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東方史萃譚  作者: 甘露
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六五八年 4



なし崩しでそのまま始まった宴もとっくに終わった頃。

ぼくは星熊のと伊吹のを連れて、元ねぐらだった場所へと来ていた。

元、って付くのは星熊のが最初に此処を破壊したからだ。


あの時投げたのはこぶし大の石だったというのは星熊のの言。

正直、ぼくにはあの破壊力は無理だと思う。伊吹のは肩を痛めるだろうけど出来るそうだ。

『怪力なんだな』と言ったら伊吹のが何故か落ち込んで、星熊のがそれを見て爆笑していた。


後で真白天狗から習ったのだが、女性に怪力は余り宜しく無いらしい。慌ててぼくが伊吹ののところへ向かうと、もうケロリとして酒を飲んでいた。

……何故か凄い負けた気分だ、と真白天狗に言うと、凄く微妙な表情をされた。

女とは不可解だ。今掘り出すついでに白に聞いてみよう。


と、ぼくが思考に沈んで居ると、真白天狗、勝手に真白と呼ぶ事にする、と名前を知らない双頭の蛇妖怪に声をかけられた。


「あの、大枝様?」

「なんだ?」

「いや、何だじゃ無くてですね……」

「大枝のよぉ、これ殴って吹き飛ばしても良いんだろ?」

「ふぁ…私もう眠いよ、大枝の」

「そうだな、殴って吹き飛ばすか」


それが一番手っ取り早いのは確かだろう。


「いやあの、殴って吹き飛ばしたら駄目じゃないですか?

 中に大枝様の妹君もいらっしゃるのではないのですか?」

「白は素材さえあれば復活出来る」

「素材、とは?」

「若い女の身体」


そういうと真白は両の腕で肩を抱いてガタガタ震え座りこんでしまった。

ぼくは何か拙い事でも言っただろうか?


「お前の事は忘れないぞ」

「短い付き合いだったねぇ」

「シャー、シャシャー」


蛇までノリノリである。


「あわわ……あわわわわ……」

「?」


ぼくが首を傾げる中、真白は最後の希望に縋る様な表情でぼくの裾を掴むと呟いた。


「お願いしますどうか、どうかお考え直しください。そ、それに、中へ石を吹き飛ばせばその、鼠も死んでしまいますし」

「言われればそうだな……。ん? ああ、そうだ、だからそこの蛇に来てもらってたんじゃないか」

「ほぇ?」

「ぼくは初めから蛇を使って中を見て貰ってからどうするか決めるつもりだった。

 それに岩を殴って片付けるという発想も最初に却下してある。ぼくは態々妹をばらばらにしたいなんて奇猟的じゃあないから」

「そ、それでは私は……」


何か今の言葉内に感動的な台詞でもあったのだろうか。

心底ほっとした様な表情で再びぺたんとへたり込んでしまった。

その様を見て何故か笑い転げる鬼っ娘二人。……何故か無性に腹が立つ。


「二人は面倒なだけだ、ぼく達なら一つ一つ掴んで余所に放り投げてもそんなに変わらない。

 ところで、真白は何故そんなに怯えていた?」

「……、はぁぁぁ……寿命が百年は縮みましたよぉ。それに……伊吹様、星熊様はもしかして」


そう言って真白のが振り返る。

さっきからぼくと真白のを指差して声を出さずにげらげら笑うという妙技を見せつけていた二人と目があったようだ。


「や、やっぱりからかってらしたのですねっ!? 天狗の事玩具にしないでくださいよぉ」

「いやぁ、あんまりにも一生懸命で私つい、ね。ところで大枝の、その真白のってのはコイツの名前かい?」

「へっ?」

「そうだ」


伊吹のに訊ねられたので素直に頷く。

ぼくとしても中々いい名だと思っているので自信もある。


「ええっ!?」

「ふーん、良かったじゃないか、真白。あたしも常々思っては居たんだけどねぇ、あんたほどの妖怪が名無しのままだなんて」

「あ、あのー、私の自由意思は」


「無いな」

「無いね」

「あると思ったのかい?」


ぼく、星熊の、伊吹のの順で答えてやった。

何故かがくりとうなだれていた。座ったり立ったり嘆いたり項垂れたり忙しい生き物だ。


「へぇ、それとも何かい? 真白のはあたしの心友である大枝のから名前を貰った事が不満だ、と?」

「いえ滅相も御座いません決してかけらほどもそのような事を考えては居りませんとも、ええそうです」


力関係がはっきりしているからと言って、流石に此処まで畏まられると微妙な気分になる。

ぼくだけじゃ無い様で、星熊のも、伊吹のも似たような表情だ。


「……あー、その、勝手に名前を付けて済まなかった」

「ひゃいっ!? い、いえ、名前を頂いたことは本当に嬉しいのです。ですが、その……」

「その?」

「一言くらいは、事前にお教え頂いてたらな、と」

「なるほど。それは済まなかった。以後気を付けるとする」

「あはは……宜しくお願いします」


どうやらこの辺が落ち処の様だ。

満足げに頷く伊吹のを見る限りそれで良さそうだが……。

何故かまだ思案顔の星熊の。


「どったの?」

「ん? ああ、いやさ、真白のともあたしは付き合いが長い訳よ。

 んで真白のもそこそこに及第点の強さを持ってる訳だし、こうさ、上司と部下ー、って感じを止め時かなと思ってねぇ」

「は?」


伊吹のが訊ね、星熊のが答えた内容に真白のは思わず口をぽかんと開いて声を漏らした。

慌てて失言を取り繕うとする真白のは放置され、星熊のはさらに言葉を続けた。


「なんていうかね、丁度真白って名前を貰ったのも良い機会だしさ、星熊のー、って呼んでおくれよ」

「そ、そそそんなおお恐れ多い」

「いいじゃないか、もう五十年来の付き合いなんだし」

「そ、そうですか? じゃあ行きますよ? 言っちゃいますよ?」

「おう、どんと来な!」

「ほ、星熊の」

「あ、やっぱ却下」


その言葉と同時に、言い切ったぞ!的な顔をしていた真白のの額に星熊ののデコピンが炸裂した。

一瞬の後、六十間は離れた岩肌に真白の形が取れていた。星熊のは本当に力の飛び抜けた鬼だ。

星熊のはお気に召さなかった様だが、ぼくも白以外の自分より弱い奴に呼び捨てされたらああするかもしれない。


「酷いです星熊様! 言わせてあれはあんまりじゃないですか!」

「復活早っ」

「あ、私こう見えても頑丈さが取り柄なんですよ」


伊吹のが思わず大声を上げた。ぼくも同意見だ。

岩肌にくっきりと形が取れるくらい叩きつけられてケロリとしてるのは、頑丈とかそういう段階じゃ無いと思う。

そしてその異様な頑丈さをもった真白ののデコに小さなたんこぶを作る星熊のも大概だ。

しかし、これだけ頑丈な素材なら……白の素材としても……」


ぼくが思考に耽っていると、何故か真白のに凄い勢いでズザザァーッと逃げられた。

はて、ぼくは何か言っただろうか。


「大枝の、考えが口に出てたよ?」

「あっはっは、大枝のって中々にキチガイじみてるねぇ」

「じょ、冗談……ですよ、ね?」

「大丈夫だ、瀕死の重傷を負うまではぼくも我慢するから」


ぼくが安心させようと一言言うと、あり得ない速度ですっ飛んで逃げて行かれた。

真白のは少し離れた木の後ろからガタガタ震えながら此方の様子をうかがっている。


「何か悪かったか?」

「冗談に聞こえない所為じゃないかい?」

「星熊の、あれ冗談じゃないんだよ」

「まさかー、冗談だよな、大枝の」

「もちろん冗談だ」

「ほら見ろ伊吹の、あたしの言うと」

「あれだけ素体が素晴らしいんだ、そのまま白と同じで本体として使役する」

「あ、あはは……」

「ね、言ったでしょ」


伊吹のはやれやれ、と言った様子で。星熊のは口元を引きつらせた笑いを浮かべてぼくを見てきた。

……はて、ぼくは何かしただろうか?


**



「兄、まだ……?」

「君の兄は来ないようだね。ん? どうやら……此方の方が早かったようだね」


**


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