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東方史萃譚  作者: 甘露
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六七一年 17 十月三十日 

**






『是女兒,長期旅行,不過到現在謝謝。再見吧』(娘っ子、長旅の間ありがとうな。また会おうぜ!)

『是,那麼再見』(ええ、こちらこそ。それでは)

『好再見吧!』(元気でな!)


気持ちのいい笑顔を湛えながら手をぶんぶんと振る中年の男りに“彼女”は優雅に微笑んだ。

若く美しいその容姿は人目を引き、気のいい大陸商人との旅の道中では娘の様に可愛がられもした。




「四十年振りの故郷で初仕事が殺し……ねえ」




その呟いた言葉は誰にも届かず。

ふわり、と赤み掛った髪と二つのシニョンキャップを揺らし──


“彼女”は、その場からかき消えた。

まるで、誰も最初から居なかった様に。





***






 十月三十日 夕刻 犬上川流域・某村落





***



「ふぁ……見つかりませんねぇ。睡は少し疲れてきちゃいました」

「もう少し待て。山に帰ってから眠ればいいだろう」

「ふぁぁ……ぐう」


睡は優秀だが緊張感に欠ける天狗だ。

羽を完全に消せたり本当に優れているんだがな……どうしてこうなんだか。

所構わず眠る癖をどうにかしてほしいものだ。


「寝るな」

「あたっ、うぅ……大枝様酷いです」

「酷くない。寝るな」


その時、目の前に純白の羽の天狗が現れた。

当然真白のだ。此処に来たと言う事は他の村に遣わせた部下たちは戻って来たという事だろう。


「真白の、首尾は?」

「はい、蟲毒の使役が可能な人間が四人、内協力的なのが二人、目標を達成できそうなのは……」

「居ないか?」


言うとややは苦虫をかみつぶしたような顔で頷きました。


「はい。どれも技量的にややに及ばずです」

「そうか……反抗的なのは好きなように処分しろ、協力的だった奴には監視を付けた上で報酬を渡して丁寧に帰せ。

 不穏な動きを見せれば問答無用で殺せ、分かったか?」

「了解しました。ふぇえ、大枝様も頭っぷりが板に付いてきましたね」

「褒めても褒美は何も出ないぞ」


少し真白のの言い様に気恥ずかしくなってぼくは頬をかいた。


「いえいえ、諏訪で十年先払い分相当くらい貰ってますし」

「えー、真白様ずるいですよぉ。睡も大枝様と一緒に行きたかったです」

「八坂神と守矢神に殺されかけて巨大なミシャグジに丸呑みされかけて帰って来たとたん受けた伊吹様と星熊様の激しい洗礼を生き残れそうなら変わってあげるわ」

「……ぐう」

「寝て誤魔化すなっ!」

「ふおっ! ……ぐう」


真白のがばしっと胸にツッコミを入れた。

巨大な乳房がたゆんと揺れる。凄いな、星熊のより大きいんじゃないだろうか。


「何この敗北感。っじゃなくて、睡と居ると話が進まないわね……。と、兎も角大枝様もそろそろお戻りください。

 群れの頭が夜に変に出歩いてますと余所の山と揉め事になりかねませんし」

「了解した。では睡、真白のと一緒に戻っておいてくれ。ぼくも後から行く」

「はいー、了解しましたー、ではー大枝様、また後で。睡は何時でも待ってますよー」

「何言ってんのよ睡は……では、お先に失礼しますね」


そう言って天狗達は目の前からかき消えた。ぼくよりも圧倒的に早く飛べる彼女達らしい去り方だ。

通りゆく人間達は何一つ気付いていないまま。

ぼくは人目をはばかる様に家々の隙間を縫う様にして裏通りに向かった。

下手なことをして目立つのはあまり良くないし、何より……。


平常心のまま、一歩、二歩、三歩と踏み出し、四歩目、地に足が付いた瞬間。


──タンッ、と土を踏み後ろに跳ねる。

  加速は十分、ぼくはそのまま、先程からぼくを尾行していた影を五分の力で殴りつけた。


二人を先に帰らせた理由はこいつだ。全くあの二人に気付かれる事無くぼくを付け回す実力者。


何よりも、こいつの“匂い”は──



どん、と響く濁音。

人間ならばそのまま挽肉に、並みの妖怪ならば貫通し、お山の配下の走狗天狗や河童達なら皮の下で臓物がかき混ぜられる程度の一撃。

それを、“彼女”は片手で止めて見せた。


にぃ、と口元がつり上がる。

村を無駄に壊さないように、なんて思っていたがもう関係ない。

戦いたくて、征服したくて仕方が無い。

仏ならば天部の上級以上、妖怪ならば少なくとも烏天狗より上、神ならば神社と分社数十を持っている程の格の者。

どれも心が踊る強敵だ。だが、“彼女”は違う。


「ちょっと、行き成り吃驚するじゃない!」



──こいつは、ぼくと同じ、鬼だ。



**



「お前は誰だ? なぜぼくの後を付けた」

「あのねぇ……住んでいる村の中で突然とびっきり強い鬼とそこそこの天狗が現れたらそりゃ興味持つわよ」


後ろに跳ね距離を取り訊ねると、その鬼は心底呆れたように言った。その言葉に全く敵意を感じられなくてぼくは聊か拍子抜けする。

しかし、確かに尤もだ。ぼくもお山に突然鬼の気配がしたらかなり気になる。

闘志がいつの間にか消えて、ぼくの中は好奇心で満ち始めていた。


「お前、この村に住んでいるのか?」

「ええ。今年の秋から住んでいるわよ。と、いっても移り住んだ時にここに鬼が出るなんて説明は聞かなかったけど」

「ぼくはここから少し遠くに住む鬼だ。事情が合って此処に来た」

「事情、ねえ……人攫いが目的なら容赦はしないわよ。一応此処の人達はお客様なんだから」


そう言って女は肩をすくめる。本当にこの村で人間に紛れて暮らしているようだ。


「なるほど。だが安心してくれ、出来るだけ穏便に事を済ます積りだった」

「あら、そうなの? どうせならその事情とか教えてよ、同族のよしみで」

「呪術師を探しているんだ」

「へえ、なにするつもりなの?」


こくりと首を傾げる女。余り見ない肩までしか長さの無い短髪がふわりと揺れた。


「それは言えない。お前が漏らさない保証が無い」

「大丈夫よ、鬼の名に誓って誰にも言わないわ。それに私も商売柄そういうの貯め込んでばかりだし」


さらりと言ってのけた女の眼には曇りも歪みも無かった。

精神が相当頑丈でも嘘を吐くのは鬼として辛い筈、どうやら本当に誓ったらしい。


「……分かった。ぼくが探しているのは蟲毒師だ。それも後二、三日で術が仕える状態の病猫鬼を持った術師だ」


なら、ぼくも信じるまでだ。

と、正直に答えると、女は何故かぽかんと口を開けて驚いてますよと言わんばかりの表情をしていた。


「あらまあ……なんて言うか、凄い偶然ね」

「何がだ?」

「丁度私、あと一日で四十九日の病猫鬼、持て余してるのよ」

「本当か!?」


なんという偶然、いやこんな都合のいい事と都合のいい出会いがあるものだろうか。

この幸運は感謝しなくては。誰にと問われると困るが。兎も角興奮したぼくは女の肩を掴むとがくがく揺すった。


「え、ええ。依頼人が私を謀ったから丁度今日の昼に食べちゃったの。猫は手元に置いてもどうにも困るし、かといって知らない人にくっつけても悪いじゃない?」

「ならぼくの依頼を受けてくれ! どうしようもなく手詰まりになりそうだったんだ!」

「鬼が呪いを使うなんて、一体何を企んでいるの?」


ぼくが必死に頼むと、逆に訝しく思ったのか女は眼を細めぼくを睨んできた。


「すまない、それだけは本当にこの場で教えることは出来ない。

 だが鬼の名に誓って、受けてさえくれれば全てを話すし、病猫鬼を使役する以外に何かをさせる事もない」

「本当に、誓ってそう言える?」


そう言うと女は真っ直ぐにぼくの眼を見つめてきた。

ぼくは眼を逸らさない。それが信じてもらう最良の道だから。


「……分かったわ。同族のよしみなんだから、普通はこんな妖しい依頼受けないわ、特別よ」


やがて女は諦めた様にため息を吐くと、人差し指をぼくの鼻に突きつけながらそう言った。


「……感謝する。では、同行して貰えるか?」

「え? 私が行くの? ちょっと、何処に連れてくのよ」

「大枝山だ」


そう言うと女は一瞬目をきょとんとさせた後、あたふたと慌て始めた。

ぼくは勿論掴んだ手を離さず地を蹴ると飛び立った。


「え? ちょ、あんなとんでもないところ連れて行かないでよ! 殺されちゃうじゃない!」

「大丈夫だ、大枝山の頭であるぼくの一命に賭けて、お前の安全と無事を保証する」


理解できなかったのか一寸の間目を回し、そして諦めたように一つ息を吐いた。

ぼくはそれを同意と受け取ってそのまま飛ぶ速度を上げる。


「……あなた、とんでもない大物じゃない。はぁ、判断間違えちゃったかしら」

「約束は守る。鬼の名に誓って」

「……卑怯ね、それ」

「知っている」


この女は人の中で暮らしていた所為か妙に感性が似ていると思った。

伊吹のや星熊のに今のを言っても何も思わないだろうけど、この女は卑怯だと返したからだ。


「あなたって変に人間臭いのね。人の中にでも住んでいたの?」

「まあそんなところだ。今より六十年は昔の話だけれども」

「意外とお爺ちゃんなのね」


くすくすと女は笑った。この女も伊吹のや星熊のみたいに綺麗な女だと思った。


「ところであなたの名前は?」

「大枝のだ」

「そのまんまなのね……。私はツー・ファシャン、こっちの読みで言えば“茨木華扇”。よろしくね」


何故か名を言うと呆れられてしまったが、大陸に居たのなら納得だ。

海の向こうでは六百年以上も前から姓と名を持った人間が普通に大勢いたらしいから、

ぼくの様に姓なのか名なのか良く分からない名前だけ持った奴は珍しいのだろう。

それにしても大陸の名前を持った奴は初めて見た。ぼくは女にその辺りも含めて訊ねてみる。


「大陸の鬼なのか?」

「いいえ、生まれはこの国よ。向こうで学んでたんだけど終わったから少し前に船で帰って来たの」

「なるほど。それで、帰郷初の殺しの仕事がお流れになって余ってたのが今回の病猫鬼か」

「そう言うコト。ああいうのあまり好きじゃないんだけど、明日のご飯の種には変えられなかったってワケ。

 正直薬師と祈祷師だけじゃこの小さい村で食っていくのって大変なのよ。商売仇もいるし」


人間の中から出れば、鬼である華扇は生活に困ることは少なくとも無くなると思うのに。

どうも華扇は変わり者な様だ。


「人から離れればいいじゃあないか」

「そう言う訳にはいかないのよ……私はね」

「そうなのか? ぼくは人から離れ群れを創ったぞ」


その時、ぼくの頭に名案が浮かんだ。


「そうだ、華扇もぼく達の群れに来ればいい」

「え、私が?」

「喰うのには困らないぞ、それに華扇みたいに呪いが得意な鬼は何時でも歓迎だ。何よりぼくが華扇を群れに迎え入れたいと思っている」

「私を? 大枝の、それって恋の告白みたいよ?」


くすくす笑いながら告白と言った華扇。

その瞬間、ぼくの中でまた一つ、あの不思議な感情を理解できた。


「……なるほど、これが告白なのか」

「って、大枝の、あなたそんな事も知らなかったの?」

「なるほど、なるほど。つまり告白とは想いを真っ直ぐに伝えることなんだな……。

 和歌や人間の物語や天狗達の説明は小難しくて分からなかったんだがこういう事なのか」


恋慕の情やそれを伝えるという行為自体は知識として知っていたが、なるほど。

口に出して伝えるのはまた違う事なんだな。今までは良く分からなかったが、これで感情がまた一つ整理できたかもしれない。


「あー、まあ確かに詩は回りくどいわよね」

「華扇、感謝する。これでもしかすれば、上手く伊吹のを求められるかもしれない。

 今まではぼくの中の感情が良く分からなくて言葉にも行動にも出来なかった、だけど今は言葉に出来る」

「……あ、うん。頑張ってね」


何故か全力で白けられてしまった。ぼくは何か間違えただろうか?


「ぼくは何か間違えたのか? それと華扇、群れには来てくれるのか?」

「あー、うん。別に間違えては無いと思うわ。あと、その件はもう少し考えさせて貰えるかしら」


苦笑しながら華扇はそう答えた。どうやら余り乗り気では無い様だ。

無性にそれを悔しく思ったが、華扇がそう選択したのなら今はなにも言うまい。


「あれがお山だ。このまま降りるから手は離さないでくれ、面倒なことになる」

「う、うん、分かったわ」


華扇の右の手をきゅっと、ぼくは握った。

薬師らしく傷だらけの手に、どこかぼくは懐かしさを感じた。


皆大好きー!  \華扇ちゃーん!/

みんなの妹!  \萃香ちゃーん!/

とっても可愛い!\華扇ちゃーん!/


『……あれ? あたしは?』



大体今こんな感じですよね。姐さん頑張れ超頑張れ

(出典:真・恋姫✝無双 数え役萬☆しすたーず) 


追記:ランキング流し読みしてたらこのss月刊にランクインしてやんの。本当に皆様ありがとうございます

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