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東方史萃譚  作者: 甘露
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六七一年 14 十月十七日


「ま、まあとりあえず仕切り直しってことでさ。菜苗、お酌してよ」

「……もう、仕方ないですね」


守矢神の言葉に渋々と言った様子でしたが巫女さんが退くと、八坂神が胸から巻いた布を締め直し此方を向きました。


「待たせて済まなかったわ。じゃあ、会談を始めましょうか」

「宜しく頼む」

「ええ。それで、貴方達の要求は」

「諏訪大社、それに付属する神社の主である貴女方と盟を結びたい」


大枝様がそう言うと八坂神は神妙に頷きました。


「ええ。そうだったわね。さて、ここからが交渉よ。

 私達が知りたいのは三つ。盟の目的と、結ぶことで得られる利益、不利益」


指を三本立て突きつける八坂神。守矢神も後ろで目を細め様子見しています。

私も負けないよう堂々としなきゃ……!


「もちろん説明する。その前に、巫女殿。もう一杯貰えるか?」

「あ、はい」

「なに、酒の勢いに任せるのかしら?」

「まさか。この酒は美味い。良い景気付けになる」

「かかっ、そう褒められると創った甲斐があるわ。……ねえ諏訪子」

「そうだねえ、……お土産にでもどう?」

「魅力的な提案だ。ぜひともそうさせて貰いたい」


そう笑い合う御三方です、が。なんだか雰囲気だけ禍々しいです。

もう腹の探り合いは始っているという事でしょうか……。お酒を持って帰るか帰らないかって話の筈なのに。

というか大枝様、嘘吐けないんですから凄く不向きなんではないでしょうか。


「……やれやれ、素直なのか馬鹿なのか、分かってるのか分かって無いのかも分からないわね。

 それで、盟を結びたい目的は?」

「ああ。ぼくらが貴女方との盟を結びたい理由の一つは、防壁となって欲しいからだ」

「防壁?」

「そうだ。美濃以東全ての此方側の存在を、一切南下させないで欲しい」


空気が、変わりました。

何処か和らいでいた筈の場が、まるで瞬時に氷付いた様です。


「……本気で、言ってるのかしら?」

「戯言でこんな要求はしない」

「へえ。では大枝の鬼よ、その発言は貴方達の兵力が大国主様と天照様、南海(四国)の狸共に継いだモノだと分かった上で言っているのかしら?」

「当然だ。伊達に目を盗み山を平定して回っていた訳ではない。それに、外敵もいる。にわか仕込みではあるが滅ぼされない為に盟を結んだ者も多い」


大枝様は容赦なく手札を切ります。

これを全て考えたややの頭脳って本当にどうなっているんでしょうか……。


「敵の敵は味方ってわけね。で、私達に防壁の役目を求めて、貴方はその隙に何をするのかしら。

 大兵力をもって混迷を極めている妖怪と神々を平定でもするのかしら?」


八坂神から殺気が溢れ出ています。

大枝様に励ましてもらう前なら容易に意識を飛ばしている程のです。

それを大枝様もはっきり感じているんでしょう、表情に硬さが見られます。

一瞬、二瞬。ゆっくりと時間が流れて、大枝様が口を開きました。



「大王を、手中に収める」

「なっ!?」



八坂神、守矢神、そして巫女さん。

皆が揃い絶句しました。




「貴様、正気か!? それはつまり天照様を敵に回す行為だわ!」

「仏門をどうにかしないのならば、太陽神だろうが大国主だろうが敵と変わらない。

 それにもとよりぼく達は妖怪。貴方達は神。相反する二つの存在だろう」


取り乱す八坂神に、大枝様は冷静に言葉を放ちます。

尤もそれはとんでもなく正論な訳で。未知への恐怖から妖怪が産まれたなら、未知から守護して欲しいという祈りから産まれたのが神々です。

八坂神はぐうの音も出ませんでした。


「それは確かだが……すると私達が大枝の鬼と盟を結ぶ利益は消失したわ。天照様を敵に回してまで貴方の味方をする意味が無いもの」

「いいや、消えない。ぼく達と結ぶことで貴方達が得る利益は途方もなく大きい」

「何故?」


八坂神が首を傾げます。


「要求の二つ目。ぼくらを討って欲しい」


その言葉に黙って見ていた守矢神まで口をぽかんと開けます。

少し面白いですけど笑ったりしません。死にたくないですし。


「は? 討つ? 討つって、討つ?」

「そうだ。もちろん今すぐにでは無いし、本当に滅されても困るが」

「どういう事? 私には意味が分からないよー」


守矢神がひょこっと八坂神の後ろから顔を出しました。

そう言えば帽子は脱がないんですね……。


「そうだ、大枝の鬼が言う二つが繋がらないわ。天照様の御子を手中に収めることと貴方達を私達が討つこと、どう繋がるのかしら」

「少々長くなるが説明しよう。

 先ず、言うまでもないが我々は大陸から渡って来た仏門勢によって危機に瀕している。

 妖怪は単純に力で殲滅され、貴女方は信仰を奪われる事で存在の危機を迎えている。此処までは良いな?」

「ええ」

「そこでだ、ぼく達は動く事にした。地力が違う上に向こうの増援はある意味無限大に沸く、そんな相手に何時までも持久戦をしていては確実にジリ貧で負ける。

 しかし単純に正面からぶつかっても、我々妖怪では幾ら結束しようと敵わない。格が明らかに違う存在は向こうにも居るからだ。

 如来格には手も足も出ない、菩薩格相手で精々相討ち。天部の中でも武を司る様な奴には厳しいだろう。

 つまり最上位の実力があっても妖怪は所詮この程度だ。ならばどうするか。ぼくらは考えた」


大枝様でさえ手が出ない存在、考えるだけでぞっとします。

私ならば、先日伊吹様が討った天部の尖兵ならなんとか討てて、明王格になると確実に手も足も出ない位でしょうか。


「そして辿り着いたのが、根源を断つことだ」

「成程、で、天照様の御子を操り政の方針を変えさせるという訳? でも、今代の天命開別尊(天智天皇のこと)を御するのは並大抵じゃない程の傑物よ」

「分かっている。あの人間は冷徹でとても強い」

「ならどうするの? 今日、大友皇子は太政大臣に就任する筈だし、大海人皇子は恐らく殺されてるわ。

 皇位継承権は息子の大友皇子一人に絞られるけど、まさか今から取り入ろうなんて訳じゃないわよね」


八坂神が今まさにな話を振ってきます。

私は少し驚いてしまいました。諏訪は中央から離れた片田舎、簡単には情報は届かない筈です。

大枝様も同じ様で、少し吃驚しています。


「随分と人間の事情に精通しているんだな」

「伊達に神様やって無いわよ」

「私の御社は都にもあるしねー」

「なるほど。……しかしそれならば、守矢神。そろそろ面白いネタが飛び込んでくる筈だ」

「何? ……ちょっと待って。むむむ………………え、う、嘘、そんなことって」

「どうしたの諏訪子?」



困惑する守矢神。八坂神が心配そうに見つめる中、守矢神はゆっくり顔を上げました。

その表情は、驚愕。



「『虎に翼をつけて放てり』」

「え?」

「大海人皇子が、吉野宮に下る、ってさ……」

今回は短めでした。

次は木曜か金曜更新を目指してます


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