私、魔法使いに出会いました
『イデア王立魔法研究所、事務員募集のお知らせ』
「なんだろう、これ…」
最初はふざけているのかと思ったけれど、ひーちゃんがこんな私にくれた一本の蜘蛛の糸だ。きっとなにか深い事情がある話なんだろう。はっきり言って、私には選択肢なんてなかった。それが訳の分からないものでも、すがる他ないのだ。
そのメールには、二日後の夕方に地図の場所まで来るように書いてあった。隣町にあるアンティークショップのようで、私も何回か前を通ったことがある。綺麗なステンドグラスに、所狭しと置かれたアンティーク達がよく映えていたのを覚えていた。
そう言えば、昔おばあちゃんに連れられて入ったこともあった気がする。数少ないおばあちゃんとの思い出だ。そうそう、その時に確か小さな時計を買って………それどうしたんだっけ?
とにもかくにも、私は約束の日時にそのアンティークショップへと訪れた。前に来た時と同様に、綺麗なステンドグラスとアンティーク達が並んでいる。
「ここで間違いないよね…」
と、若干立ち往生していると、アンティークショップの裏手から誰かが出てきた。銀色の綺麗な刺繍の入ったエプロンに、エメラルドグリーンのワンピースを着ている。鮮やかな赤毛が、丁度夕陽に当たって輝いていた。
「ふんふんふふーん♪」
鼻歌を歌いながらそのお姉さんは店の周りを掃除しているようだ。
「あら?どなたかしら?」
その事情が私に気づき、声をかけてきた。き、綺麗すぎて緊張してしまうよ!
「あ、あの、私事務員の募集で来た………」
「あら?聖君のお友達かしら?」
私は小さく「はい」と返事をした。
「まぁまぁ!それでしたら、さあこちらに!中に入って下さいな」
綺麗な女性は私を中へと招き入れてくれた。この人はこのショップの店員さんなのだろうか。
「お邪魔します」
店の中は思いの外狭いが、私は奥の部屋へと通された。途中には、良くできた動物の置物や、沢山の置き時計、そして樫で出来た杖や、なにに使うのかわからない円盤なんかが置いてある。まるで、絵本の中にでも入ってきてしまったかのようだ。
「こちらに座ってお待ちください。今呼んで参りますので」
そう言うとお姉さんは更に奥の部屋部屋へと進んでいった。その部屋も沢山のアンティークが並べられていて、壁の中央には銀色の髪の綺麗な女性の絵が飾られている。
…どこかで見たことがある気がする。
そんなことを思っていると、カチャン、という物音と共に、目の前に紅茶が置かれた。音に気がついて、私は紅茶を持ってきてくれた人にお礼を言うため振り返った。
「ありが…え?」
だが、そこにはクマのヌイグルミが立っている。
辺りを見回しても誰もいない。
「え、えーと………?」
クマのヌイグルミは深々とお辞儀をすると、トテトテと歩いていった。
「え?今のなに?」
誰かがヌイグルミの中に入ってイタズラしていた?でも大きさはせいぜい一メートルくらいだし?いや、子供ならあり得る…かな?
すると今度は、声が聞こえてきた。
『人間がいるよ』
『人間がいるね』
『人間は追い出さなくちゃ』
『だめだよ、人間は僕達のご馳走なんだから』
子供の無邪気な………いや、なんかヤバい声が聞こえるんだけど、なんだろう、空耳?それともイタズラ心に溢れた相談かな?
私は手元の紅茶のカップに手をつける。あれ、なにか暖かいモノが指に………えーと、今度は小さい女の子?
「えーと、こ、こんにちは?」
「ミーミー!」
わー、可愛いなーって………。
「な、なにこれ?幻覚!?って、あれ………なんだか暗く」
部屋の明かりがいきなり消えて、子供たちの声が大きくなる。部屋の壁や床がゆがんでいく。だんだん眠く、段々寒く、ここはどこ………ねえ、誰か………。
「やめんかお前たち!」
はっ!と私は目を覚ました。
明かりもついているし、寒くもない。ただ、小さな妖精達が私の頭に乗っている。私が起きるのと同時に、バラバラになって逃げ出した。
「まったく!目を離すとすぐにこれだ!」
赤茶色の布地に、紫の糸が入った綺麗なローブが目に入った。その女性は、指揮棒のような樫の棒をふるって、私にボソボソ言葉を投げかける。
「あれ?私たしか………」
「気がついたかい?ほら、これをお飲み」
ローブの女性は私に小さなカップを差し出した。中には白いミルクが並々と注がれている。私はそれを一気に飲み干して「ふう」っと息を吐いた。
まるでさっきまで自分の体じゃなかったみたいだ。
「すまないね、あいつら、たまに客人が来るとああやってちょっかいを出し始めるんだ。今度はもう少ししっかりと躾るから、安心しておくれ」
「ええと、さっきのは?」
私の質問にその女性が一瞬固まった。
「ああ、そうかそうだったね。君はなにも知らないんだったね。」
そう言うとお姉さんは、本棚から一冊の本を取り出して、机の上へと広げた。なにかの地図?のようだ。
「まず最初に言っておこう。私は【ゾーイ=リード】。魔法使いさ。」
「え?魔法使いって箒で空を飛んだりするあれ?」
我ながら、安易な例えだ。
「あはは!そうそう、その魔法使いだ。案外驚かないんだね」
そう言えば確かに、あまり驚く話ではない気がしていた。
「えーと、それじゃあ私って、魔法使いの事務員をするために呼ばれたんですか?」
「そうさ。しかし、本当に仕事の内容を聞いていないんだな。アイツも一々不器用な男だ。」
「アイツ?」
「聖君さ」
そう、そうだそうだ!私ひーちゃんに此処まで呼び出されたんだった!ということは、まさかひーちゃんも?
「ああ、聖君は魔法使いの類ではないよ。君と同じ人間さ。ちょっとだけ特別だけどね」
まさかひーちゃんが魔法使いなんかと関わっているなんて…なるほど、中二病も抜けないわけだ………。
ってあれ?私今口に出してたっけ?
「私くらいになると、人の心くらい読めるんだよ」
「よ、読まないで下さい!」
「まぁまぁ!そう堅くなるなよ。これから一緒に働くんだからさ」
そう言ってゾーイさんは私の隣に腰掛けた。
「あの、私まだ此処で働くって決めてないんですけど…」
「ん?あれ?そうなの?」
そりゃそうだよ!大体、魔法使いの事務員なんて聞いてないし!
「いやいや、イデア王立魔法研究所の事務員募集ってのは知ってただろ?募集要項に書いてあるし」
いや、まぁ確かに書いてあったけど、だからってそんなことある?
「というか!心を呼んで会話しないでよ!」
私はつい右拳を繰り出した。油断した魔法使いのミゾオチに一発、なかなかいいのが入ったようだ。
「ぐ、ぐぐぐ…今のは読めなかったよ………」
そう言って魔法使いは、少しの間悶絶していたのだった。