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東方史萃譚  作者: 甘露
8/40

六五八年 5


**



「それではようやっと、本来の目的である旧ねぐらの復旧工事を始め」

「よいさっ、ほれ大枝の」

「んっ、これで最後だ」

「わーっ、元に戻ったねぇ!」

「へぇ、これがあんたらのねぐらだったのかい。ヤケに血生臭いねぇ」


三十秒とかからなかった岩を取り除く作業。

何故か真白のが頭を抱えていた。頭痛がするのだろうか? 

それにしても……白はどこにいるのだろうか。


「白ーっ! 返事しろーっ!」

「兄っ! こっち!」


ねぐらのかなり奥の方、酒を溜めてある辺りから返事が返ってきた。

おかしい、鼠達を解体したのも白を見張りに置いていたのももっと手前の筈だ。


ぼくは嫌な予感がして、白を探し駆けだした。


「白っ!」

「ちょ、大枝の落ち着いてよっ!」


伊吹のに腰を捕まえられたが気にせずそのまま走る。

嫌な予感がどんどん大きくなる。ぼくの耳に、ぼく達の耳に音が聞こえているから。

子鼠の鳴き声と、小さな咀嚼音が。


「お、大枝のっ、一旦止まって、止まってったら!」

「無理だ」


白の声のする方へ、ぼくは走る。

音がぼくの心を突いて壊してゆく。


「白、白っ」

「兄っ…」


近づいている筈なのに、声は小さくなってゆく。

こんな時に無駄に大きな洞窟をねぐらにした自分が憎い。


「大枝の……」


伊吹のが、ぼくの背中へよじ登って止まった。

走りやすいように配慮してくれたのだろうか。


「白っ!」


返事が無い。

咀嚼音だけが鈍い水音を響かせている。


やめてくれ。ぼくが鬼になったのは──


「白」


白の姿が、見えた。

残っていたのは、頭と左肩だけ。





「残念。少し遅かったようだね」





声に振り向く。

ねぐらの壁に開いた巨大な穴、そこには金剛色の仏の尖兵を二人従えたあの鼠が居た。


「流石は物の怪、心の臓を喰い破られてもまだ君を、“兄”を呼んでいたよ」


ぴくりとも動かない白。

ぼくの心がどうしようもなく冷えてゆくのを感じた。


「尤も、流石に喉を喰い破られては声も出せなかった様だけどね」


肩を竦めおどけて見せる鼠。

ぼくにはその光景が現実味を持たないように感じられる。


「縄は……」

「ああ、拘束していた縄なら子鼠達が食べてしまったよ」

「白は……」

「子鼠達が掘った穴の所為で起きた落盤でぐしゃり。哀れだね、それからゆっくりと齧り殺されたんだから」

「貴様ぁッ……!」


伊吹のが声を上げた。

いつもなら一語一句聞き落とさない筈なのに、耳を素通りしてしまう。


「恨まれても仕方ないけど、私だって目の前で同僚が解体されたんだから。まあささやかな復讐と思ってよ。

 私的にはそこの白ちゃんの下半身持ち返って大枝三邪鬼の一角を討ったという事で復讐心も満足したしね」




もう


だめだ。



殺そう。



一歩、踏み出す。



「お、大枝のっ」

「……こ、これはこれは、広目天と増長天を従えてなかったら尻尾を巻いて逃げたいところだね」


二歩、地を踏みしめ

鼠は穴の縁に手をかけ飛び出した。


「私は情報と屍を持ち返る。君達は出来得る限りの力を振り絞って時間かせ」


逃がさない。

三歩、踏み抜く


力の限り、ぼくが殴ると、金剛色の二つが弾けた。



「ぎを──っ!? 多聞天、持国天! 死んででも足止めしろ!!」



飛び出した二つの金剛色を、蹴り殴り吹き飛ばす。

あと、指一つ伸ばせば──


「本当に死ぬかと思ったけど、私の勝ちだね」


ぼくの指は、届かなかった。

そういえば、ぼくだけ飛べないことを忘れていた。




ああ、凄く憎い。

鼠が憎い。仏が憎い。大王が憎い。世界が憎い。


何よりも、何も考えて無かった自分が憎い。




飛べる星熊の、真白のが追いかけてゆくのを見送って、ぼくの身体は大枝山に墜落した。


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