表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

12


 ――“数多の者を永久の冬へと誘いし娘。そのものを後に死の娘と人は呼ぶ。娘の瞳は毒々しい()であり、()の瞳であった。

 娘に選ばれた者に春は訪れず、雪より冷たい死神の手がその者たちを包み込み、娘は高笑いとともに死神と去る。


 娘の高らかな歌声は死へと招かれた者への鎮魂歌となりて――


 歴史に綴られる犠牲者の名を紡ぎ出すことだろう”



「――って詩文じみた文からはじまる話ですよね? 要約すると“政治的に重要だった人間たちが一人の娘に纏めて殺されちゃったよ事件”の」

「……ざっくりまとめたな」

「纏まってるなら良いじゃないですか。短いならなおのこと良し。長ったらしいと訳わかんなくなりますもん」


 上司のルティカルの呆れたような顔に、リピチアはとくに萎縮することもなくマイペースに言葉を返す。いつものことだった。自由奔放なリピチア・ウォルター少尉が上官に気軽な口をきくのも、気軽な口をきかれたルティカル・メイラー中佐が特に怒り出さないのも。


 リピチアはざっくりと纏めてしまったが、一人の娘によって、この国は一度政治的に滅びかけている。

 それは明確な意図を持った大量殺人であり、犠牲者は国の内情や政治に詳しい者ばかりが二十数名。

 娘が使ったのは銃でもナイフでも毒薬などでもなく――ただの声だった。自分の声だけでその娘は大量の人間を死に至らしめた。


「すごい話だと思いますよー? 実際、彼女の起こした“行動”はただのお伽噺のたぐいでもなく、再現可能でしたしね。いろいろな条件下の元でないと発生し得ない“殺人”ではありましたが――正直、意味が分かるようになってから読み直すと空恐ろしい話です。この国なら出来ないことはないですからね」


 リピチアやルティカルが住んでいるこの国は、山脈に沿って作られた村が発展して成り立った国だ。冬には雪が降り積もり、辺り一面を白く染め上げてしまうし、春は待ち望んでもなかなか訪れない。いわゆる北国や雪国といった国であったし、寒さや雪による大災害も十数年に一度のペースでおそってくる。

 “死の娘”の話も、リピチアからすればタイミングの良い大災害でしかなかった。

 

 雪山をよく知った猟師は、雪崩の起きそうな場所では銃を使わない。その銃声で雪崩が発生することがたまにあるからだ。音とは空気が振動することによって起こる――いわばひとつの“現象”であり、寒空の下、猟銃の鋭い銃声は雪を容易に震わせる。

 そうして少しの震え()は重々しく冷たい雪の波となって――崩れていくのだ。


 くだんの“死の娘”はそれを巧く利用したのだろう。


 大事件の起こった日は、大雪の降った翌日だったと伝えられている。

 昔、政治的会議のために使われていた会館は雪山のすぐそばにあったそうだ。娘はそれを利用して、たった一人で武器も使わず、議会の人間を皆殺しにした。


 娘はある日、会議のためにと会館に集まってくる“犠牲者”を確認した後に、声がよく響く場所、ほかに声を遮る物がないような高い場所である会館の屋根で歌い始めたのだ。

 高らかな歌声は冷えた空気を震わせることで――会館のすぐ後ろに迫っていた雪山を揺さぶった。揺さぶられた雪山からは、白い悪夢のような雪崩が降り注ぎ。娘もろとも飲み込んで、永久の冬へと彼らを閉じこめた。


 いくつかの偶然か重なり合わなければ起こらなかった話だが、その偶然を彼女の思うがままに操ったのが“死の瞳”の力だろう――そんなふうに締めくくられて、お伽噺めいた歴史は幕を閉じている。


 幼い頃に読んだだけなら、この話はほとんどお伽噺だとして終わってしまうだろうし、“死の娘”に『歌で国を滅ぼしかけた悪い魔女』くらいの認識しか抱かないだろう。事実、リピチアもそうだったから。

 しかし、大人になると――否、この国の地理条件を理解できるようになると、それがただのお伽噺ではなくなってくるのだ。現実に起こりうる恐怖であったし、“死の娘”の狡猾で繊細で、不気味に詩的なそのやり口にはぞっとさせられる。


「でも、それだけの話でしょ。目が青かろうと黒かろうと、その条件下で大声出したら誰だって雪崩を起こせましたよ。娘じゃあなくたって良かったんです。無駄に気合い入れて体を鍛えてる男連中の方が声がでかい分、計画の成功度は上がったでしょうけど、それじゃ後世に語り継がれるようなことはなかったでしょうね」


 この話が後世に語り継がれているのは、たった一人の“娘”が一連の行動を起こしたからだろうとリピチアは信じて疑っていない。端的に言ってしまえば、物語映えがするとでもいうのだろうか。娘が武器も持たずに歌うだけで国を滅ぼしかけたから、半ばおとぎ話と同化して伝わっているだけだ。大勢の男たちが武器を手に取り起こしたような事件であるなら、きっと数多の歴史の中に“よくあること”として埋もれていったことだろう。


「まともに考えて紫の目がどうとかってあり得ないですよ。そんなのを信じてる人がこの世にまだいるなら、私はその人に“現実を見ろ”と言いますね。非科学的だし、紫の目を持った人に失礼でしょう? ()の目、なんて言葉遊びも良いところで。――ああほら、つい最近ジゼル氏が論文も発表してたじゃないですか! 読んでないんですかっ」

「専門外だからな、医学だの生物学だのは」

「もう! 中佐ってば脳味噌まで筋肉なんですから!」


 仕方ないですねー、とリピチアは壁際のスチール製の棚に歩み寄る。並べられていたファイルには他の学者の論文や研究の成果などが収められていた。その中から比較的新しいものを抜き取って、ぺらぺらとページをめくり。


「ああほら、これですよ。――中佐もジゼル氏のことはご存知でしょう?」

「ああ。昔の話を元に研究を重ねている……元小説家、だっただろうか」

「今も小説家だと思いますよ? 他の国だと学者と小説家なんて両立はできなさそうですけど、お伽噺の元に成り立ったようなこの国なら、そんなこともないですからね」


 お伽噺であったはずの話を検証していくうちに、それが実際にあった史実だとしれる――そんなことがこの国にはよくあった。それをまた「史実」として送り出すのも、小説家などの文字に親しい者たちで。


「この論文は――簡単に言うなら、“目の色とその人の属性”の関係性について検証したものなんです。小さい頃に聞きませんでしたか、目の色が少し不思議な人は、この世界の人間とは限らない――みたいな話を」

「――ああ、越境者の話か」


 それならば聞いたことがある、とルティカルは頷いた。越境者――つまりは、世界の枠を越えて“こちら側に来てしまった人間”のことだ。

 そういった人間の目の色は、周りに馴染んでいるようで浮いているのだという。妙に鮮やかな青だったり、とろりととろけるような赤だったり――。


「これは主に越境者について語られた論文ですけど、そのついでに死の瞳についても言及がありまして。――ああ、ここです」


 つい、とリピチアがファイルに収められた紙をなぞる。なぞられるがままに目を通し、ルティカルはふむ、と頷いた。


 ――“広く知られている“死の目”だが、紫色の目にそのような性質は存在しない”。


「まあ改まって発表するようなことでもないんですけど」

「……そのようだな。では、死を招くだの何だのはやはり……」


 急に黙り込んだ上司に、リピチアは不思議そうな顔を隠さなかった。


「どうかしたんですか、中佐」

「いや……特には。ああ、これから少し外に出てくるから――何かあったらアルテナ君のところに連絡を頼む」

「はあ……よくわかんないですけど、承知しました」


 はいはいと適当に頷いて、リピチアは研究室から上司を追いやることに成功した。


 リピチア・ウォルター少尉はその後、研究室を慌てて出て行くことになる。それは全て――紫色の瞳の娘のためだった。

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ