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私、魔法使いに説得されました

 エルダー・ホルン。

 英知の極みたる大地、【ウィズダム】の中心地にそびえ立つその大樹は、あらゆる知恵、あらゆる夢、あらゆる秘密をそのうちに集めた一つの極限である。そこで得られぬ物はなく、そして見つからぬ答えはない。

 そんなエルダー・ホルンの一角に位置するイデア王立魔法研究所、通称【知恵の館】は、魔法使い達が日夜研鑽を重ねる世界最高峰の魔法研究所であり、あらゆる魔法使いがそこを目指して日々勉学に勤しんでいる。


「話が壮大すぎてついていけません…」

「つまり、世界で一番すごい研究所で事務員として働けるんだ。名誉なことだぞこれは!知恵の館で働いていることはすなわち、選ばれた人間だと言う証だからな!」


 ゾーイさんは両手をいっぱいに広げてその偉大さをアピールしてくる。話だけを聞けば、とても名誉なことなのだとわかった。


「でも、私、魔法使いじゃないんですけど…」

「ああ、それは分かっているよ。だが、こちらにも色々事情があってな」


 ゾーイさんは困ったような顔をして樫の棒を振った。


 すると、空中にグラフのようなものが浮き上がる。


「これは世界的な魔法使いの人数の推移さ。見てくれ、この数十年で、魔法使いの数は半分以下になってしまったんだ。これでは魔法の研究は出来ても、ほかの事に気を回す余裕がない」

「つまり、誰できる仕事は魔法使い意外に任せているってこと?」

「そういうことさ。といっても、誰でもいいわけじゃない。エルダー・ホルンに入れるのは、ある程度魔力を持つものに限られているからな。その点、君は合格さ」


 え?私に魔力?


「そうさ。普通の人間では、まずこの店を見つけることから出来ないんだよ。簡単な結界が張ってあってね」

「でも、私魔法なんて使えないし」

「あー!もう!うじうじするな!」


 ゾーイさんが大声を上げて机を叩いた。


「いいかい?君のことは聖君から聞いているし、エルダーホルンに入ることが出来る稀有な素材だ。それに、君なら【エルダー学術魔法院】でもやっていけると思う」

「エルダー学術魔法院?」

「魔法使いの大学さ。君が行くこと」


 え?


「私、一応行く大学決めているんですけど…」

「ん、ああ、それは無理だ。一度ウィズダムに渡ると、満月の夜にしか帰ってこれないからな」


 またもや初耳だ。つまり、私はこれから魔法使いの助手になって、しかも異界で働いて、ついでに魔法使いの大学で勉強するってこと?そんなまさか…。


 そう思ってゾーイさんの顔を見ると、まるで冗談は言っていないような顔をしている。


「でも、だから私魔法使いじゃないんですって!」

「ああ、いいのさ。魔法の使い方なんてすぐに覚える。覚えなくてもいい。あっちだってちゃんとした授業も沢山あるし、君は確か本が好きだろ?あっちには君の知らないような物語が沢山あるぞ!」


 確かに魔法使いの国の本といわれれば、興味がわかないはずもない。ゾーイさんはその後も、魔法のすばらしさや凄さを延々と語り続けてきた。


 空を舞うペガサスたち、火を噴く狼、精霊たちが水辺でダンスを踊り、山よりも大きい巨人が大地を耕す。子供のころに憧れていた、ファンタジーの世界だ。私には正直魔法使いの助手なんて勤まるかは分からないけれど、それでもやってみたいと思わせる魅力があった。


 それでも、正直怖かった。


「その、やっぱり私には難しいと思います…すみません…」


 ゾーイさんは私の返答にひどくがっかりしたようで、ふうっとため息をついた。大体、なんで私をこんなに誘おうとするのだろうか。


「…実はね、これは言おうか迷っていたんだが…」


 ゾーイさんが真剣な面持ちで私を見つめる。


「聖君から君の父親が詐欺にあったって聞いてね、調べさせてもらったんだ。君の事、君の家庭のこと、そして、その詐欺師のことを」

「どういうことですか?」

「その詐欺師の名前は【ルーカス・チャップリン】。世界をまたにかける呪術師だよ。」

「え!?」


 呪術師?それじゃあまさか…!


「そうさ、君のお父さんはだまされたんじゃない。呪術によって操られたのさ。君のお父さんはただの人間だ。あのドブの中から生まれたような男にとっては、赤子の手をひねるようなものだったろうさ。私がずっと追っている、最低の犯罪者だ。」


 私は驚きを隠せず、口を覆った。そして、沸々と怒りがわいてくる。


「そんな、本当に…?」

「ああ。そしてそんな悪人を捕まえるためには、それ相応の力がいる。君が望むなら、我々知恵の館は手を貸そう」


 これは取引だ。どうしてかはわからないけど、この人は私をどうしても研究所に入れたいのだ。だからこそ、こんな切り札を切ってきた。こんな話をされれば、誰だって断ることなんて出来ない。


「すまない。本当はこんな言葉で君を従わせるようなことはするべきじゃないとわかっているんだ。だが、それでも、同じ境遇に人間を見て放っておくことなんて出来なかった」


 同じ境遇…?どういう意味だろうか。そういえばさっきゾーイさんは詐欺師を追っていると言っていた。つまり…?


「あ、あの!」

「おっと!話はここまでだ!」


 ゾーイさんが急に立ち上がった。樫の杖を振るうと、空中に浮かんでいた資料が全て消えさった。


「これ以上はまた今度話すことにするよ。もし君が今の話で本当に私を手伝ってくれる気になったら、三日後の二十時に、またここへ来てほしい。そうしたら、君は私と共にウィズダムの大地に足を踏み入れ、共にエルダー・ホルンへ向かうことになる。」

「………」

「これ、読んでおいてくれ」


 ゾーイさんは私に仕事の資料を渡して、帰るように促した。


 私は急に話を切り上げたのが気になったけれど、それ以上踏み込むことは出来なかった。ゾーイさんは入り口まで私を送ると、「また会おう」と言って手を振っていた。私はそれに答えることはできなかったけれど、選択肢なんてものはなさそうだった。


 家に帰った後、ゾーイさんから渡された色々な書類に目を通した。ひーちゃんに相談をしようかとも思ったけれど、なんとなく気まずくて連絡をすることができなかった。


 結局私はここで決断をするしかなかったのだ。思えば、これが人生で初めて、自分で考えて決断を下したことだったかもしれない。なんにせよ、これで私の人生は変わってしまうことになるのだ。


「どうしよう…」


 そんな時だった。


 部屋のドアを、誰かがノックしたのだ。


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