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東方史萃譚  作者: 甘露
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六五八年 2


三匹目を分解した辺りで、ぼくも伊吹のも空腹的な意味でも精神的な意味でも満足していた。

残ったのは虚ろな目で茫然と横たわるあの五月蝿い鼠だけ。

とっくに白の不足分の身体も新しく作れたし、時々小さく呻く以外動きもしないこれじゃ玩具としても楽しめそうにもない。


「伊吹の、これどうしよう」

「うーん……生きて帰すにゃ私達を愚弄し過ぎてるし。だけど……ねぇ?」

「今はぼくもそんな気分じゃ」


伊吹のの思う通り、今は嬲る気分じゃない。

元々ぼくはそっちの衝動は少ない方だったし、それも三匹を分解する内に満たされている。


「だよねぇ。私もどっちかと言えば殴り合ったりとかソッチの気分。とりあえずここに置いときゃいいんじゃない?」

「そうだな。それより伊吹の、どうせならひと勝負しないか?」


ぼくは凄く久し振りに残虐性と空腹をどちらも満たされた所為で、戦いたくなった。

伊吹のなら本気で殴っても死なない。

逆も同じで、伊吹のに本気で殴られてもぼくは何とかギリギリだけど耐えられる。

だからぼくたちは自分達より強い、殴っても死なない妖怪を知らないから、偶にこうやって戦い合う。


「おっ、それも良いねぇ。大枝のとやり合うのって結構振りじゃない?」

「ここ二、三年はして無かったと思うぞ」

「だよね。じゃあそうしよっか」


ねぐらの入り口で軽い屈伸運動をしながら準備する伊吹の。

そこでぼくは一つ思いついた。


「ちょっと待て」

「ん? なんだい?」

「白を起こして見張りをさせる。新しい身体の調子も聞きたい」

「ん、分かったよ」

「すまない、少し待っていてくれ」


ぼくはねぐらの中に戻ると、相変わらず身動ぎ一つせず茫然としてる鼠を足蹴にしつつ白のとことに駆け寄った。


「白、起きろ」

「ん」


ぱちり、と真っ白な瞼が開いて、銀色の瞳がぼくと合った。


「調子はどうだ?」

「良……ん、優」


どうやら凄く良いらしい。ぼくは一安心して息を吐いた。


「右半身はどうだ? 殆ど新調したのだが」

「優」

「前と比べるとどうだ?」

「優良」

「そうか、やはり素材が良いと違う様だな」

「ん」


小さく頷いて、白はころりと笑った。

白の笑顔は、やっぱりぼくを優しくさせる。


「白、ぼくは一つお願いがある。良いか?」

「了」

「ありがとう。そこの鼠を見張っておいてほしいんだ。ぼくは夜には戻るから、それまでお願いできるか?」

「ん。白、頑張る」

「頼んだよ」

「了」


こくり、と頷いた白の頭を一撫でして、ぼくは伊吹ののところに向かった。


「待たせたか?」

「んにゃ。大丈夫、さあ始め」


伊吹のがそう言おうとした瞬間だった。

初めはほんの小さな気配のざわめき、それがだんだんと大きくなって、ぼくと伊吹のが両脇に飛び跳ねた瞬間、

──ねぐらの入り口が炸裂した。


がらがらと音を立てて崩れるねぐら。

ぼくは、鼠はどうでもいいが白の事が少し心配だと思った。死体だから時間かかっても救出さえすればいいのだけれど。


「白、大丈夫か?」


大声を上げて尋ねるも返事が無い。

聞こえないらしい。


「誰だ!」


伊吹のが声を上げた。

避けるのが難しい程のものでは無かったけど、ぼくと伊吹のじゃなかったら多分木端微塵になってたと思う。


「やっぱこの程度にゃ当らないかね」


声の方向へ、ぼくたちの上、空に浮いているそれにぼくは目をやった。



──そこには、一本角の女鬼が、そのずっと後ろに百を超える妖の大集団が居た。



**



「誰だお前は」


伊吹のの声はヤケに響いた。

その声はいつもよりずっと低くて暗い、──歓喜を押さえつけている声色だ。


「あたしの名は星熊童子! 飛鳥の山の主にして飛鳥の妖百六十八の頂点!」

「飛鳥の主、何故ここに来た」


それも、当然と言えば当然だ。

ぼくだって分かる、この鬼は、本当に強い。


だけど、ぼくは今すぐにでも戦い始めそうな伊吹のを片手で制し、ぼくは星熊童子に質問を続けた。

彼女の言った飛鳥。それは都であり、侵略者共の最前線だ。少しでもぼくは飛鳥の情報が欲しい。


「飛鳥にもう、あたし達が居られる場所など無い」

「それほどまでに増えているのか?」


ぼくの問いに、飛鳥の主はこくりと頷いた。


「最早手が付けられないね。そこらじゅうでやれ仏像様、それ仏陀様のお祭り騒ぎ。

 しかも神社の取り壊しまで始まる始末さ。流石にご先祖の天照にゃ手をかけては無い様だけど、神道よりも仏教は本気さね」

「なるほど、有益な情報をありがとう」


ぼくが頭を下げると、飛鳥の主は手をしっしと振って答えた。


「例を言われる程の事じゃないさ。どうせ此処にも来てるんだろ?」

「来てるな。一匹だが、星熊のが吹き飛ばしたねぐらの中にいる」

「へぇ、連中捕まえたのかい? あたしらも三匹捕まえたけど、代わりに十四も殺されちまってさ。

 アンタら二人しかいないのにやるねぇ。で、何捕まえたんだい?」

「鼠の奴だ。中々口の回る喧しい鼠でな」


ぼくが答えると、それまで笑っていた飛鳥の主の表情が変わった。


「鼠、と言ったね。そいつぁ、あんたの事を“君”って呼んで偉そうな説法する奴かい?」

「ああ。その通りだ」

「へぇ、あの鼠此処で捕まってんだ……。なああんた」

「なんだ?」

「あたしにそいつ、譲っ」

「止めだ止めだ!! 何さアンタ、鬼が喧嘩売りに来たんじゃないのかい!? 

 それがピーチクパーチクあーでもないこーでもないとお喋りしちゃって、なにやってんのさ!」


伊吹のがそう声を上げた。

言われてみれば尤もだ。ぼく達は正々堂々殺し合おうとしてた筈なのに、いつの間にか雑談を始めていた。

鬼らしくないし、鬼として恥ずかしい。お喋りなのは百舌鳥と人間だけで充分だ。


「さあ殺り合おうよ! 私が大枝山の主、伊吹童子!」

「へぇ……あんたの殺気、素敵だねぇ。改めて、あたしは星熊童子、力の星熊とはあたしの事だ!」


空気が、木立が、大地が、震え共鳴した。

鳥は我先にと逃げまどい、獣達は本能が鳴らす警鐘に言われるがまま駆けだす。

──出来るだけ早く、出来るだけ遠くへ。この危険から逃げなくては。


星熊が引きつれてきた妖怪達は皆畏れ慄き、ぼくですら心がざわつくのを感じた。


そうして一瞬、二瞬と時間が過ぎ── 大地が、爆せた。


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