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私、母の手紙を読みました

 三日後の二十時前、私はこの前のアンティークショップへと向かっていた。ゾーイさんからもらった書類にあったように準備をしたが、思いの他軽装になってしまった。なんでも、私はあっちで寮暮らしをするらしく、持ち込めるのは服とか文房具とか、それくらいのものらしい。


「少し遅れたかな…」

「おーい!早く早く!」


 アンティークショップの前につくと、そこにはゾーイさんと、最初に私を出迎えてくれた店員さんが待っていた。


「すみません、遅くなりました」

「いやー!てっきり来ないかと思ったよ!よかったよかった!」

「あれだけ脅したのですから、来るに決まっているではありませんか」

「う…それを言うなよ…」


 店員さんが痛烈なツッコミを入れた。


「あ、そういえば私の自己紹介をしておりませんでしたね!私はマリーベルと申します。ゾーイ様の侍従をしてございます」

「あ、どうも…ミコトです」

「それは存じておりますよ!」


 それはそうか、と自分で名を名乗ったのが恥ずかしくなった。マリーベルさんはかなりの常識人のようで、なるほど確かに、この色々と危なっかしい人の世話をするだけのことはありそうだ。


「さて、ミコちゃん」


 ミコちゃん…?


「これから君はウィズダムの大地に立ち、その中心に聳え立つエルダー・ホルンへと向かうことになる。覚悟はいいかい?」


 ゾーイさんは真剣な眼差しを私に向けてきた。


 正直言って、怖い。


 私には魔法の才能があるとは思えないし、そういう知識も人並みにしかない。それに、これから行くところはエリートたちが集まる場所だ。私のような凡人丸出しの女が、そんなところにいること自体がおかしいだろう。でも…。


「はい、覚悟は出来ています。私、負けません」


************************************************


 私の部屋のドアをノックしたのは父さんだった。父さんは、私の様子が変だったのに気がついたのか、自分自身が一番大変なのにも関わらず、私に声をかけてくれたのだ。そして、一便の手紙を私に手渡してくれた。


 それは、幼いころ死んだという、母さんの手紙だった。


「まだ母さんが生きていたころ、なにか本当に困ったことがあったときに、お前に渡すように言われていたんだ…すまんな、俺にはもう、これくらいしかしてやれることがない」


 父さんはそう言って、意気消沈しながら部屋を出て行った。


 ――拝啓 ミコトちゃん――


 お元気ですか?

 私は天国で元気してます。

 きっと今、ミコトちゃんは本当に困っていることでしょう。

 でも大丈夫。あなたには沢山のいます。

 あなたは天を突き破る騎士の助けを得て、

 破天荒な魔女の導きで英知の集まる樹を目指すでしょう。

 そこで月の使者と出会い、虹の仲間と共に空を駆け上がりなさい。

 そしてきっと、私と貴女を生み出したあの人が、貴女を助けてくれます。

 私は貴女を助けてあげることは出来ないけれど、貴女を見守っています。


 ミコトちゃんのことが大好きな母より


 ――敬具――



 私はその手紙を見て、いろんなことを考えた。もちろん、その手紙がなんであるかについても。

 この手紙を書いた母が、一体何者だったかはわからないけれど、でも、これが自分の人生なんだと、確信することが出来た。


 怖くて怖くてたまらない。でも、私はあの家族を守りたかった。そして私の家をめちゃめちゃにした男に、なにかの報いを与えてやらなきゃいけないと思った。小さくなったお父さんのために頑張ろうと思った。同じような人々を作らないためにも、私は負けちゃいけないと、そう思った。


************************************************


 …だから…!


「お願いゾーイさん。私を、ウィズダムに連れて行って!」


ゾーイさんは満面の笑みで答える。


「よろしい!それではこの【好奇心の魔女】ゾーイ=リードが、ミコトを英知の大陸へと誘おう!」


 ゾーイさんが樫の棒を振るって、空に魔方陣を描いた。そして中空に黒い雌鶏を模した木作りの像を捧げる。


「Eloim, Essaim, frugativi et appellavi」


 ゾーイさんが召喚の言葉を唱えた。私だって知っている言葉。

 すると空が黒く染め上がって…翼を持った狼が現れた!


「私が呼び出せる数少ない悪魔、【マルコキアス】さ。大丈夫、かれは誠実な良き侯爵だよ。尤も、生贄が偽者ではそこまで力はでないけどな」


 マルコキアスはその恐ろしい姿を私に向けてくるが、存外可愛らしい気もする。ただ蛇の尻尾と口から出てる火がちょっと怖い…。


「さぁ、ミコちゃん、ぐずぐずしてると月の門が閉じてしまうよ」

「え?わあ!?」


 空を見上げると、そこには大きな魔方陣が浮かんでいる。その向こうには緑の大地が見えて…これが異世界への入り口…ってこと?


 ゾーイさんから差し出される手を掴み、マルコキアスの背へと飛び乗る。生き物らしい温かみに、この悪魔が本当に存在していることを思い知らされる。そして、その大きな羽根を羽ばたき、マルコキアスは異界への入り口へ飛び出した。


 気がつくと隣をマリーベルさんが私たちの横を飛んでいる。箒で。本当に魔女って箒で飛ぶんだ…。


 マルコキアスは段々と速く、速く速くなっていく。息をするのが大変で、しがみついているのがやっとだ。気がつくと、魔方陣が目の前まで迫っている。


「さぁ、我らが英知の大地へ!」


 ゾーイさんの言葉と同時に、あたりがキラキラと輝いた。その眩しさに酔いそうで、それでいて、心がときめいた。少し気持ちが悪い。もしかして魔方陣酔いとかそういうやつかな。でも、顔に当たる風が気持ちいい…まるで、風に抱かれているようで…。


「さあ、目を開けろミコト。これがウィズダムの大地だ」


 ゾーイさんの一言で、私は恐る恐る目を開けた。


「…綺麗…」


 私の口からは、そんな月並みな言葉しか出てこなかったけど、きっと誰だってそう言わずにはいられない。


 緑色の大地が広がっている。

 白くたなびく雲が私たちをやさしく包んで、輝く日の光が、空を山吹色に染め上げている。

 青く激しい川が大地を割って流れて、白い鳥たちが水辺で踊っている。。

 まるでこの空と大地が私たちを祝福してくれているようで、私はその優しさにいつまでも触れていたいと思った。

 どうしてかはわからないけど、私はこう言わずにはいられなかった。


「ただいま…」と。




 ――拝啓 お母様――


 私、未知の世界へとやって参りました。


 この新しくて懐かしい世界で、私頑張ります。


 怖くて怖くてたまらないけど、どうか、私を見守っていてください。



 貴女の愛してくれた娘、ミコトより。


 ――敬具――



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