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東方史萃譚  作者: 甘露
35/40

六七一年 22 十一月九日

**



「ちっ、埒が明かないわね……」


結界に籠り数刻が経っていた。

力にまだ余裕はあるが、朝までこのままと言うのは恐らく不可能だ。

雨が降っていると言うのもなお悪い。不安定な天気は余計に力を使うし、もし雷でも落ちたら一気に削られる。

結界から出ようにもあの毒鳥が、鴆が隙あらばと狙い、その上仏についた大陸妖怪も数体辺りに居る。


「茨木様、増援は来るのでしょうか?」

「さあね……。睡の気力次第よ、酷な話だけど」


唯一の望みはお山に向かい飛んでいった睡だけ。

その彼女も毒で羽や顔を焼かれている。鈴鹿は鴆のくちばしで突かれ一瞬で毒がまわり死んだ。

飛べるだけでも奇跡の様なあの娘に重い役目を託すなんて我ながらとんでもない鬼畜の所業だと思う。


「……辿り着いてね、睡。ほら七、気合入れて! また仕掛けてくるわよ」

「は、はいっ」


そう言うと鴆がまた降下してきた。

羽どころか体中が毒塊の個体なんて一体どこで手に入るのか小一刻問い詰めたい。

というか鴆自体が春秋時代から王朝御用達の怪鳥だから値段も天井知らずなのに、こんな個体ぞっとしない値段に違いない。


なんて思っていると鴆が結界に爪を立てた。

鴆は弾かれるどころかじゅうじゅうと結界の表面に傷を付けた、結界を溶かす毒とかどんな変態的な毒なんだと。


「そろそろ出てきたらどうかい? 

 茨木鬼、大陸の学をもったあんたなら、私達は歓迎するよ」


一尾の狐が、高圧的な態度で私に語りかけた。

結界の構造上外から中を見ることはできないので、奴は見当違いの方向を向いている。

普段ならその間抜けな横っ面を今すぐにでも殴って殺してやりたい所だけど、悔しい事に私はあの格下妖怪に追い込まれているとしか言えない状況にあった。


「誇りを捨てて仏に顎で使われるのは御免ね。貴女みたいに一尾程度の赤ん坊妖獣と知性の無い使い魔ならまだしも、私は鬼よ。毒でも使わなきゃやってられない雑魚に下る道理は無いわ」

「ふん、その毒にばたばた倒れて屈しているあんたたちに言われたくないね。格の高い天狗も一滴で昇天させたのよ」


得意げな顔で亡骸を指差しながら鈴鹿を倒した事を誇る狐。

毒さえ喰らわなければ鈴鹿の足元にも及ばない存在の癖に。毒さえなければ私の相手にもならない癖に。

憎しみを込めて私は狐を嘲った。


「一匹逃げられたのにね」

「……五月蝿いな。どうせあいつも今頃死んでるよ。私の鴆はこの国の神をも殺すのさ!」


鴆が退くと次は、あの狐を筆頭に十数の妖獣が結界の傷ついた部分に弾を撃ち込む。

結界が軋む。また力を持って行かれてしまった。七は顔色が既に青から白に変わっている。


「七、貴方一度休みなさい」

「しかし、それでは茨木様が……」

「此処で力を使い果たされて倒れられるよりはまだマシよ。次の一撃くらいは防げるから、それまでは休んでなさい」

「……御意です」


そのまま七はへなへなと座り込んだ。

荒い呼吸が辺りに響く。兎も角、今は時間を稼がなくては。


「ねえ、狐さん。少し気になったのだけど、貴女達はどうやってこの場所を見つけたのかしら」

「藪から棒になんだよ」

「此処にかけてあった術は余程近づかなきゃ、それこそこの小屋の戸口に手をかける位しなきゃ気付けない筈なのだけれど」


これは真実だ。私と真白ので行使した隠匿の術は中々に高度なものだったはず。

病猫鬼自体が強大な力を持っている訳でもないから逆探知は難しいだろうし、

大体ここも抜けがらの肉体を縛りつけ制御しやすくするのと、いざ浄化されそうになった時に完全に消されないための保険程度の役割しかない。


「ああ、そりゃあ簡単だよ。私らの支配下の地で馬鹿な真似して逃げだした大枝山の悪鬼の一体を尾行したら此処で一休みしてたのさ。

 その馬鹿のお陰で大枝山に攻撃できそうだったから、進行するついでにここも調べよう、って。

 最初は貧乏くじ引いたかと思ったけど……そこには大事なものがあるんだな。茨木鬼に鈴鹿の大天狗まで現れたとなっちゃね」

「そう……。やれやれ、何処の馬鹿が……」


本当にやれやれだ。一体全体何を考えて何をしでかしたのだろうかそいつは。

こんな被害の多い戦闘シャレにならないし、お山が攻められる原因も作った様だし。

皆はこれに気付いているのかしら……。とりあえずその馬鹿を殺さなきゃ何時までも攻められる可能性もある。


せめてもの救いはココが何か知られちゃいないこと。

もし無事にこの危機を抜けられたら、多少の危険を覚悟してこの場を破壊しなきゃね。

病猫鬼を使役している事を知られたら計画自体破たんしかねない。


「私達にとっては有難い馬鹿だけど、味方内にそんな考えなしが居ると思うとぞっとしないね」

「本当よ。同意するのは癪だけど、同意せざるを得ないわ」


ちらと七を確認すると、顔色が聊か良くなっていた。

時間稼ぎも無駄じゃ無かったみたい。あとは、大枝の達が危機に気付いてここに来てくれることを……。


「で、時間稼ぎはそろそろ良いか? 村の人間殆ど殺しちゃってるんだ、外から退魔師とか来られても厄介だしね」

「本当貴女って妖怪ね。なんで尖兵なんてやってるのかしら」

「だって奴ら強いし。私が九尾ならこんな事して無いんだけどなぁ」


狐はそうやってぼやいた。

同時に、鴆の毒と糞が結界に降り注いだ。

鴆の毒は強力無二の猛毒。鴆の糞は岩をも溶かし砕く劇薬。

結界が軋み悲鳴を上げると、弾幕が追い打ちをかける様に雨あられと降り注ぐ。

力が吸い取られ、急激な変化に膝が震える。


「ほらほら、降参しなって。今降らなきゃ鴆の毒で骨の髄まで犯されちゃうよ」

「一昨日来なさい、っ。仏に身を売った淫売狐さん」


ここが堪えどころ。このまま怒らせて向こうに力を消費させなくては。

七も復帰した。この攻撃で出来る限り消耗させて乗り切れば、配分的に上手く朝まで持たせられる。


「余裕ぶるのも大概にしろよ」

「私は犯される趣味は無いわ、和姦派だもの。魂を売った淫乱達には理解できないでしょうけど」

「っ……大陸に生まれなきゃ、……私達だって!!」


力が乱れ始めた。狐以外の大陸妖怪も動揺しているのか、攻撃が散発的になる。

これなら、上手く凌げるかもしれない。


──その瞬間。狐の力が奔流した。


「何っ!?」


思わず声を上げ、狐の姿を見る。

きょとんとして一瞬、奴の背から二つの尻尾がゆらゆらと揺れていた。

私は、茫然とした。


「……っ、え? あは、あはははははは!! 増えた! 尻尾が増えた!! 二尾になった、私は二尾になった!!

 皆、あの結界をぶっ壊すよ! 生意気な鬼に目にもの見せてやれ! 獣の力、思い知らせてやれ!」


信じられない。最悪の展開だ。

これじゃあ結界も耐えられない。私達の力が持たない。


びりびりと大きく揺れる結界。

狐の声と共に、活気と生気を取り戻した獣達が攻撃を再開した。表面には多量の弾が、特に狐の、先程の十倍は力を削る弾が降り注ぐ。

どさり、重い音に振り向けば七が泡を吹いて倒れていた。どうやら力を根こそぎ持って行かれた様だ。

私も人のことは言えないけど。正直もう限界だ。

脂汗が止め処なく流れ、膝と言わず腕と言わず体中ががくがくふるえた。


そして……。


「あ」


ぱきん、と響いた甲高い音。

きらきらと光る粒が散って、そして消えた。


結界が、消えた。


私は地に膝を突いた。

立ちあがる気力も無かった。


ここで狐たちが直接襲いかかって来るならまだやりようがあった。


「鴆、行け! 鬼を殺せ!!」


毒だと私達は死ぬのかな。鬼退治の方法とは外れているから、どうなんだろう。

そんな場違いなことを思った。


でも苦しいのはやだな。

けたたましい鴆の声を受け、身体が硬直する。私は鳥風情に畏怖を覚えていた。

だけど……。


契約守れなかった。


「……ごめんね、大枝」


そんな気持ちが最後に浮かんで。




「駄目だ。勝手に死ぬのは許さない」



少し私はびっくりした。

でもそれ以上に幻聴でも、私は聞こえたその声が嬉しかった。

初めて出会った、私と対等な存在の男の、その温かさを感じた気がしたから。



そのまま私は霞む視界を切り捨てる様に瞼を閉じた。

大枝の腕に抱かれた様な気がして、私は安心して意識を手放した。



**



華扇と出会ったあの村に辿り着いた時、丁度、何かが小さく爆発する音が連発して響いていた。

嫌な予感がぼくの中で蠢く。如何にかしなければ。

華扇を助けなければ。でも、どうやって?


ぼくは鴆に対する明確な対抗手段を持てないままだった。


天狗や河童は毒で死んでしまう。という事は不老不死でも無い限り、お山の妖怪は皆殺せるのだと思う。

鬼はどうなるか分からないが、少なくとも楽しいことにはならない。

鳥を弾や投石で打ち落とすというのも、半分妖怪の様な鳥相手では難しい。


「……伊吹のと星熊の以外は気配を忍ばせて周囲を囲め。

 ぼくが合図をしたらタコ殴りだ」

「あの、大枝様、合図ってなんですか?」

「……如何にかして毒鳥を止める。止められたら声をあげるからそれを合図にしてくれ」


ぼくがそう言うと、配下達は素早く散会した。

村に入った時点で気付かないと言う事が、強敵が相手では無いことを物語っている。

その方が、ぼくにとっては許せない。

格下に優秀な配下が嘗められ穢されている気がするから。


華扇は優れた鬼だ。彼女を殺すなら、ぼくたち鬼を殺すなら、正面からぶつかって倒せる優れた相手で無ければそれは到底認められない。


「で、大枝の。一体どうやって即死する毒を持った鳥を止めるのさ。鴆って羽にさわるだけでもアレなんだろ?」

「羽だけならいいんだけど。この鴆は爪やら嘴でも毒を与えると思う。睡の身体にあった引っかき傷が青紫になっていただろ」

「……それ触れないじゃん。触ったら死ぬじゃん」


伊吹のが青い顔をして呟いた。ぼくもそれに合わせ小さく頷く。


「……なあ大枝の、触ったら死ぬならさ、もう死んでりゃ大丈夫なんじゃね?」

「はぁ? なにトンチンカンなこと言ってんのさ。状況悪過ぎて頭悪くなった?」

「黙れ伊吹の。大枝のの妹さん、白ちゃんだっけか? あれ大枝のが動かしてたんだろ?」

「確かにそうだが、白みたいに動かすのは割と手間が掛る」

「別に白みたいに動かさなくても良いじゃん。鈴鹿には悪いけど死体借りてさ、んで肉の壁にして鳥を──」


その時、甲高い炸裂音が辺りに響いた。

同時に見えるのは、きらきらと綺麗に宙を舞う何か。結界の破片。


ぼくは駆けだしていた。

あの知的な鬼を失うのが心底恐ろしかったから。

ちっ、と星熊のが舌打ちをした。


「華扇を回収したら二匹落としてくれ」


それだけ言うとぼくは一歩後ろに下がり、鈴鹿の死体を見つめた。

白の時とは違うのに、何故かぼくはどうすればいいかが分かっていた。思考がやけに軽快だった。



“動け”



念じるだけの簡単な動作。それだけで、鈴鹿の死体はむくりと起き上がる。



“華扇を狙う鴆を殺せ”



鈴鹿の死体は駆けだした。

生きている頃なら絶対に出来ない様な、身体の作りを無視した躍動。


ぼくもそれに合わせ跳ぶ。

華扇に向かう鴆を、文字通り身を挺して止めた鈴鹿を超え。

蒼白な顔で倒れている七を回収する。


そして、今にも気を失いそうな華扇が地面に伏す前にそっと、抱きかかえた。


「……ごめんね、大枝の」


聞こえたのはそんな声。

瞬間、一旦押さえた筈の怒りが沸騰した。沸き上がりぼくの頭を怒りで染めた。

許せない。誇り高い彼女をこんな目に合わせた。

毒で追いつめ姑息に弄り殺そうとした。


強い彼女を、卑怯な手でこんな、こんな悲しそうな表情まで追いつめた。




「駄目だ。勝手に死ぬのは許さない」




ぼくがそう言うと、華扇は一度だけ目を見開いて、優しく微笑んだ。

死んではいない。意識を失っただけの様だ。優しく一撫で、二撫でと華扇の柔らかい赤毛をなでる。


ぼくは茫然とする二尾の狐を睨みつける。

視線だけで狐がたじろいで一歩引くと──


瞬間、肉を打つ濁音が響き獣が二体粉々に吹き飛んだ。

そして何が起こったのかすら分からず茫然とする獣たちに。


「今だァッ!!!」


物陰から、がれきの中から、地中から、水中から。

配下達の弾の雨が降り注いだ。


当然しっかり書いたつもりなんですが何だかチープな感じになった気がします。

戦闘とかって表現難しい


梵天様が犯されていた辺りを改訂しました

原版はノクターンに移動させました

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