真桜人材派遣会社のルール違反
志郎がチョンボをしてそれを小較がフォローする話
正義の味方、一刀が片膝を着く。
「ここまでの様だな!」
悪の組織の改造人間、阿修羅が剣を突き付ける。
「くそう! こんな処で負けてたまるか!」
一刀が立ち上がろうとした時、電子音が鳴り響く。
「阿修羅さん、時間ですよ!」
派遣戦闘員の一人、志郎が声をかけると阿修羅が幹部に頭を下げる。
「すいません、次の現場がありますのでこれで失礼します」
数人の戦闘員と共に消えていく阿修羅。
幹部は、苛立ちながら怒鳴る。
「所詮は、派遣か、いざって時に役に立たない! まあ良い、相手は、虫の息、我々だけで十分だ!」
「力が足りないから、派遣に頼ってるんだろうが」
幹部が振り返ると一刀の仲間、次槍が幹部の腹に槍の一撃を決めた。
「ここからが本番だ!」
一刀の逆襲にあっさり撤退する悪の組織であった。
「それで、昨日は、ずいぶんと急いでたな」
ファミレスで志郎に事情を尋ねる一刀。
志郎も疲れた顔で答える。
「まあな、最近の不景気だろ。契約時間が短いから大量の仕事をいれてるんだ。もうすぐ決算だからな、いつも以上に仕事を押し込んでるんだよ」
一刀の仲間の一人、美弓が驚く。
「悪の組織にもそんなものがあるんですか?」
志郎が頷く。
「あるある。悪の組織って言っても経済活動してるからな、スポンサー等がいるし、自分の処の経済状況を明確に示しておかないと駄目なんだよ。特にうちは、派遣業がメインだから、客の方にも見られるんで、数値の積み上げに必死になってる。しばらくは、事務所に近づかない方が良いぜ。ぷっつんした小較さんの暴走に巻き込まれるぞ」
顔をひきつらせる一刀と美弓。
「それでか、この頃悪の組織の動きが活発なのは?」
次槍の言葉に志郎がテーブルに突っ伏しながら言う。
「弱小の悪の組織は、物凄く必死に残った予算で成果を上げようとがんばってる。気をつけろよ」
「悪の組織に派遣される戦闘員に心配されるほど、情けない実力じゃないぜ」
一刀の言葉に志郎が手を振る。
「まともにやれば強いのくらい知ってる。お前等が居るって解った時点でこっちのエース級、阿修羅さんが組まれるんだからな。問題は、悪の組織側に見境が無くなるって事だ」
「見境が無くなる? 元々、ルール無用の奴らだろうが?」
次槍の言葉に志郎が苦笑する。
「本気でルール無しの世界なんてあるわけないだろ。悪の世界にもルールがある。一番のルールは、余計な被害を出さない。これは、色々事情があるんだが、かなりの確率で護られる。しかし、この時期は、それのかなり優先度が低くなるんだよ」
「それは、嫌ですね」
美弓が真剣な顔をする中、一刀が言う。
「任せておけ、奴らが何かをする前に俺がきっちり退治してやるからな!」
「精々頑張ってくれ。俺は、この後、また仕事が入ってるから」
席を立つ志郎。
「お仕事がんばってください」
美弓の言葉に頬をかく志郎。
「どうなされたんでしょ?」
美弓が不思議そうな顔をすると次槍が呆れた顔で言う。
「美弓、あいつの仕事は、悪の組織への戦闘員としての派遣の仕事だぞ? それを頑張ってって言う正義の味方が居るか?」
手を叩く美弓。
「そうでした。でも、志郎さん達は、良い人です」
苦々しい顔をする一刀。
「解ってる。でもな、奴らは、悪の組織の協力者なんだよ」
空気が重くなる。
その夜、一刀達は、応援を頼まれてやってきた戦場で志郎と再会する。
お互いに見ないふりを決めて、戦闘を開始し、一刀の一撃で容赦なく、ふっとばされる志郎。
そんな状況で、悪の組織、『紫の鷹』の幹部が苛立ち、爆破のボタンを取り出す。
「こうなれば、ここで爆破させてやる!」
その言葉に、志郎が顔を上げて叫ぶ。
「一刀、止めろ! 奴らの爆弾がここで爆発したら一般市民に大きな被害出る!」
その一言に一刀があわてる。
「次槍、道を作れ!」
次槍が、負傷を恐れず、敵陣に切り込み、道を作る。
「援護します!」
美弓の弓が特攻をかける一刀を阻もうとした敵を牽制する。
そして、一刀の剣が敵幹部の手から爆破スイッチを弾き飛ばす。
「貴様、これは、契約違反だぞ!」
志郎を睨む『紫の鷹』の幹部に志郎を始めとする真桜人材派遣会社のメンバーが暗い顔をする。
「撤退だ!」
逃げていく『紫の鷹』。
翌日のファミレス。
「昨日は、助かりました。志郎さんが声をかけてくれなかったら大事故になるところでした」
美弓のお礼に志郎がテーブルに突っ伏しながら答える。
「気にするな。俺たちだって想定外の被害なんて望んでいない」
「その割には、ずいぶんと落ち込んでるな」
一刀の言葉に志郎が一枚の紙を見せる。
次槍が読み上げる
「始末書?」
志郎が頷く。
「どんな事情があろうと、派遣先の機密を敵に漏らしたんだ。減俸の上、しばらく謹慎を食らってるよ」
「すいません」
美弓が申し訳なさそうにいうが、志郎が届いたアイスコーヒーを飲みながら言う。
「さっきも言ったが、気にするな。ただ単に俺の実力不足が原因なんだから」
「どういう意味だ? あの状況では、周りに被害を出さない様にするには、他に方法は、無かっただろう?」
次槍の質問に志郎が舌打ちする。
「あれが、阿修羅さんだったら、お前達を蹴散らして、ボタンを押す必要性を無くさせてたよ。うちは、そうやって生温い理想を力で押し通してきたんだ」
「聞いてて気持ちいい話じゃないな」
一刀の愚痴に志郎が言う。
「それで今回の件が正式に訴えられて、うちとしてもかなり困った事になってる」
その顔には、後悔があからさまに浮かんでいた。
「救った事を後悔しているのか?」
次槍の言葉に志郎が失笑する。
「馬鹿言うな、無関係の連中に被害を出すことを見逃せるかよ。ただ、自分の非力さが許せないだけだ」
「そう思ったら強くなるのね」
真桜人材派遣会社の社長のフィアンセ、小較が来ていた。
「小較さん、おひさしぶりです」
頭を下げる美弓。
「ひさしぶりね。今回は、うちの社員の力不足で力を借りたわ。感謝しています」
「俺たちだって余計な被害は、望んでいませんからかまいません」
一刀が答える中、小較が志郎を立たせる。
「『紫の鷹』に謝りに行くわよ。同行するように」
「解りました」
志郎が素直に従う。
「ちょっと待ってくれ。さっき感謝していると言ったよな? だったら、俺をその場に連れてってくれないか?」
小較が少し考えて言う。
「別に良いわよ」
こうして、一刀と志郎は、小較に連れられて『紫の鷹』との話し合いに向かう。
「何で学校の中にある喫茶店なんだ?」
志郎と同じ戦闘員のマスクをさせられた一刀が聞くと、志郎が答える。
「八刃学園は、特殊な場所なんだ。ここで騒動を起こすのは、一番のタブーだから、争いを起こさない話し合いの時は、使われるんだ」
スーツ姿の『紫の鷹』の幹部が現れる。
「貴女みたいな小娘が真桜人材派遣会社の責任者?」
小較が笑顔で答える。
「はい。社長から今回の件を任されている、小較と言います」
馬鹿にした顔をする『紫の鷹』の幹部。
「所詮は、弱小派遣会社か」
小較の眉間に血管が浮かぶのを志郎と一刀は、見た。
「まずは、今回の一件を謝罪させてもらいます。申し訳ありませんでした」
頭を下げる小較、合わせて頭を下げる志郎が、目で一刀にも頭を下げる様に指示する。
「何で俺が」
小声で文句を言う一刀に小較が殺気を向ける。
「下げる頭があるうちに下げておきなさい」
冷や汗を垂れ流し、頭を下げる一刀。
「本当に部下の教育がなっていない。あの場面で敵に貴重な情報を流すなんて、考えられない!」
『紫の鷹』の幹部がひたすら文句を言い続ける。
小較は、申し訳なさそうにそれを聞く。
そして、話が本題に入る。
「それで、賠償の方は、どうなるのかな?」
卑しい顔を見せる『紫の鷹』の幹部に小較が一つの封筒を見せる。
「その話の前にこの資料を見てください」
「何かね?」
封筒を受け取りながら『紫の鷹』の幹部が聞くと小較が答える。
「貴方が爆弾を使用しようとした周囲の情報です。中々面白い情報がありますよ」
資料を見ていた『紫の鷹』の幹部の顔がどんどんひきつっていく。
「これは、本当なのかね?」
小較が頬笑み答える。
「いくらでも裏をお取り下さい。それで今回の事ですが、正義の味方の増員による作戦の失敗それでいいですよね?」
「それは……」
戸惑う『紫の鷹』の幹部に小較が言う。
「もしも、今回の一件が公になればお互いに損失が大きいと思うのですがね?」
「……解った」
力なく頷く『紫の鷹』の幹部であった。
『紫の鷹』の幹部が帰った後、デザートを食べる小較に一刀が尋ねる。
「どんな手を使って脅したんですか?」
小較が苦笑する。
「ルールには、それなりの意味があるの。あの場所には、ちょっと大きな組織の幹部の家族が住んでいたの。もしもあの時、爆弾が爆発していたら『紫の鷹』は、そことトラブルになっていたのよ」
「色々と面倒なんだな?」
一刀の言葉に志郎が肩をすくめる。
「まあな」
その後、『紫の鷹』は、決算間際の無理な作戦の為に壊滅することになるのであった。