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東方史萃譚  作者: 甘露
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六五八年 3

側面から観測していたぼくが、初撃を捉えられたのは幸運でしか無かった。

対峙して、殺気と体温を肌で感じられる状態なら遅れを取ることはないだろうけど、それとはまた違う。


拳速が、目視できる速さを超えていた。


恐らく二十、三十と互いに拳を出し合い、相殺し合い攻防を、僅か数秒で繰り広げる。

その拳は風を斬る音さえせず、残像さえ残さない。


下段から降り抜かれた伊吹のの蹴りと寸でのところでかわすと、星熊のの拳が伊吹のの腹に叩きこまれた。

伊吹のは毬の様に弾みながら吹き飛んだ。


伊吹のところへ飛び出しそうになる自分を抑え吹き飛ぶ伊吹のを目で追う。

三十間(約50m)程とんだところで、伊吹のは空中でくるりと一度回ると浮いたままに星熊のを見た。

口元が笑っている。


「いいね、あんた本当に強いんだね!」

「あははっ、あれで殺したと思ったんだけどなぁ」

「そこまでヤワじゃあ無いんで、ねっ!」


次は伊吹のが一瞬早く動いた。

星熊のが繰り出した迎え討つ拳を膝を少し曲げることで回避すると、そのまま振り抜かれ戻す前の腕を掴み地面に投げつけた。


星熊のは一瞬だけ戸惑った様な感じを見せたものの、直ぐに持ち直すとキュッと踵を返し空中で踏みとどまった。

──それが致命的な隙となった。


伊吹のは、投げると同時に自分も同じ方向へ飛んでいたのだ。そして、踏みとどまった星熊のの背中へ、渾身の一撃が炸裂した。

不意の強襲に困惑した星熊のを余所に、伊吹のはさらに一撃を加え星熊のから離れようとする。


しかし流石は強者と言うべきか、星熊のは困惑しつつも追撃を咥えられた瞬間、伊吹のの足を掴み、

そのまま諸共、寧ろ伊吹のの顔面を岩肌に叩きつけるように足を掴んだ手を振った。


そしてドォン、と馬鹿でかい爆音を響かせ、諸共山の岩肌に叩きつけられた。

「……どちらも気絶してるな」


ぼくが確認しに行くと、二人は大きく岩を削り取った様なくぼみの中で、仲良く寄り添って昼寝でもしているかのように気絶していた。

尤も、伊吹のは白眼を剥き鼻血を垂らした顔でなくて、星熊のは岩に人形ひとがたが出来そこに妙ちくりんな格好で埋め込まって無ければ、だが。

これには聊か予想外だ。同じくらいの実力を持った二人だからもっと長引くと思っていたのに。

寧ろ殆ど均衡していたからこんなに早く終わったという事だろうか。


しかしこれは困った事態だ。

恐らく星熊のは飛鳥にいる事が出来なくなってやって来た、つまりはこの山を奪い取ろうとしていた訳だ。

そして先に住んでたぼく達大枝山勢は彼等から守ろうとした訳だ。


それ故の殺し合い……だったのに両者同時に落ちたとなると……どうしよう?


「大枝の副頭領殿、少し宜しいでしょうか」

「なんだ?」


ぼくが考えていると、星熊のが引きつれてきた妖の内の一人、真白の羽を持った女天狗が話しかけてきた。

戦いが始まってから遠巻きに離れて見ていた筈だが、いつの間にか戻って来たらしい。


「星熊殿には、この死合いで星熊殿が勝てなかった時、どれだけ醜く命乞いしてでも此処へ入れて頂け、と厳命を承っておりました」

「そうなのか」

「はい。我ら程の数が居る団体が此処までの距離を無事に来られたのも一重に星熊殿のお陰なのです」

「まあ、近江にも程近い此処まで来るのには、並大抵じゃ済まない苦労があるだろうな」


歩いて三日と言った距離ではあるが、それはつまり向こうも簡単に追手が差し向けられるという事に他ならない。


「全くその通りです。現にこの地へたどり着くまでに、五十の同郷の者を失いました」

「それで……例え星熊のが生きている現状だとしても、此処に入ることが叶わなかった今、もうこれ以上彷徨う事は出来ない、と?」


死合いで星熊のが勝てなかったとはいえ、仮にそうだとしたらぼくは彼女には悪いが受け入れる気にはならない。

正々堂々死合った結果がこんなのだったとしたら、無茶苦茶に気分が悪い。


「いえ! そうではないのです!」

「……ふむ」

「逆なのです! 我々にはもう耐えられないのです、星熊殿が一人傷つき、足手まといでしかない我らが足枷になっているという事に!

 私達の命を獲って頂いても構いません、それが私達の総意です。どうか、お願いします」


……彼女の言いたいことは分かった。

へぇ、なるほどねぇ……。


「分かった」

「っ、ではっ!」

「だがな……」





「嘗めるなよ、天狗風情が」



「ほ……ほしぐまど、…どの」





ぼくが声を上げるより早く、星熊のがそう囁いた。



**



「あっちゃー、ありゃ私でも怒るよ」


いつの間にやらひょっこり復活した伊吹のがぼくの横にいた。

最近どうやら変な能力の使い方を覚えたみたいで、外見を変える以外にも縮んだり伸びたりしている姿を見た事がある。

何時ぞやなんかは胸だけやたらと巨大になっていた。これで貧乳脱却、巨乳でしょ!

と胸を張っていたのでそれは奇乳じゃないかと言ったら三日間口をきいてくれなかった。

今音もなく突然現れたのも、それの一部なのだろうか。


と、それは置いといて。


「あたしを、助ける? あんた達が足枷? へぇ、天狗も偉くなったもんだねぇ」

「あ、その、いえ、決して」

「黙れ。あんたの意見なんて聞いてないんだよ。あたしは、あたし達は誇り高き鬼の一族だ。

 決してその誇りは、天狗如きが語るものじゃない、天狗如きに助けられるものじゃない。

 鬼を助けたいだの、鬼と対等だだの、その膨れ上がった慢心は、あたしが一番嫌いなものなんだよ」


堂々としたその立ち振る舞い、同族として是非見習わせて頂きたい。

ぼくはそう思いながら星熊のを見て、ふと伊吹のへ目をやると伊吹のもこくこくと頷いていた。


「も、申し訳ありませんでした……」


真白の天狗を先頭に、全部の妖が地に膝を着いて深々と頭を下げた。

すると星熊のはニカッ、と笑った。


「ならば良し! さぁさぁ、お前達頭を上げてくれ!」


パンパンと手を叩きながら声を張り上げた。


「鬼の誇りとは別にさ、あたし個鬼として、あんたらのその気持ちは誇らしいよ! 良い盟友を持ったもんさ!」

「あ、あはは。ありがとうございます」


肩を組まれてばんばん叩かれる真白天狗は物凄く困惑した顔をしている。

何故そんなどう対応したらいいかさっぱりわからないみたいな顔をしているのだろうか。


「それで、だ。大枝の夫婦鬼よ、どうにかしてこいつ等の一部でも住まわせてやってくれないかね?」

「め、夫婦っ!? な、ななな……」

「お前はどうするんだ、星熊の」

「あたしか? あたしはもちろん出て行くさ。勝てなかったしな」

「そうか、星熊の。ならば無理だ」

「……そうか。それじゃああたし達はこの地を離れて…」

「ちょ、ちょっと待ってください! 大枝山の副頭領、貴方の言、それはもしかして」


目ざとく反応した真白天狗にぼくは頷いた。


「お前達全員が残るならば許可しよう」


ぽかん、と皆が口を開ける。

きょろ、きょろ、と周りを不安そうに見回す。

そんな顔をされると、何だかぼくの説明不足だったんじゃないかと不安になった。


「元々三人でそろそろ寂しいと思っていたし、それにお前達は中々に正直者で気勢もい」


── 一瞬置いて、歓声が爆発した。

皆が誰彼構わず抱き合って、ぼくも星熊のにもみくちゃにされた。

伊吹のにはない巨大な乳だった。


「わ、私と大枝のが、夫婦……あぅあぅ…… ってアレ? あーっ!! ほ、星熊の! あんた何やってんのさ!」

「何って、大枝のが漢な台詞を言ったからねぇ、あたし思わず抱きしめちまったよ」

「にゃにおぅ! 大枝のを返せっ!」

「へっへー、盗れるもんなら盗って見やがれ!」


この状況下で、ぼくの自由意思は無いに等しかった。

でもせめて鈍器代わりにぼくを使って伊吹のと戦うのは止めて欲しかったかな。



**


「君の兄達は外で何か騒いでるね……」

「兄ぃ、早く……」


**




鬼らしい傲慢さと気高さを描いたつもりです。

そろそろ書きためが切れるので三日後にもう一話更新した後、

書き溜り次第また投降を再開します。


とりあえず本をいっぱい読むぜ!



あと勇儀姐さんの一人称がさり気なく原作と違うのはご容赦ください。

白が一人称無いとして、それ以外のキャラが全員私だと書き分けがめんd…見分けもつきにくいですし。

それに姉御肌っぽい姐さんなら一人称があたしの方が似合いませんかね?


因みにナズ…ゲフンゲフン、あの鼠は君君五月蝿いから一人称僕にしてやろうか本気で悩みました。


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