこれは……」
鏡に映る自分は、男と言わないと絶対に女と間違われると思った。自分でも認めちゃいけないけど、こんなの来ちゃったら仕方ない……。慣れないスカートのスースー感をなんとか抑えたいために、ゆっくりと歩く。いつもは、短いはずのこの距離が物凄く長く感じる。
「は、入るよ……」
聞こえるかどうか分からない声で伝えて、扉を開ける。
「「「「「……」」」」」
みんなの視線が一点に集まるり長い沈黙が続く。この場にいるのが嫌になる。
「やっぱり……似合わないよね……?き、着替えてくるよ」
早めに教室から出ようとしたが、後ろからプリエールが声を上げた。
「可愛い〜!ヴリティア君すっごく似合ってる。そうだよねみんな」
「ええ、確かに可愛らしいメイドさんです」
「顔は可愛くても女性らしさは、内側が大切よ」
「私の可愛い妹にしたいわ。でも胸に詰め物したらどう?」
「な、何言ってんのロネスタ!? 僕を男とってのを忘れてないか?」
女装してるだけでも耐え難いのに、さらに胸に詰め物なんてしたら人前に出たくない。
「このまんまがいいんです!」
妙に強気に言葉を発する如月にロネスタは、腕を組む。その時豊潤な胸が揺れるため急いで視線をそらす。
「あっ、貧乳が怒った」
「なっ!? 確かにロネスタさんに比べれば私は小さいです。でも大きければいいって訳ではありません。そもそもヴリティアさんに身長に詰め物しても背丈の割には合いません!」
目の前で繰り広げる大きさの話に僕は耳を傾けないように窓に寄りかかって、空を眺めつつ心を無心にしていた。しかし、早くも戦いのほこ先は僕に向けられる。
「ヴリティアさん! 胸が大きい女性が小さい女性どちらの方が好みですか!?」
「そ、それを僕に聞く?」
「当たり前です! さぁ、どっちがいいかここで決めてください!」
なんて無茶な……一応僕も年頃の男だから気にして見ちゃうときはあるけど、大きさなんて分からないし。
「いや、そこらへんは人それぞれだと思うよ……うん」
中立の立場を取って回避行動に出た。
「む……そうですか、納得はしました。では、ヴリティアさんはこのままで」
「結局この服装は変わらないんだね……」
憂鬱な気持ちの僕を励すようにサジェスが肩をトントン叩く。
「さぁ、龍星祭まで残りは3日と少ないです。皆さん気を引き締めて頑張りましょう」
最後の気合い入れと同時に、装飾の確認や接客の手順などを1から見直しをしていった。
デンマークの首都コペンハーゲンにアリルとルリルは4日間掛けて到着した。遠回りの道のりだが、どうしても寄らないといけない場所でもあった。それは、母親であるエリル・ファフニールの母親が住んでいるからだ。
アリル達は、両親が神に殺されたと報告するとともに、不足し始めた資金を集めるために、祖母が経営するパン屋のバイトを短い間だが行っている。
寒い季節のデンマークは、他の北欧よりは寒さは穏やかではあるが、それでも北の国ではあるために体の芯まで凍る。
そんな中でもアリル達は屋外で必死にバイトを行っていた。
内容は、外でチラシを配りつつ売れる見込みの無い特製のパン粉を売っていた。しかし、クリスマス間近のこの時期に足を止まらせる人は居なかった。
「パン粉いかがですか?」
「悪いねお嬢ちゃん。今急いでるから」
「ごめんなさい……」
いくら声を掛けても誰もパン粉を買ってくれない。もう3時間も経過しているのに1つも売れてない。
焦る気持ちや寒さで凍える体でボロボロのルリアはその場で立ち尽くしてしまう。
「おい! 邪魔だどけ!」
「きゃっ!」
背後から走り去る男の太ももが肩甲骨に入り込み、顔から地面に強打する。雪で衝撃は緩和されたが額からは血が流れる。
「うっ……お母さん……お父さん……。助けてよ。うぐっ、うぅぅ」
その場で座り込み、他界している両親にルリアは必死に助けを求めるが、当然答えなど帰って来ることは無い。その虚しさに、ルリアの涙はより一層強く流れる。
しかし、泣いてる暇なんて無い。9時までに売り物を売らないとまたアリルに迷惑を掛けてしまう。しかし、時計はルリアにも残酷だった。
時計台を見ると、針は9時の5分前を刺していた。
「また残っちゃった……どうしよう」
俯きながらパン屋の前までゆっくりと歩く。隣では、両親と手を繋いで歩く兄弟が視界の端に映る。反射的に気になり見つめると再び涙がこぼれ落ちる。
これ以上見ている事が出来無い。ルリアは視線を地面に向ける。すると今度は頭に柔らかくて温かい感触がする。見なくても分かるため腕を背中に回して抱き付いた。
「アリル……私もう……嫌だよ耐えられ無い。お父さんとお母さんが居ないこの生活に」
「ルリア……ごめん」
「なんでアリルが謝るの?」
「あの時もっとちゃんと考えて行動すれば良かったのに、私が先走っちゃったから。ダメな所だね私の。もう、9時だから報告しよ」
抱擁をやめてアリルの隣に立つ。
「おばあちゃん、9時だから開けてくれない?」
インターホンを鳴らして数秒後に力を任せに扉が開かれる。
「ちゃんと全部売ったんでしょうね」
孫に対する声質と態度では無い。完璧に奴隷を見るような見下し方と声のトーンだった。
「私は全部売ったよ。ルリアは?」
体が異常に反応する。全ての神経が過剰になり、アリルに声を掛けられただけでも全身が固まる。それほど祖母の威圧が強かった。
「ご、ごめんなさいおばあちゃん。ぜ、全部売ることができなかっ……」
言葉の途中だが俯くルリアに突然祖母が履いていた革靴でみぞおちを思い切り蹴った。後ろに吹っ飛びその場で動かなくなるルリアにすぐさま駆け寄り祖母を睨む。
「ルリア! な、なにすんだ急に!」
「全部売れてないのによくノコノコ帰ってこれたね! エリルと全く変わらないな! あの親不孝者と」
「なっ……お母さんの事をバカにしないで!」
「あの子はね勝手に龍学校に行って、汚らわしい悪龍と結婚してさらにはその間に2人と子供なんてあり得ないわ! このパン屋を継ぐべきだったのよ! 老体の母親にやらせるなんて親不孝もいいところよ!」
この時アリルは思い出した。いつも母親から聞かされていた言葉を。
(アリル、ルリア親に決められた人生を歩んでは駄目よ、自分の人生は自分で切り開いて幸せを手に入れるのよ)
「だから、エリルの代わりにあんたら2人が私を介護しながらパン屋を継ぐのは運命よ! ここにいればあの馬鹿も死なずに済んだのに」
唾を吐き捨て、アリル達を見下す祖母に恐怖心もあるが、好き勝手両親を侮辱され怒りも込み上がる。
「な、なんでそんな事言えるの……? お母さんはおばあちゃんの娘なのに。それにお父さんの事も悪く言うなんて……お父さんやお母さんの苦労も知らない癖に偉そうにしないで! それに私達は、ミラノ龍学校に行くって決めた! それはお父さんとお母さんの意志を継ぐこと、今なら分かる。産まれてこんな仕打ちを受けるなら出て行って、自ら人生を選択した方が幸せよ! こんなパン屋潰れちまえ!」
一歩前に出て中指を立てる。祖母の顔は一気に赤くなり、声も大きくなる。
「この世間知らずの馬鹿孫が……! 勝手にしな! 転がりこんでもそこの愚妹のように蹴り飛ばしてやるわ!」
バタン! とわざと音を鳴らして扉を閉める。視界には粉雪が舞い、いつもなら落ち着かせてくれるが、今だけは何の効果もなかった。
「あのクソババァ……」
歯をきつく締めて、手を強く握り怒りを自分の体へとぶつける。プツプツと血管が切れ、手から血が垂れる。怒りのあまりルリアの手を離し容態を確認していないのに気づき急いで寄る。しかし、素人から見ても分かる。
ルリアの顔色は白くなり息は浅くペースも遅い。急いで抱き締めて、少しでも体温を上げようとする。その体も保冷剤のように冷たい。
「ルリア! 目を開けてよお願い! なんで……なんでみんないなくなっちゃうのよ! ルリアが居ないと私はこの先誰を信じて生きていけばいいのよ! ねぇ、目を開けてよルリア! ルリアーーーーッ!!!」
最後の絶叫と共に強く抱きしめる。しかし、ルリアは微動だにしない。
「誰か、助けて……」
祈るようにルリアの胸に顔を埋める。すると突然頭を大きな手で優しく撫でられる。この温かくて優しい手は。
「お、お父さん……?」
非現実的だが、体が覚えていた。振り向くと当然だが立っていたのはファフニールでさなかった。黒いコートを羽織り深くフードをかぶっていた。しかし、感じる龍力が桁違いだった。
「悪いな、ファフニールじゃなくて。お前らは、その双子の娘だろ。アリルとルリアだったか?」
「なんで、私達の事を?」
「騒がないなら教えてやろう」
首だけを動かして、ゆっくりとフード取る男を見つめる。完璧に見えた素顔に声を上げそうになるが、両手で口を押さえて心を落ち着かさせ、小さな声でも驚きを隠さず。
「バ、バハムート様! 何故この国に?」
「我はファフニールとは旧知の仲でな、そんな事よりルリアの容態を見せろ……今直してやるから待ってろ」
バハムートが顔面蒼白のルリアに手をかざすと一瞬にして、顔色が良くなり重い瞼がゆっくりだが開き、周りを見渡す。
「んっ……あれ私。ってなんでバハムート様が?」
ルリアは非常に落ち着いた状態で捉えた。
「話は後だ。今お前達が行きたい所はどこだ?」
2人は、顔を見合わせて強く頷く。
「ミラノ龍学校に行ってお母さんとお父さんの意志を継ぎたいんです。そして、遺言でもあります。だから龍学校に行きたいのです」
「そうか、2人の決意はよく分かった。我が招待状を書こう。5日後には入学しているはずだ。今日は、ゆっくり休め。既にホテルなら予約した。迎えが来るだろう」
「「あ、ありがとうございます!」」
2人は同時に頭を下げる。そして、顔を上げた時には既にバハムートは消えていた。
「やったなルリア、龍学校に案外早く入れるぞ」
「バハムート様のお陰だよ。でもやったねアリル、ここからが始まりだね」
2人手を繋いだあとバハムートが言った通りリムジンで迎えが来た。それに乗り込みこれからの新生活に胸を躍らせた。