私、壇上に立ちます
ゾーイさん達のところへ戻ると、マリーベルさんが私の泣き顔を見ててんやわんやしていたけれど、ゾーイさんはなんだか、全く別の意味で焦っているようだった。なんというか、私の顔を見るや否や、今まで見たこともないような怖がり方をしていて、もしかして、あのお婆さんに関係があるのかと思った。
それでも、私が練習を続けると、二人は私のことをしっかり見ていてくれて、リハーサルについてもおおむね問題はなかった。少しだけだけど自信がついた気もする。
そうして、神秘の王宮に夜が来た。
「よし!練習は終わりだ!そろそろ前夜祭に繰り出そうじゃないか!」
「もう、ゾーイ様、ミコト様の練習はまだ…」
「いえ、私も行きたいです!色々な魔法使いの方たちも見ておきたいですし」
マリーベルさんは驚いたような顔をしていたけれど、ゾーイさんはなんだかとても嬉しそうだった。ちなみに、マリーベルさんは準備があるとかで、私とゾーイさんの二人で町へ向かうことになった。
神秘の王宮は、夜になるとその幻想的な雰囲気を一層深めて、魔術師たちは自分たちの秘術を競い合うように飛び回っていた。七色の虹が夜空に浮かんだり、妖精たちが少女たちのオーケストラでダンスパーティーを開いたり。それを見ているだけで、私はここに来てよかったと、そう思えた。
「ミコト、こっちこっち!」
ゾーイさんが私を引っ張って、宮殿の中へと連れて行った。そこには色々なローブを着た魔法使いがいて、皆思い思いにこの夜を楽しんでいるようだった。
「お、いたいた!アルテイシア!」
ゾーイさんが手を振りながら名前を呼んだ。
皆がざわざわとこちらを振り向いて、その中から一人の女の子がこちらに近づいてくる。
「よー!元気だったか!」
「馬鹿者が!ここでわしを呼び捨てにする奴がいるか!」
「え?あー、そうだった!」
周りを見ると、なんだか視線が怖い。皆口々に「あれが例の…」とか「まぁ、アルテイシア様を呼び捨てにするなんて」とか「まさに常識知らずですわ」とか、そんなことをヒソヒソ話している。もしかして偉い子なのかな?
「いやー、でもアルテイシア様だなんて、私には呼べないな!」
「やれやれ、お主、少しは成長せんか…」
アルテイシア様はどう見ても八、九歳くらいに見えるのだけれど、なんというかませた口調だ。でも、藍色に輝く髪がたなびいて、その深く沈んだ目がこの少女を大人びてみせる。というか可愛い!是非妹に…いやいや、私はなにを考えているんだ。
「あの、ゾーイさん、この人は?」
「ん?ああ、神秘の王宮の王女様だよ」
「え?あー…えーと?」
チラッと、私がアルテイシアを見る。
なるほど、確かに王女たる気品が。いやいやいやいや!
「な、なに気軽に話しかけてるんですか!?王女様ですよ!!」
「え?いや、それは知ってるけど」
「ふむ、そちらのお嬢さんは常識人のようじゃな。おお、そうか、お主がミコトじゃな?この阿呆の助手とは、また難儀なものだのう」
恐縮です。と、私は頭を下げた。
「えーと、でもこのお年で王女様など、大変のでは?」
「ん?ああ、安心せい。わしは肉体は子供じゃが、精神はすでに三百を超えているからのう」
「ああ、そうなんですかー、へー」
なんというか、もうこういうのはあまり驚かないようにしよう。精神がもたない!
「ふむ、おっと、話はまた後で。わしも挨拶があるでの」
そう言ってアルテイシア様は魔法使い達の中に消えていった。
「さて、私たちは飯でも食うか!」
ゾーイさんはそう言って宮殿の外へと向かった。なんというか、この人は本当に自由すぎて、というか、この人のポジションはよくわからないなぁ。
結局、私たちは出店でご飯を済ませると、翌日に備えて休みをとることにした。
その翌日に、なにが待ち受けているとも知らずに。
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「なんだか、やけに警備の人が多いですね?」
「そうですね。なにかあったのでしょうか?」
翌日、ゾーイさんは朝から誰かに呼び出されていなかった。私とマリーベルさんの二人でホテルを出ると、学会発表のある神秘の宮殿へと向かった。その道中、武装をした魔法使いや騎士たちが警備をしているのが目に入った。
「あれは【歴戦騎士団】ですね。本来はエルダー・ホルンの外壁を守っているはずですが、なにやらかなりの数がこちらで警備に回っているようです」
「なんか、あんまりいい予感はしませんね」
エルダー・ホルンにおいては、魔法使いとは別に【騎士】と呼ばれる人たちが多数存在する。彼らは、このエルダー・ホルンを守る存在で、魔法使いもいれば、気だとかを極めたような人たちもいるらしい。戦いのプロフェッショナルなんだとか。
マリーベルさんもこの空気に違和感を感じているようで…と、向こうから何人かの騎士が歩いてくる。そのうちの一人が私たちを呼び止めた。
「失礼。身分証の提示をお願いできますか?」
「あ、はい」
涼やかな女性の声だ。騎士にも女性がいるとは思わなかった。
私たちは知恵の館の研究員章を提示する。
「あら、これは知恵の館の…大変失礼を」
「あの、なにかあったのでしょうか?」
マリーベルさんがたまらず問いかけた。
「ええ、実はその…知恵の館の方だからお伝えしますが、テロ予告があったのですわ。予告を出したのは…【グリモワール】です」
「なんですって?」
雰囲気が一変した。グリモワールという響きが、なんだか私には怖かった。
「学会を中止にはしないのですか?」
「ええ、これだけの警備を潜り抜けられるとも思いませんし、それに、ここには騎士以外にも大勢の魔法使いがおりますもの」
そういうと女騎士は一礼をして警備に戻っていった。
なんだか、今の言葉はいわゆるフラグとかいうやつだった気もするけれど。
「先を急ぎましょうか」
マリーベルさんの一言で私たちは会場へと向かった。
会場に着くと、やはり外の警備などどこ吹く風というところだ。というより、きっと皆もそんなことを考えている余裕がないのだ。
もちろん、私も。
「ミ、ミコト様、手足が同時に動いていますよ?」
「え?な、なに?何か言った…」
「ミコト様!前!」
ドンッ!という音が私の頭から鳴り響いた。
痛い!痛いよ!
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、ですって!」
強がって見せたものも、すでに心臓が破裂しそうだ!
大学受験のときよりも遥かに緊張する。やっぱり、私にはまだ自信というものもないし、開き直ることも出来ていないようだ…。
それでも、やるしかないのはわかっているんだけどね。
最初に、アルテイシア様が開会式の挨拶をしていた。多分、検討を祈る的なことを言っていたと思うんだけど、私はそれどこではなく…気がついたら、自分が控え室に行く時間になっていた。
「じゃ、じゃあ、私はここまでですけど、本当に大丈夫ですか?」
「だだだ、大丈夫でふ!」
「…その、わ、私ちゃんと見ていますので!」
マリーベルさんは私の様子に不安いっぱいだったようだけど、控え室には発表者以外入ることが出来ない。頼もしいお姉さんも、私の傍からいなくなってしまった。
控え室に入ると、何人かの発表者が待機していた。
皆それぞれ緊張しているらしく、沈んだ雰囲気が満ち満ちている。
多分、呼ばれるまであと10分とかそれくらいだろう。そう思うと、段々胸が苦しくなってきた。あ、あれ?私大丈夫かな?なんか、手が震えてくる…。
大学受験の時だって、こんなに緊張はしなかった。思ったとおり、やっぱり私には無理だったのかとすら思う。
「ふう…」
吐く息だって震えている。
「ミコト=マガミ様、出番です」
「は、はい!」
立ち上がろうとすると、一瞬ふらっとして、椅子に手をつく。
「大丈夫…気楽に…」
ステージへの階段を上る。ギシギシと音が鳴って、今時分がどこに向かっているのかを認識させてくれる。
もう一度、息を吐く。
「ふう…」
大丈夫。
さあ進もう。
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「続きまして!知恵の館よりミコト=マガミの登場です!」
大きな拍手が鳴り響く中を、一歩一歩進む。スポットライトは少し眩しくて、そして熱を帯びたステージが、私の鼓動をより早くする。
私はマイクの前に立つと、資料を開いて、杖を準備する。杖を振るって、空中に資料を投影して…あ、あれ?どうしたんだろう、出てこない、出てこないよ…!
自分で自分がパニックになっているのが分かる。客席のほうを見ると…駄目だ、ここからだとゾーイさんもマリーベルさんも、どこにいるのかわからない。どうしよう!あんなに練習したのに…お、落ち着かないと!
すっと私の手から杖が滑り落ちた。杖はカツンと音を鳴らして床に落ちて、ステージの下へと虚しく転がっていく。ああ、どうして私はこんなに…。
「全く、お前はどうしてそんなにどんくさいんだ」
…え?
ステージの下から、誰かが私に杖を差し出した。聞きなれた声に、見慣れた顔。ああ、相変わらず、タイミングだけはいいんだから。
「ひーちゃん、どうしてここに?」
「今はそんなこと言ってる場合か?ほら」
相変わらず、上から目線で、格好つけた顔で。
私はそんなひーちゃんから杖を受け取る。
気がつくと、手の震えが止まっていて。
「失礼いたしました。私、ミコト=マガミと申します。本日は皆様の貴重なお時間をいただきますが、どうか、ご静聴のほどよろしくお願いいたします。」
スラスラと言葉が出た。
私がもう一度杖を振るうと、今度は確かに資料が投影される。
「今回発表させていただきますのは、『魔法陣論における簡易魔法術式の形成手順簡略化』でございます。そもそも、魔法陣においては設置を主に運用されていることから、こう言った簡略化は重要ではないとされてきました。しかし、近年の術者の減少と形態性の重要化に伴い、簡易魔法術式の重要性が増加しました。今回は、そういった簡易魔法術式の作成における、作業の簡略化と生産性向上について発表させていただきます。」
まるで、自分の口でないように。
気がつくと観客席もよく見えて、右上にマリーベルさん、右下にはベアとラクシュミが見える。そういえばゾーイさんの姿が見えない、と思ったら、後ろのドアからいそいそと入ってくる人が…。
「ふう、間に合った!」
とでも言いたげに、こちらにウインクを飛ばしてくる。
ゾーイさん、貴女という人は!
そんなことを考えるほどに、私には余裕があった。
というよりもそう。
楽しかったのだ。
私の言葉に聞き入る人たちがいて、真剣そうにメモを取ったり、頷いたり。私は彼らに全部を伝えることに、本当に集中していた気がする。
「以上です。ご質問はございますでしょうか」
自分の発表が終わり、質問の時間に移る。
質問の内容は、事前にゾーイさんと考えていたものがほとんどで、あの人は本当に凄い人だったんだだな、なんて考えていた。
「最後に、質問はございますか?」
時間も終わりが迫って、最後の質問を募る。と、ピンと伸びた手が一つ。
「はい、どうぞ!」
…あ、あの人は!
優しく浮かぶその笑顔が特徴的な、あのお婆さんだ。
「大変素晴らしい発表でした。そしてこれは、私の個人的な質問になってしまうのですが、よろしいですか?」
「…はい!」
「聞いたところによると、貴女はまだまだ魔法を扱うことも出来ない初心者だとか。それが、この場で発表することに意義を唱える方もおります。あなたは、自分がこの場で発表するに足る資格があると、思いますか?」
私の心の奥底を覗いたような、鋭い質問だった。その言葉に、また胸がどきっとした。でも、今この場でならなにか言うことが出来る気がする。
「わかりません!でも、私を支えてくれた人たちは、大丈夫だと言ってくれました。それなら、私はその期待に答えられるように、頑張るだけです。もしそれで駄目でも、何度でも、チャレンジしたいと思います」
結局、私の言葉は皆の受け売りで、なにか凄いことをいえてるわけでもないけれど、それでも、今このときこの問いに答えられたことが、私には誇らしかった。
「そうですか!それは素晴らしい!ありがとうございます、ミコトさん」
お婆さんは両手を叩いて、私の言葉を喜んでくれた。
「これで、私の発表を終わります。ご静聴ありがとうございました!」
お辞儀をする私に、拍手の雨が降り注いで、もちろん、それは誰にでも送るものなんだけれど、それでも、この拍手が嬉しかった。
ふと、ステージの下を見ると、ひーちゃんが腕を組みながらニヒルに笑っている。
拍手くらい、しなさいっての!
私はそう心の中で呟いて、ステージを後にしたのだった。