真桜人材派遣会社の常連様
悪の組織のお約束の幼稚園バスジャックの話
その日、正義の味方、竜崎一刀は、仲間の高山美弓・小峰次槍と三人で何故か幼稚園のバスに乗っていた。
「どうして、こんな事を……」
子供相手に疲れきった顔をする次槍に一刀が悪戯坊主と格闘しながら答える。
「仕方ないだろう、美弓が病気で休んだ保育士の代わりを引き受けちまったんだから」
そんな愚痴を言う二人に対して、車酔いをしている女子児童の隣に座って励ましていた美弓が言う。
「明日のある子供の世話もするのも立派な正義の味方の仕事です」
変に燃えている美弓に一刀と次槍がため息を吐く。
その時、バスがいきなり止まる。
悪戯坊主を咄嗟に庇いながら一刀が言う。
「どうしたんですか?」
すると運転手が震えた声で言う。
「道の前に人が!」
次槍が落ち着いた様子で確認する。
「確かに人の様だが、生きているな」
その時、窓が何故か外側に割れて、黒い服を纏った戦闘員達が入ってきた。
「貴方達は、何者ですか!」
叫ぶ運転手を手刀一発で黙らせて、ドアを開放させる。
そして、開放されたドアからボンテージを着た女幹部風の女性が入ってきて言う。
「今からこのバスは、秘密結社『世界完全平和』が占拠した。大人しくしていれば危害は、加えない」
一拍の間の後、児童達がはしゃぐ。
「あくの女幹部だ!」
「すげえ!」
「正義の味方が来るのかな」
頭を抱える一刀が目の前の戦闘員と視線が合ったと途端、視線を逸らされた。
一刀が近づき、園児が女幹部に群がるのを利用して後部座席に引っ張っていく。
「お前の所は、こんな仕事までしてるのか?」
嫌そうな顔で、戦闘員として参加した何故か友達っぽくなってきた、真桜の二級戦闘員、鈴木志郎が答える。
「仕方ないだろう、『世界完全平和』は、の武力介入による世界平和を馬鹿正直に実現しようとしている一昔前の組織なんだからよ」
「無茶苦茶な論理が通じると思ってるのか?」
次槍の突っ込みに志郎がやる気の無い顔で言う。
「そういった、真っ当な意見は、作戦失敗して、降格させられたので、一発逆転を狙い、自腹を切ってうちに依頼をして来た元女幹部に言ってくれ。会社の創立時から仕事を発注してきた常連さんだからって格安で受けているんだ。因みに外で死んだふりしてるのは、友情出演の小較さんだぞ」
一刀が改めてみて見ると、現れた戦闘員も片手で数えられる程度しか居ない。
「何かそうと解るとそこはかとなく、涼秋を感じさせるな」
「そこ、サービス料金だからって和むな!」
元女幹部、ブラックウイップこと、黒野鞭子が怒鳴る。
「すいませんでした! イー!」
決まりの変わった敬礼ポーズをとる志郎。
すっかりまともな対応をする気が無くなった一刀と次槍であったが、一人美弓が真剣な顔で言う。
「子供達に被害が出る前に、あたし達が倒さないと」
「無駄な足掻きは、止めなさい。私も鬼じゃ無い、国が前回の作戦で捕まった仲間を解放したら、無傷で開放してあげるから」
鞭子の言葉に次槍が突っ込む。
「そんな無茶な要求を呑む訳無いだろう」
「うるさいわね! ここで、大きな事を成功させないと、家のローンが払えなくなるのよ! 主人と二人、必死に組織の為に働いてようやく買った家なのに手放せるわけ無いでしょうが!」
鞭子の悲しい告白だったが、美弓は、正面から反論する。
「そんな自分勝手な理論は、通用しません。日の光の下で働いたお金で買ってこそ意味があるものなんですから!」
睨み合う二人。
そこに小較がバスに乗ってきて言う。
「ブラックウイップ、組織からの犯行声明が出てないわ。うちの社長が確認したんだけど、貴女は、切られたみたい」
手から鞭を落として、両手を着いて落ち込む鞭子。
「そんな、十代の頃から、こんな恥ずかしい衣装を着て頑張ってきたって言うのに、こんなに簡単に切られるなんて……」
完全にリストラを食らったサラリーマン状態の鞭子であった。
困ったのは、雇われている真桜の面々である。
「588さん、俺達は、どうするんですか?」
志郎の質問に小較が頬をかきながら言う。
「一応は、今回の依頼人は、ブラックウイップになってるけど、組織との連携ミスで依頼内容が達成できそうもないときは、その時点で、仕事終了でも良いって契約内容なのよね」
鞭子は、疲れきった顔で言う。
「もういいわ。御免なさいね、こんな無理な作戦につき合わせちゃって」
「無理と言うか、あまりにも古典的だった気がするぞ」
志郎の正直な感想に倒れこむ鞭子。
「戦闘員のお兄ちゃんヒドイ!」
「幹部に逆らうなんて、新しい敵のスパイだな!」
子供達の攻める視線が志郎に集まる。
収拾のつかない状態に小較が言う。
「仕方ないわね、こうなったら作戦変更をして、誘拐に変更。そして、この幼稚園を慈善者の仮面に使ってる悪徳政治家に身代金を出させて、それを手土産に組織に戻るしかないわね」
「そんな事が可能なんですか?」
鞭子の言葉に小較が頷く。
「任せて、うちの社長は、こういった状況も考えてちゃんと貴女にも利益が出る方法を考えていたんだから」
「ありがとうございます」
感涙する鞭子。
「それじゃ、ここに移動して」
そういって戦闘員の一人にバスを運転させて、ある場所に向かうのであった。
「はーい、皆は、ここで遊んでてね」
小較は、そういって、ぬいぐるみであふれかえった倉庫に園児を解放する。
嬉しそうに遊びまわる子供達。
「588さん、ここって?」
志郎の言葉に小較が苦笑する。
「うちのお姉ちゃんが他のお店の商品調査で買った奴が放り込んであるの。ここに踏み込む度胸がある人が居たら、感心するわ」
一刀が頭をかきながら言う。
「小較さんのお姉さんって何者だ? どっかの政治家か何かなのか?」
志郎は、嫌そうな顔をして言う。
「決して敵に回したらいけない存在。どんな組織の人間もあの人の所有している場所に足を踏み入れるなんて出来ない」
次槍が舌打ちする。
「裏世界の権力者って事だな。真に敵は、そういった者なのかもしれないな」
その言葉に小較が手を横に振る。
「お姉ちゃんは、そういった者じゃ無いわ。ただ敵に回したら駄目なだけ。敵に回さない限り、基本的に無害よ」
「本当か?」
一刀が確認すると志郎が遠い目をして言う。
「ああ、敵に回さない限りな。だけど、一度敵に回したら、ホワイトハウスでも半壊させるがな」
流石に次槍も顔を引きつらせる。
「どんな権力をもったらそんな兵器を運用出来るんだ?」
志郎が首を振る。
「生身で山を一つ消し飛ばせる人なんだよ。地上最強の攻撃力を持つ者ってあだ名もあるくらいだからな」
鞭子がそれを聞いて、青褪める。
「それって、まさかここは、あのフィニッシュオブホワイトハンドの所有施設ですか!」
「そうだけど、お姉ちゃんには、すきに使って構わないって言われているから安心してください」
小較が気楽に答えたが鞭子は、震えだす。
その様子を見て一刀と次槍が眉を顰める。
「悪の組織の元幹部が、ここまで恐れるなんてどんな人だか、本気で気になるぞ」
一刀の言葉に志郎が首を横に振って言う。
「出会わないで済むならそれが一番だ」
その時、一人の童顔の女性と幼女が箱をもってやってきた。
「小較、来てたの?」
その女性の言葉に小較が頷く。
「うん、ちょっとここで子供達遊ばせてるけど良いよね?」
その女性が頷く。
「好きな物を一個ずつプレゼントして上げていいよ」
ついてきた幼女がぬいぐるみの入った箱を置いて、言う。
「先に戻ってるよ」
すると女性が頭を下げる。
「ありがとうございました」
談笑する小較と女性を見て、子供達と一緒に、ぬいるぐるみと戯れていた美弓が驚く。
「ぬいぐるみショップ『シロキバ』の白風較さんですよね?」
「そうだけど何かな?」
その女性、較が答えると美弓が近づいて言う。
「何度も買いに行ってます!」
較が笑顔で言う。
「それは、いつもご利用ありがとうございます」
女性三人でのぬいぐるみ談話が弾む中、次槍が言う。
「まさかと思うが、あの人が問題の?」
志郎がそちらに視線を向けないようにしながら言う。
「視界に入るのも危険って言われる、業界では、指折りの人だ。ちなみさっきまで傍に居たのは、人間じゃなく、神様に仕える獣で、噂では、一撃で惑星を破壊することも可能だって話だぞ」
その時、外で銃撃音が響く。
「何があったんだ?」
一刀が外に出ようとした時、さっき出て行った幼女が武装をしているが、股間を濡らして泣きじゃくる男を引き摺りながら戻ってきた。
「こいつらが、ここを狙っていたよ」
頭をかく小較。
「まさか、お姉ちゃんの所有施設だって知らずに襲撃をしようとしたの?」
その時、小較の携帯が鳴り、慌てて小較が出る。
電話が終った後、小さくため息を吐く小較。
「希代子さんからでしょ? 何て言われたの?」
較の言葉に小較が困った顔をして言う。
「真桜の仕事で、八刃所属の組織の施設を使うなって怒られました。次やったら、それ相応のペナルティーだって」
少し驚いた顔をして較が言う。
「詰り、今回は、不問にするって事だとするって事だね。それであちきの施設を襲おうとした相手は、誰?」
その瞬間、一刀達は、一斉に冷や汗を滝の様に流し始めた。
「実は、……」
小較の説明の後から解決までの経緯は、真桜とは、関係ないので、省略しよう。
数日後の喫茶店。
「あの後、どうなったのか位、説明してくれても良いだろう?」
一刀が志郎を呼び出し質問する。
「ここのランチくらい奢ってくれよな」
一刀は、躊躇するが、次槍がはっきりと言う。
「八百円までだ」
志郎がメニューを見ながら言う。
「あの人の所有施設を攻撃してただで済むわけも無いよな。お礼参りを食らって髪の毛が真白になった問題の政治家に、もう逆らわない証明として活動資金を全額幼稚園へ寄付させてたよ。ナポリタン大盛りな」
「オーバーした三十円は、自分で払え。それで、あの女幹部の方は?」
次槍の細かい発言に口を尖らせながら志郎が答える。
「解ったよ。あの人と関わったって事で完全に組織からはじき出されたけど、ほら園児達と仲良くなってただろう。あの幼稚園に就職して夫婦一緒に真面目に生活してるらしいぞ」
「全てが丸く収まったって訳だ。まあ良かったな」
のんきにコーヒーを飲む一刀だったが、次槍は、紅茶を一口飲んでから言う。
「それで、今回の事件の本当の依頼主は、誰なんだ?」
一刀が驚いた顔をするが、志郎は、平然と答える。
「何処で気付いたんだ?」
次槍が紅茶を掻き混ぜながら答える。
「家のローンを困っている奴が、お前等が動けるほどの報酬を支払えるはず無いだろう」
志郎が頷く。
「まあな、用意した金額じゃ精々、戦闘員を数時間雇うのがやっとで、作戦計画を含む襲撃パックなんて無理だった。でも目的は、解ってるんだろう」
次槍が頷く。
「あの政治家の排除だな」
志郎が頷く。
「依頼主までは、言えないが、あの政治家は、そこのスポンサーの一つだった。しかし、更なる躍進の為、依頼主の組織を切り捨てようとしていた。だから、切り捨てられる前にどうにか出来ないかと相談が来ていたんだ。そこにあの女幹部の古典的な依頼が来た。政治家としての慈善活動に関わる幼稚園のバスを襲撃、その関係での動きを利用して、権力を奪う、報酬の二重取り作戦だったんだよ」
顔を引きつらせる一刀。
「おいおい、そんな悪の組織と関わっている政治家が居たのかよ?」
志郎が苦笑する。
「前も言ったが、悪の組織って言うのは、営利団体だ。破壊活動等で利益を出すには、それなりの後ろ盾やバックが必要なんだよ。政治家は、そのもっともスポンサーかメンバーだって事だよ」
舌打ちする一刀。
「腐ってやがるな」
「でも、そんな組織があるから俺達が食っていけているのが現状だ。正直、おかしなはなしだよな、そんな組織の所為でこんな体になったって言うのに、そんな組織から稼いだ金で生きているんだからな」
志郎の自傷的な言葉に一刀が言う。
「だったら止めたらどうなんだ?」
志郎が睨む。
「そして飢え死にしろって言うのか? 俺達に真っ当な職が無いことくらい解るだろうが!」
一刀は、言葉に詰まるが、次槍は、その視線をまともに見て答える。
「だからと言って他人を不幸にして良い理由にならない」
志郎が運ばれてきたナポリタンを綺麗に食べ、三十円を置いて言う。
「和み過ぎたみたいだな。所詮は、俺とお前達は、敵同士って事だ」
一刀が複雑な顔をしていたがはっきりと答える。
「俺達は、正義を護る」
こうして、すれ違う志郎と一刀達であった。