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東方史萃譚  作者: 甘露
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六七一年 18 十月三十一日

「あっ、お帰りおお……え、の?」

「今戻った。ややを呼んでくれ」


宮の外で待っていたらしい伊吹のに声をかけると、何故か伊吹のは固まった。

ぼくと華扇を交互に何度か指を指し見て、口をぱくぱく閉じたり開いたりを暫く繰り返した後……。


「誰!?」

「ぼくだ」

「ああ、大枝のね、って違う! そいつ誰!? 後ろの女誰!?」

「華扇だ。敵意は無い、ややは何処に居るんだ」


胸元を掴みがくがくと揺する伊吹の。

身体より先に着物がちぎれそうで心配なのでぼくはその手をそっと解いた。


「そんなの後にしてっ! 誰さそいつ! 何で手繋いでんのさ! 私には飽きちゃったの!?」

「後には出来ない。華扇は呪術師だ。手は見張りに攻撃されないためで、伊吹のには飽きるも何もまだぼくのものにしていない、これからだ」

「っ!? ぁぅ……それ、すっごい卑怯だぞ……」


真っ赤になった伊吹のが可愛いのでそのまま抱きしめて撫でていると華扇が呆れたように呟いた。


「……何だかねえ。口の中が砂糖味よ」

「砂糖を舐めているのか? 華扇は金持ちだな」


益々呆れられた表情になった。何故だ。


「と、そんなことより、ややのところに行かなくては。伊吹の、ややが何処に居るか知っているか?」

「あ、えっと。今はあの個室で術の再現やってるよ。誰も見つからなかったからせめて少しでもって」

「そうか、ありがとう」

「どういたしまして。って、そうだ大枝の、こいつが病猫鬼使役するの?」


未だ抱きついたままというか、よじよじとぼくの肩辺りまで這い上った伊吹のが華扇を指差して訊ねた。


「ああ。村で見つけて協力を頼んだ」

「初めまして、私の名は茨木華扇。種族は貴女と同じ鬼よ」

「えっ、見た感じ精々少し強い妖怪じゃん」


瞬間、空気が凍った。伊吹のはにやにや笑っているので、面白がって挑発しているのだろう。

実際華扇から感じるのはそれくらいの強さなのだが、彼女が鬼で有ることも確かなので隠しているのだと思う。

それを敢て言うと言う事は、伊吹のが興味を持ったか戦ってみたいと思ったのか。

華扇が乗らないでくれると有難いのだが……。


「……あら、言ったわね。じゃあ少し見せてあげるわ。私の力」

「口先八寸になるんじゃないだろうねぇ。そんなのごめんだよ」


まあ、鬼なら無理だろうとは思っていた。うん。

しかし此処で喧嘩を始められても本当に困るから、ぼくは二人を止めに掛って……。


「ぼくの右腕と胸にひっついて殺し合おうとするのは止めて欲し」

「なんだか知らない鬼の気配がしたよっ!! 敵は誰……だ?」


あ、何だか既視感のある展開だ。


「聞くな」

「誰だ!?」

「ぼくだ」

「ああ、大枝の、お帰り……じゃないっ! 誰そいつ!? それになんで手繋いで伊吹のはくっついてんのさ!? あたしだけ仲間外れなの!?」

「ただいま。彼女は華扇、呪術師だ。手は見張りに攻撃されないためで伊吹のは可愛かったから。星熊のを仲間外れにするつもりはない」


完全に抱っこの体勢になった伊吹のを少し右にずらすと星熊のにぼくは向き直る。

姐さんなんて配下達から呼ばれているのに、頬をふくらました今の星熊のは何だか子供みたいでおかしい。


「……むう、証拠は?」

「星熊のはかけがえのない、配下とは違う本当の仲間だ。背中を預けるのに相応しい信頼できる鬼だ」

「……分かった。仕方ないから納得してやる。その代わりっ、背中はあたしだっ!」


そう言うが早い、星熊のは背中に回り込むとぼくの左肩に顎を乗せておんぶの体勢になった。

ちっとも重くは無いが、いい加減動きづらい。


「あの、私別にもう右手から離れてもいいのよね?」

「ああ。お山の中に入ったからもう構わない」

「なら……」


そう言って華扇は手を離した。

やっと腕が自由に使える。これで少しはくっ付いた二人をそのままにしても動ける様に……。


「見てよ星熊の。男の手を取っておいて用が済んだらポイしてるよ」

「『ぼくのことは遊びだったんだな……よよよ』 伊吹の、今の似てた?」

「……むっ。大枝、もう一回手貸してよ」


けらけら笑う伊吹のと星熊の。

みるみる曇る華扇の表情。


「……別に構わないが」

「あーあ。貴女達も考え足らずねー。敵を自分で増やしちゃうなんて。

 じゃあこうして、こうやって、大枝に私の事、もっと触れてもらおっかなー」

「あーっ! な、なにやってんのさ! 離れろよーっ!!」

「ちょ! そういう乳房系はあたしの独占技術だ!」

「貴女達が言ったんじゃない。ふふっ」


顔にふざけてますと描いてある華扇がぼくの腕を抱いてきた。

伊吹のには無くて星熊ののは今背中に当っているそれがぼくの腕を包んでいる。

……こっちの方が余程酷く男で遊んでいると思うのだが、ムキになっている華扇には、今何を言っても通じないだろう。

それにしても、伊吹のや星熊のの女らしいふわりと甘い匂いがしてなんだか……と、そうだ。

華扇に学んだ、想いを伝える告白をするんだった。……さて、この状況をどうにかして打開しなくては。


「なあ、ぼくに自由意思は」

「無いよ」

「無いな」

「無いわ」


離れて貰うことは無理らしい。


「……仲良いんだな、お前たち」

『良くないっ!』


息までピッタリだった。




**





「やや、入るぞ」

「大枝様ですか? ちょっと待って……やややっ!? えっと、何事ですか?」


ややはぼく達を見るなり目を丸くした。

華扇が冷静に戻り自己嫌悪の渦に飲み込まれぼくの右側で悶々としている以外はさっきと状況が変わらない所為だと思う。


「病猫鬼を明日にでも使役出来る人材を見つけてきた」

「なんと! で、その方が?」


色々可笑しなこの状況に触れないでくれるややの優しさが身に染みる。

星熊のと伊吹のは何故か不満そうだが、流石に空気は読んでくれるようだ。


「ああ、彼女だ。やや、彼女と調整を取れるか?」

「その辺はまあ分かりませんが多分大丈夫だと思います、はい。それで、えっと」

「あ、茨木華扇よ。種族は鬼、宜しくね、天狗さん」


そう言うと華扇はふわりと微笑んだ。

可愛らしい伊吹のや豪快だけど美しい星熊のとはまた違う笑顔で、ぼくは少しそれに見惚れた。

伊吹のに脇腹を捻られ、星熊のに髪の毛を引っ張られた。


「ややっ! 鬼の方でしたか、これは失礼しました。私はやや、大枝様の元で参謀をさせて頂いております烏天狗です」

「参謀、ねぇ。大枝、あなたは人間の真似ごとでもするの?」

「真似ごとではない。戦争をするんだ」


大陸で、ぼく達が文字や詩でしか知らない戦争を見てきたからだろう。

参謀と言った時、華扇は何処か憐れむように笑みを浮かべた。

訳も無く腹が立ったぼくはムキになって言いかえす。


「何と?」

「仏だ」

「……なんでだろ、頭痛くなってきたわ。まあいいけど、やや。標的の身体の一部は持っているの?」


無謀だと言いたいのだろうか?

額を抑え項垂れる華扇は、そのままややに訊ねた。専門的な会話になって来たのでぼくも口を閉じる。


「勿論ですよ。えっと、頭髪が四本と、爪の欠片……はい、これで宜しくお願いします!」

「了解っ。……ところでこれ、誰の爪? というか、戦争をする貴女達は誰を殺す積りなのよ」

「とりあえず大王の右腕、中臣鎌足ですね」


信じられない物が目の前に突然現れた時の様な表情でぼくをまじまじと見る華扇。


「……本当に頭痛が痛いわ。これは、ちょっと判断誤ったかも」

「今更降りるなどという事は、いくら華扇でも許さない」


約束を破ることも、この事を余所で話されるのもぼく達にはとても致命的だ。

それならばこの場で華扇を殺す、その意を込め華扇を見る。彼女は困ったように少しだけ眉尻を落とし笑った。


「それは大丈夫よ、こっちにも玄人意識ってのがあるの。受けたからには達成するわ」

「ならいい。改めて協力感謝する」

「そんな畏まらないで。じゃあ、さっさと殺っちゃいましょう。やや、補助係お願いね」

「はいっ……あれ、茨木様、あの、媒体の猫は?」



「……あっ。……家まで取りに行っても良い?」



……どうやら今夜は忙しい夜になりそうだった。

寝息を立てぼくの衣をよだれで濡らす伊吹のの、顔前で揺れる角を無性に折りたくなったぼくは悪くない。




**




『十月三十一日 晴れ』

 大枝様が鬼を新しく連れてきた。茨木様と言って、とんでもない呪術の名人でした。

 もしかすると私の立場の危機かもしれません。

 ……ですが、どうにも最後の一手が抜けている方の様です。術を起こす媒体を持ってきていないことを忘れてたのですから。

 お陰で私と大枝様は徹夜。朝日が昇る頃には大枝様は必死に堪えていました。

 抱きついたまま眠る伊吹様と星熊様の、目の前をゆらゆらしたり大事な時に突き刺さる角をへし折りたい衝動を。


プロット通りに進めているのに方向性を見失いかけてます。

ライトなノリを続け過ぎたかなぁ……。

と言っても華扇ちゃんちゃんと終わるまで止められないジレンマ


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