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東方史萃譚  作者: 甘露
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六七二年 春 1

お久しぶりです


**




六七二年 春




**



いつの間にか、ぼくにはそう思えてならない。あるいは六十の齢を超えた所為かも知れない。

気付けば忌々しい存在だった藤原鎌足を殺してから既に数度月が変わり、雪が降り溶け消え大枝山でうぐいすがほうけこう、と声を上げて鳴いていた。


「うまい」


人間の造った酒はうまい。

ぼくが人間だった頃はついに創造的なことなんてした事も無かったけど、他の人間は数十年の寿命の間に何かを作ることが多いのだとぼくは最近知った。

短い生涯で出来る程度の造ることは少しずつの小さな積み重ねであっても千年繰り返せばそれなりのものになる。

そんないい例が、この酒だ。淀みが少なくて、喉をするりと通り抜けるくせに、存在が大声を張り上げていて、喉を焼きながら中へとしみ込むのだ。

これは使い潰すだけで、造ることをしらないぼく達には真似できない。


「うまいねえ」

「うめえよなあ」

「いいもの手に入ったわね」


伊吹の、星熊の、華扇。三人娘がそろって同意の声を上げる。

冬の間、特に何かをした訳でも無い。仏も時折西海や南海へと使者を送り、偶に捉え偶に返り打ちにされ、打ち合わされた八百長試合の様なことを繰り返すだけ。

七日に一度山を降り人を襲い喰らう。時たま訪れる強い人間や愚かな迷子を襲い喰らう。


そしてあの日、伊吹のを抱き華扇を迎え入れた日を境に、ぼく達は互いを貪る様に喰らいあい始めた。


「伊吹の」

「なに? っん……ちゅ……ぁ」


振り向きざまに唇を吸い舌を絡める。甘い蜜の味と酒の焼けるような酒気が鼻腔を突き抜けた。

雄と雌が群れていた。その結果としては当然過ぎること。

ただ、今まで言い出せなかった獣欲の願いが伊吹のを抱いたことがきっかけで言いだせるようになった、それだけの違いだ。


「あたしにも。それに、その先も出来るからさ、してよ。伊吹のと違って入れられるから」

「あら、仲間はずれかしら? ……って、仲間はずれは貫通してない伊吹のだったわね」


偶然ぼくが雄として強かった。偶然伊吹の達が雌としてぼくを受け入れた。


「うるせー。いいもん、そのうち三日三晩かけていっしょに繋がるから」


単純な幸運だ、と思う。

こみ上げる感情は既に友愛を超えて愛欲と深い思慕になっている。

伊吹のはいつだったか、出会った時から。星熊のと華扇は、その瑞々しい肢体を抱こうと、そう決意した瞬間から。

獣欲と愛欲の境目がぼくには全く分からないから、愛しているとはっきり頷くことはできないけれど。


「伊吹の」

「なんだい、大枝の。今から繋がってみるかい? 私は何時でも構わないよ?」

「星熊の、華扇」


とりあえず、お山や白以外の、初めての手の内に収めて守りたい物に彼女達はぼくの中で変わっていたのだ。

だから、いつの間にか冬が終わって、春が来ていた。


「冬は終わった。そろそろ、動くぞ」


春は良い。だけれども、それは身を焦がす夏が来るという先ぶれでもある。


「手始めに国津の神共を動かそう」


楽しそうな表情はもう引っ込んでいた。ぼくも、彼女達も。


「真白」

「御傍に」

「お山は任せた。ややを上手に使って管理してくれ」

「はい」


真白は優秀だ。ちゃんと天狗達を纏めてくれる。忠実で従順。なによりもぼく達に届くくらい強い。そしてぼく達に丁度いい距離感をもって万事にあたる。

天狗なのに、とても優れている。ぼくはそう彼女を評価する。だからぼくは彼女に安心して留守を任せられる。

一寸真白と目を合わせ、それで嬉しそうに眉尻が下がるのを見るとぼくは振り返った。



「伊吹の、星熊の、華扇。大神神社へいくぞ」



**




~大和国、三輪山~




**


「んあ? ……なんだこいつぁ。粋がってんのかあ?」

「……どした?」


十尺を超す大男が、のそりと頚を上げた。

髭面の奥に隠れた端正な目元をぎりと吊り上げると、北の方を向いて空を睨みつける。

それに怪訝な表情を見せたのは男の半分ほどしか背丈の無い幼女であった。

一糸まとわぬなだらかな寸胴をゆらりと擡げると男に習い北を見る。しかし幼女には何も感じ取ることができなかった。


「ああ、聞けよ少彦名。どうやら調子に乗った物の怪がここに向かってる様でよお」

「……? バカがいる?」


少彦名と呼ばれた幼女はこてん、と可愛らしく首を傾げた。

二人は、いや、二柱はカミであった。しかも、幼女、少彦名神は大国主を助け共に国づくりをした国津神の重鎮だ。

二流の神や大抵の物の怪は指先一つで塵と化せる程に強い存在であり、彼女の気に触れないようこの地を遠巻きに避けて通る程である。

例え三輪山が少彦名“だけの”土地であったとしても、物の怪程度は間違っても近寄らない。

本社のある場所へと向かう等、余程の阿呆か低脳か、精々が自意識過剰の馬鹿だろう。


「しかし妙でよお、力の差が分からん訳が無い程度には強さがありそうでなあ」

「ん、感じた。……鬼?」

「ほお、それあまた珍しい。この辺りの鬼って言やあ……大枝と伊吹の山の主かあ」


不可思議だと眉間に皴寄せる男神を余所に、物の怪が少彦名の感じとれるまでに近づいたのか。より細密に存在を感じた少彦名がぼそりと、鬼、と呟くと、男は愉快そうにその名を呼んだ。

近頃名高い、仏共にも屈しない強情な物の怪の名を。

すると楽しげな男とは真逆、少彦名は不愉快そうに可愛らしい眉をぎっと顰めた。


「あいつらは……色狂い。不潔。大物主と同じくらい不潔。寄るな。もげろ」


男──大物主と呼ばれた彼──は、甲高い憎悪の言葉を豪快に笑い飛ばす。

大物主、大神神社の主神であり、国津神の頂点、大国主の幸魂さきみたま奇魂くしみたま、つまりが分身であった。


「星熊ん鬼は良い女だと聞くがなあ。まあ鬼の穴だ。獣臭えだろうから要らん。それとその台詞は今の今まで抱かれてた雌が言う台詞じゃあねえなあ」

「黙れ。毒盛るぞ。根元から腐って捥げる毒盛るぞ」

「照れるな照れるな。鳴くのは腕の中に居る時だけで充分」

「死ね、最低。死ね、二度死ね。そして生き返ってまたもげて死ね」

「わかった分かった。全く、落ち着けよなあ」


滾々と呪詛の言葉を垂れ流す少彦名を放置し、大物主は豪快に、悪辣に笑みを浮かべた。

近頃名高い強い物の怪、そんな存在の来訪に心奮わせていたのだ。


「……さてと、鬼さんは何を企んでいるんだかなあ。面白いこと聞かせてくれよなあ?」

「独り言気持ち悪い、死ぬべし」

「犯すぞ手前」

「もう入ってる……んっ」


生存報告です。

長い間更新が滞ってましたがエタってはないです(

今年度は諸事情あり更新が滞るとおもいますが、よろしくお願いします。

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