六七一年 26 十一月十四日
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『十一月十一日 晴れ』
鎌足のところに祈祷師が向かっているようです。何やら体調が良くないので鎌足が呼んだようです。
悟られても面倒なので邪魔ものには退場してもらいました。
具体的には鎌足の邸宅に着く前に変化出来る同僚に“入れ替わって”貰いました。
祈祷師の肉は美味しく無いので狗に処分させます。証拠隠滅、これで誰にもばれません。
大枝様にも手際の良さを褒められました。今日は素敵な日です。気持ちを切り替えたらさっそくいい事がありました。
これからもこんな感じで“いい女”目指しましょう。寵愛の形は雌雄の関係で愛でられるばかりじゃありませんし!
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『十一月十三日 晴れ』
鎌足が政務の最中に血を吐いて倒れました。病猫鬼は肺臓を蝕んだようですね。
大海人皇子と一緒に入り込んだ際に宮中に置いてきた駒を使い大王に伝えると慌てるわ慌てるわ。
明日の執務を全て繰り上げてこなすと明日一日掛け鎌足の見舞いに行くようです。
邪魔者ながら本当に大王は優れた人間だと実感です。為政者として少々情にもろい判断だった気もしますが、まあ数十年来の友人なら仕方ないですかね。
明日、鎌足が息絶えれば謀は次の段階に進みます。天性の誑しの大枝様と二週間も一緒に居た茨木様は大枝様の“仲間”に恐らく成るでしょう。
私はそれがどうしようもなく妬ましくて不安で、心がかき乱されてしまいます。
参謀と言われ、私にしかできないことが沢山あって、其れを認めてくださった方が私を必要としてくれていた。
そこに、茨木様は入り込んできました。私だけしかできないことが、私と茨木様ならできる事になってしまいました。
……本当に、ままならないですね。何もかも。
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十一月十四日 中臣鎌足邸
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にゃーお
鎌足の飼い猫なのだろうか。
足元に纏わりつくそれを振り払うと、鎌足は困ったように笑って見せた。
「ごほっ、げふっ……。大王、なりませぬぞ、斯様な病人の住まいに訪れては」
床に伏せるのは我が股肱の臣、鎌足。
数十年来の盟友は今、病に冒されていた。
「ならぬものか……何故もっと早く朕に申さなかったのだ!」
「話したところでどうにもなりますまい。己の身体はやはり己が一番よう分かります故に」
「……っ、ぐぅっ!」
達観ともあきらめともとれる愁いに満ち溢れた表情をする親友。
私は自分の無力さを呪わずにはいられなかった。所詮は人、神の領分には決して届かないのだと。
激情の赴くまま床を殴る。慌て大友皇子が私を止めた。
「ち、父上、どうかご自愛くださいっ。それに、鎌足殿にさらに心労をお掛けするつもりですか」
「ほっほっほ、いいですぞ、皇子様。大王がこれほどまでに心を露わにすること等中々御座いません故」
「しかし……」
言い淀む我が息子。
私はその間に少し冷静さを取り戻していた。傍から見れば何と無様な様子を見せたことか。
完全に私的な訪問としておいて良かった、と一つ胸をなでおろす。
「それに、あの冷徹な中大兄皇子様が私如きの為に心を砕く、これほど臣として誉れなことがあるでしょうか?」
「……くくっ、なんだ、まだ皮肉が言える程度には余裕があるのだな」
「伊達に皇子様に長らくお仕えしておった訳では御座いませぬ」
そう言うと哀愁漂う笑みを浮かべる鎌足。
やはり、もう限界が近いのだろう。
……全て上手く行っておったはずだった。
王家の分裂を防ぐため大友皇子のみを残し、私が生涯を賭け確立してきた王権をそのまま引き継がせる。
土台は整えてある、あとは強力な中央集権体制を皇子が確立させれば、この国は太平に導かれる筈だった。
その為に好きでも無い宗教家と結び、厩戸皇子の手法を見習い平民を纏めるには好都合な仏教を布教させた。
全ては、鎌足の叡智の元。それが綻びを見せたのは先月の事。
張り巡らした糸の隙間をすり抜け、大海人皇子は我の手中から消え失せた。
母帝の建造した離宮、吉野へと。
「……虎に翼をつけて放てり、でしたかな」
「か、鎌足殿! 突然斯様なことをっ」
口にしたのは宮中で持ちきりの噂のことだった。
私が気にしているのを知ってか、大友皇子は慌てて鎌足を遮ろうとする。
「良い、大友。やはり気がかりか」
「それは勿論で御座います。何せこの鎌足、今生最後の失策でした故に」
「仏門へと下り、一線から退くために吉野へ下る……。童が見ても建前だとしか見えぬのに、これほどまでに手が出せぬとはな」
「張った糸が主を妨げる……政とは儘ならぬものですな。この鎌足、老いてそれを悟るとは」
そう言うとかけ布を強く掴み握る鎌足。
本当に、なんと素晴らしき男である事か。
「誰の失策でも無い。見えぬ可能性が不意に浮上しただけのこと。ならばもう一度策を練ればよい、頭を悩ませればよい」
「……まさか、皇子様に励まされる日が来るとは思いもしませなんだ。女子の身であったら惚れていたかも知れませぬな」
「はっはっは、冗談でも斯様なことを言うでない、怖気がするわ」
そう言うと一通り笑い合う私と鎌足。
大友皇子は何とも居心地の悪そうに胡坐をかいて居た。
やがて笑い声が途絶えると、鎌足が静かに呟いた。
「……死する者に大織冠を授けるとは、最後の最後まで大王には目を回させられてばかりです」
「そう言うな、実質誰も就く者が居なかった名誉職の様なものだ。それよりも朕は、授けた家名こそ喜んで欲しいのだがな」
「藤原……でしたな」
「ああ。鎌足の子不比等にも、いずれは大友皇子に仕えて欲しいものだ。
そうやって、藤原という名が等しく大王の片腕となれば。朕は心からそう願う」
「本当に……なんとお礼申し上げれば良いのやら」
本来ならば、鎌足の功績を考えればこの程度何の報いにもならぬほどだ。
彼の者が望めば、それこそ私は出来る限り最大の力を尽くし叶える覚悟を持っている。
……それほどまでに、中臣鎌足という人間は私の中で重要な人間だ。
「礼など要らぬ。朕の友であり片腕である鎌足が居たからこそ、今の朕がある。当然の、恩への報いだ」
「げほっ、ごほっ……。相変わらず、変に甘いのですな。私は皇子様の臣、皇子様は私の主。主に報いてこそ、臣の本望です」
「甘いなどと言うな。朕はそれほどの恩義を鎌足から得ておる」
「ほっほっほ……それが甘いと言うのですぞ。大友皇子様、父君は見習う所も大いにお持ちですが、この様な甘さは見習ってはなりませぬぞ」
「は、はいっ」
「鎌足、大友をからかうでない」
「これは申し訳ありませぬ、老爺心が働きましてな」
朗らかに笑う鎌足。何処かに孫を見守る好々爺の様な雰囲気が合った。
つい先月までは、何事もなさげに飄々としておった稀代の切れ者とは到底思えない様な、慈愛深い笑み。
何故鎌足なのか。何故鎌足が病に伏せるのか。聞けば何故かあの憎き弟が都から離れた途端、鎌足が衰弱し始めたのだという。
大海人が私の手から逃げ失せた時から、何かが可笑しくなったとしか思えなかった。
私の目指す国家平定を阻む何かが居るとしか思えなかった。何故だ、何故、何故だ!
……とはいえ、私も激情のままに赴く訳にもいかない。
「大友皇子様」
「なんですか、鎌足殿」
「伯父上に、努々お気を付けなさりますよう……」
「……はい」
そうだ、病に冒された鎌足でさえ次代の事を愁い行動しているのだ。
私も動かねばならない。大友に皇位を継がせるために、倭の平定と安寧のために。
「鎌足……何か、最後に望むことは無いか?」
「姓まで賜り、これ以上何を望むと言うのでしょうか……いや、一つだけ」
「なんだ、何でも申してみよ」
「では……
私の葬儀は、極めて簡潔なものにして頂きとう御座います。
生きて国の役に務めることさえできぬ者が、死に当たって君主にご迷惑をかけられましょうか」
「鎌足っ!!」
「……鎌足殿」
「何も悲しむことは御座いませぬ。死はいずれ誰しにも訪れます故。
大王、大友皇子様。この国を、頼みますぞ……」
「もちろん、……鎌足に言われるまでもないことだ」
「はい、鎌足殿」
「これで、国も安泰で御座いますな……、申し訳ありませぬ、少々喋り過ぎた様です。
少し……疲れました」
そう言うと、鎌足は静かに寝息を立て始めた。何時の間にか戻って来た猫を腹に乗せて。
私と大友は足音を立て無い様、床から離れた。
──彼等は、うすぼんやりとした明かりに照らされた猫の影が蠢き、その黒い身体が崩れ消えるのに気付くことは無かった。
翌朝。
忠臣は、静かにこの世を去った。
齢、五十七才の死であった。
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大王とその子が去るのを遠巻きに見つめながら、ぼくは口を開いた。
「流石は呪術師、唯の黒猫にしか見えないのだからなおさら恐ろしい。ぼくじゃ太刀打ちできそうにもない」
「安心して、あなたを殺せなんて依頼、今持ってこられても受ける気もしないわ」
少し皮肉気味に答える華扇。
出会いは偶然、腕の良い呪術の扱える者を探していた時にたまたま出会っただけ。
そんな彼女は、鬼なのに人間の中で暮らす、美しい鬼だった。
星熊のは男勝りで野性的な美、伊吹のは幼さと可憐さが半同居した美。
ならば華扇は、面妖で飄々としながらも儚げな美と言ったところだろうか。
ぼくも詩的な言葉遊びを覚えたものだ、と何故か少し自嘲気味に思いぼく自身を笑う。
するとそれをどう取ったのか、華扇は静かに呟いた。
「蠱毒は忌々しいもの……あれは嫌いよ、呪の醜い部分の集大成だもの。仕事じゃ無かったら使いたくもない」
「猫を締め殺して四十九日の間、これを祀り、その霊を呪殺、あるいは、財産を奪う為に使う呪法。だったか」
「ふふっ、暗殺には最高ね。尤も、今回は病殺だからもう少し猫の怨念は少なめだけど」
「猫に同情するのか?」
唇を噛みそう言う華扇にぼくは訊ねる。
強者が弱者を憐れむことほど、弱者を侮辱するものはない。
ぼくの持論だが、それは強者故に持つ驕りだと華扇に説かれたのは記憶に新しい。
だからと言って否定もしない彼女に新鮮さを覚えたりもしたぼくは現金な野郎なのだろう。
「まさか。ただ心から憐れむだけよ、悔いたところであの子が救われる訳じゃ無いもの」
「変なところは正直な鬼だ。それで、答えは出たのか?」
答え、それはぼくの問いへの答え。
──お山に住まないか。ぼくは美しいこの鬼にそう言った。
何故そう言ったのか、今でもぼくは分からない。
同族が物珍しいと思ったとか、人の中に鬼が紛れている事に許せなかったとか、そんな下らない理由で無い事だけは確かだ。
だけど後悔もして居なかったし、彼女がお山に住む事をぼくは望んでいた。
「……貴方達のお山は心地良いわ。それにあなた自体がとっても魅力的。だけど、お山で安息を得ては、私の目指す高みには届かない様な気もするの」
「高み……とは、何を指すんだ?」
「大枝になら言ってもいいかしら。……私の目指す高みはね、仙人よ。大陸に渡ったのもそのため」
「……仙人? 人を喰らう身でありながら、人を導くのか?」
矛盾をはらんだ言葉にぼくは目を剥く。
正気とは思えなかったからだ。鬼は鬼であり、仙人は所詮人だ。
「ええ。人を喰らい、五十と幾年を生きて、だからこそ私は導こうと思ったの。
最初は唯の好奇心で暇つぶしだった筈の人間の中で暮らすことが、私をどうしようもなくこの鬼以上に不完全な人間を好きにさせてしまったの。
そんな彼等を導いてあげたいって思ったの」
そう言う華扇の瞳は揺らいでいた。まだ、不安や畏れを何処かで感じているのだと分かった。
人間は醜い。それをお山のだれよりも知るぼくは、華扇を此処で止める必要があると強く感じた。
「それは傲慢だよ、人間は人間だ、それ以上でも無いけれど、それ以下でも無い」
「いいえ、未熟なことに変わりは無いわ。
……神になれない鬼は仙人になるしかない。鬼にしか見えない人の歪みを直せるのは、鬼だけ。私はそう思ったのよ」
「華扇、仙人と言っても所詮は人だ。その本質は何処まで行こうと変わることは無い。鬼の仙人なんて不完全な代物は華扇自身を苦しめる」
「そんなこと無いわ。寧ろ人間の外から人間を導くことが出来る人外の仙人こそが必要よ」
嫌悪感と苛立ちが無性にぼくを焦がす。
今にも叫びそうだった。
「華扇、ぼくは人だった。そしてその醜さは今でも生きている。ぼくの中で黒々ととぐろを巻いている。
その証拠が妹への執着で、虚実への忌避感を持たない人の心を持った鬼で、慕う娘たちへ上手に答えを見せられない弱さだ。
人は変わらない、華扇は鬼だ。何処までも卑怯な人間の本質を分かることはできないんだ!
華扇、きみは何時か裏切られる。黙って信じれば手酷くやられる。そう言う意味で、盲目だった人間のぼくは妹を失って白を作りだした」
「……そうだったのね。ごめんなさい、大枝のにとっては嫌な話題だったでしょう?」
「いや……いい。ぼくも喋り過ぎた」
こんなに醜いぼくをさらけ出したのは、最近じゃついぞなかった。
半月ほどの付き合いなのに、ぼくはもうこの鬼と居ることにも安らぎを感じているのか……。
我ながら無節操振りが酷いものだ。
「大枝の……」
「済まない、吐き出してしまいたい気分だったんだ。……隣に居たのが華扇で良かった」
「ッッ!? ……卑怯者」
言葉を吐いた所為か、苛立ちはすっと波が引くように消えた。
意味深な華扇の台詞の余韻と一緒に残ったのは妙な気恥ずかしさだけだった。
暫く無言の間が続いた。居心地の悪いものでは無かったが、妙に些細な動向さえ意識してしまい座りが悪かった。
やがて、彼女が口を開いた。
「……やっぱり、それでも私は仙人を目指す。ううん、今のあなたの言葉で益々決意が固まったわ」
いつの間にか彼女の表情は決意に溢れていた。
彼女のその想いを止められなかったのか、そんな後悔が少し疼いた。
だけど華扇は既に決断した。瞳に揺らぎは無くなった。なら、ぼくにはもうどうこう言う権利は無い。
「何故だ?」
「弱さまで曝け出してくれた男一人導けないで、仙人なんか成れっこ無いものね」
そう冗談めかし言い胸に手を当てる姿には、ただ深い慈愛だけが感じられて、ぼくも不思議と怒りは沸かなかった。
ただ、仙人になると言ったからには、お山から彼女は離れるのだと思うと、胸の内に喪失感だけがぽっかりと残った。
「そうか……。では華扇は、依頼を果たした後は、再び人間の元に行くのか」
「ううん、そうじゃないわ。私、お山に住む」
「話が繋がらないぞ?」
「……ふふ、そうね。何だかあの鬼達なら分かってくれるかも」
首を傾げるが、何だか酷くはぐらかされたような気分だ。
「それはどういう意味だ?」
「ふふっ、出会って間もない二人だもの。まだ秘密」
「……華扇は意地悪だ」
そう言うと華扇は悪戯っぽく笑った。
「そうね。あの娘達も、こうやって誑かされたのね」
「誰を誑かすんだ?」
「……あなたが、私を。ね?
大枝は不思議な鬼。強さと弱さが同居してる。雌の本能が強い雄としてどうしようもなく欲しくなるのに、ふと弱さを零して心まで持って行っちゃうの。
つまりは……私の中で今はまだ小さなあなたも、直ぐに取り返しのつかないくらい大きくなっちゃう未来が見えちゃったのよ。
なら離れられるか、って言えば、私はそこまで禁欲的な鬼じゃ無いわ」
ぼくでもこの言葉の意味位は分かる。つまりは華扇も伊吹のや星熊のと同じと言う事だ。
そこに当然不快感なんて入り込む隙間も無くて、ただぼくは純粋にそれを嬉しく思った。
まだ上手く言葉に出来ないけれども、あの二人と同じ様にいつか向き合う覚悟も、持てると思った。
「なるほど、これも“告白”だな」
「っ……本当に馬鹿よ、大枝って」
「知っている」
頬を染めてじとりと睨む華扇。
敢てぼくはそれを受け流し飄々とした態度を意識する。
「と、言う訳だ。華扇が“本当に”仲間になった」
「ちぇっ、また大枝のの周りに……まいっか。私の優位性は変わらないし」
「結局華扇もやっぱりそうなんだな、ううっ、これであたしはさらに立つ瀬が……」
おかしいな。ぼくは二人とも華扇に好意的だと思っていたのだが。
星熊のは本気泣きしてるし、伊吹のも少しがるると威嚇してるし。
「なぁっ!? い、いつから!?」
「『安心して、あなたを殺せなんて依頼~』の辺からかな」
「最初からじゃないのっ! というかこんなところにお山の頭そろい踏みしてて良い訳!?」
「どうせ連中も動かないよ、何企んでるのか知らないけど法隆寺と都に引き籠ってるし」
「それに、ややと真白の、あと大天狗達は皆山に残してある。如来格の仏でも来ない限り大丈夫だ」
「……そうやって信頼してあげてること、ちゃんとあの娘達に言ってあげたら? ややなんて最近、この世の終わりみたいな顔ずっとしてるわよ」
それは確かにぼくも思った。数日前から何か諦めきった様なそんな顔している。
あれは良くないと思った事も覚えている。あんな調子では能力を発揮しきることが出来ないだろうから。
「真白の達は配下だ。そう言う甘い事は言えない」
「……どうだか。存外恥ずかしがってるだけだったりして」
「あー、大枝のならあり得る」
「上手く言葉に出来ないとか何とか言っちゃってな」
何故かぼくが標的になってしまった。
にやにや笑う三人にぼくは辟易してしまう。というか星熊のは泣いて無かったのか?
「うるさい。ぼくは恥ずかしがってなんか無い」
「なんだこの大枝の可愛い」
「こういう時向いてるのってあたしじゃね?」
「姉御肌発揮できそうで良かったわね星熊」
そう華扇が言った拍子、ぼくは星熊のの巨大な胸に抱きすくめられた。
慎重がそんなに変わらない所為で凄く不格好だがふかふかだ。なんだかいい匂いもする。
「おー、良い子良いふぁっ!? ちょ、やめっ、ひゃうっ」
「あーっ!? こ、こら大枝のっ、何盛ってんだい!」
「あらまあ……」
「むぐむぐ」
手が腰辺りに当たっている所為か、それとも吐息がこそばゆいのかぼくには分からない。
兎も角盛って無いと言おうとしても、ぼくの顔は乳に埋まっているから上手く言えなかった。
「ひゃあ、や、あうっ」
「艶っぽい声出すな変態っ! 大枝のを離せよおっ」
「う、っさいっ、不遇の身の役徳だっ、あんっ」
あ、……なんだか元気になって来たな。
「あらまあ。ぽっ」
実にわざとらしい言い方だがどうやら華扇は気付いてしまったようだ。
そこで漸く星熊のの力が抜けぼくは乳から解放された。
「兎も角だ、一旦帰ろう。あの男は明日にも死ぬ。そうすればぼくたちの計画もまた一歩進む。それに華扇も仲間になった。今日は祝おう。配下にも伝えて皆で酒盛りをしよう」
「お、大枝の、あたしは、その……」
もじもじする星熊。
まあ、皆まで言わなくても分かる程度にはぼくも成長しているらしい。
「……分かった、それは後だ。ぼくももう逃げないから安心して欲しい」
「大枝、私は何時でもいいわよ?」
「……善処する」
妖艶にくすりと笑う華扇が寧ろ達が悪いと思った。
どう扱うべきか分からないのだ。
「ずーるーいーぞー! 私も私もー!」
『黙れ貧乳』
「酷っ!? 大枝の、皆が苛めるよお」
「伊吹の、いつかは大丈夫になるさ。ぼくはそう思ってる」
「……凄いわね、時間差攻撃で必殺技発動よ」
「えげつないねえ。流石は大枝の、あたし達に出来ない事を平然とやってのける」
「私は痺れもしないし憧れもしないからねっ!?」
「そうか、残念だ」
ぼくがそう言うと何故か三人は笑った。
何となく疎外感というか、一人だけ男である違いというかそう言うものを一瞬感じたけど、それは直ぐに無くなった。
信頼できる仲間が増えた喜び、自分が少しだけ強く慣れた嬉しさ。補って有り余るそれらがたくさんできたから。
あとは白。
ぼくの一人だけの家族。
後悔だけが残ったままだ。
「ん? どったの大枝の、しょんぼりしちゃって」
「苛め過ぎた、って事もないよな? なら明るく行こうぜ、折角の酒宴がそんな顔の大枝のじゃ台無しだぞ」
「出迎えられる身としては笑顔が嬉しいわねえ」
声に顔を上げる。やっぱりその三人がぼくを見ていた。
そうだ。白の存在を忘れることは無いけど、ぼくには今ある大事なものも沢山あるんだ。
「そうだな。そうしよう」
一先ずは、それを喜んで楽しくやろう。
だから、いつか必ず、白を勝手に縛る自分と決着を付けよう。ぼくはそう思った。
**
やっぱ並列執筆はだめですね……
交る混じる。作者の中で作りあげた2人分の主人公の人格がごちゃごちゃになってしまいます。
何度俺とうち間違えそうになったことか。
伴って微妙に大枝君の性格が変かもしれません。違和感を感じたら教えて頂けると幸いです




