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東方史萃譚  作者: 甘露
23/40

六七一年 11 十月十七日

***





  六七一年 十月十七日 

   

   ~東国・諏訪~

 




***



「大枝様っ! 見えました、湖ですよ!」


木の上からの真白の言葉に、ぼくは気によじ登ると視線を前へとやる。

大枝山から東へ幾百里、不眠不休で山を駆けること丸一日半。


ぼくと真白は諏訪の地に来ていた。

目標は、東国随一の力を持つ神、ミシャグジ様こと守矢神との謁見だ。


「うん。近淡海(ちかつあわうみ・琵琶湖)よりは小さい……のか?」


眼前に広がるのはかなり巨大な湖。

水面に夕日が瞬きそれは美しい光景だ。


「……どうでしょうか?」

「敵地に乗り込むのに情報不足とは、お仕置きだな」


気の抜けた返事を返した真白を、ぼくは少し苛める。

この調子で居られて直前に妙に緊張されたりしても困るから、と気遣う心が少し、あとは単純に面白いからだ。


「ふぇっ!? で、ですが大枝様っ。あの巨大な湖を比較し合うというのはまるで蟻の子に私と大枝様の身長差を教えろという様なものでっ」

「冗談だ。行くぞ」


そう言って、ぼくはそのまま枝から飛び立った。

反動で枝が吹き飛び、足場を失くした真白のも慌てて飛び立つ。

……危ないところだった。おふざけで真白のを殺してしまう訳にはいかないし。

しかし音が一切しないとは……蛇らしいといえばそれまでだが。


「はわわっ!? ま、待ってくださいよぉっ! 大体気付かれないように態々走って来たんじゃないんですかっ?」


追随しながら真白のは抗議の声を上げた。ある程度高さのあるところまで飛びあがった所でぼくは止まる。

一日半走りっぱなしという人間から見れば変態的な行為も全て気付かれないため。

それが目標を前にして飛び立つとはどういう事なのか、と聞きたいのだろう。


「真白の。向こうはとっくに勘づいてるんだ。この諏訪の地に入った瞬間から、ぼく達は監視されている」

「ふえっ?」

「それに後ろを見ろ」

「えっ、ふぇぇっ!!?」


振り返った先には……とんでもない長さと人の胴三つ分程もあろうかという太さの、真っ白い大蛇が大きく口を開けていた。

口の中にはぼく達が止まっていた木の残骸が見えていて、得物を逃した所為か血のように赤い目玉が妖しく輝いている。

改めて見ると、あれを倒すとなると……骨どころか首くらい折れそうだ。


「なっ、なっ、なんですかあれっ!? 音も気配も何にもなかったのにっ」

「あれが守矢神が使役する“ミシャグジ”という奴なんだろう。恐らく諏訪の地に入ってからずっと監視していたのもアイツだ」

「あ、あんなとんでもない使い魔……反則ですよぉ。って言うか大枝様教えてくださいよっ!!」

「吃驚しただろ?」

「死ぬかと思いましたよっ!!」


どうやら余りウケなかった様だけど……今の方法以外になんて言えば真白のを動かせたんだ?

見えない蛇が後ろから食べようとしているから飛び跳ねて避けて、なんて言っても真白のは信じない気がする。


「と、兎に角っ、逃げましょうよっ!」

「……いや。待て。少し良い事を考えた」

「良い事、ですか?」


きょとん、とする真白の。

妙に可愛らしい。真白のの癖に。


「良い事だ。おい、聞いているのだろう、守矢神よ」


ぼくは白蛇にそう尋ねる。

真っ直ぐにあの深紅の眼を見ると、まるで吸い込まれるかの様な錯覚に襲われる。

そして、幾時かが無言のまま過ぎた頃。



『我が地へ踏み入った魔性の者は貴様等か』



響いたのは重低音の、まるで地を蠢いているかの様な声。

びりびりと鼓膜が震え、木立がざわめく。

溢れ出る威圧感に真白のが身構えるが……何かが変だ。


信仰の量はつまり神の力に等価なのだ。

ならば、何故“これ程までに弱い”のか。


これが守矢神の力だとするのならば、ぼく単騎でこの地を制圧できる。


そして、ぼくは気付いてしまった。

余りにも“舐められている”という事に。


あの白蛇の視線の元、この場を蛇を介し見ているナニかから感じられる、確かな嘲り。


格下どころか、歯牙にかける価値さえ無い、ぼくは暗にそう言われているという事に。

全身をぞわりとした感覚が走りまわる。


怒りだ。侮辱などいう言葉では甘い。

この地の神は、ぼくを、鬼を否定し嘲笑った!!


「舐めるなよ、蛇程度が!!」

「ふぇっ!? お、大枝様っ!」


真白のが制止させようと手を伸ばした。

だけどぼくは止まらない。止まらない。あの蛇を殺すまでは。


拳が蛇に迫る。蛇も尾を振り上げぼくを薙ぎ払おうとする。

しかしどういう事だろう、明らかに遅れて出した筈のその蛇の攻撃は、ぼくの移動速度を上回り──。



『静まれ!』



パァン、と気持ち良い程に通った手打ち音が、一寸遅れて可愛らしい幼い声が。

其々蛇とぼくの動きを止めた。


蛇は恐らくそう言う命令で動いているのだろう。全身光の粒となると何処へ消えてしまった。

だが、ぼくはそうじゃない。動きを止めたんじゃない、声だけで止められたんだ。

声に込められた殺気、存在感、威圧感、そして存在としての格の違い。

諸々を含めたあの声が、ぼくの本能に強制的に命令したのだ。従わなければ殺される。そう思うのに十分過ぎるあの存在は。



「あーうー、困るよあんた。ミシャグジ様殺さないでよ、全く」



可笑しな帽子がぼくを捉える。

よくよく見れば伊吹の程度の大きさしか無いそいつはまるで世間話でもするかの様にぼくに近づいて。



「で、珍しい位強いあんた達は、一体諏訪の地に何の用だい?」

「……守矢の神、貴女“達”に話がある」



そう言うと目玉帽子の幼女はにやりと笑った。

まるで、“素敵な玩具を得た”とでも言いたげに。



「へぇ……ふーん、まあ良いけど。じゃあとりあえず神奈子のとこいこっか」



まるで虫でも見る様にぼくを眺めて。



「あ、そうそう。

 あんまり変なことしてると、殺しちゃうよ?」



思わず後ずさる様な、真白のに至っては気絶する様な。

可愛い笑顔と殺気をぼく達に与えたのだった。




**





「大枝様……これからどうなるんでしょうか?」

「さて、どうなるのかな? とりあえず死にはしないだろうけど」

「ふぇぇ……」

「さあさあ、もう少しだよー」


ぼくと真白のは何故か普通の縄で巻かれ、諏訪大社の本殿前まで来ていた。

正直何時でも引きちぎれるのだが、妙に楽しそうな守矢神に『雰囲気が大事なのっ』と押し切られてしまった側としてはどうにもできない。

それに交渉に来たのに相手側の尖兵(?)を殺しかけた身としても強気に出る事も出来ない。

結局縛られたまま、立派なしめ縄に見入ったりしながら広い境内を進んでいると大きな建物と一際巨大なしめ縄の飾られた場所に着いた。



「神奈子~、連れてきたよー」

「うん、ありがと。……ってなんで普通の縛で縛りつけてるのよ?」


そこに居たのは恐らく星熊のと同程度の女性だった。

ナニが同程度かは言わないが。色々怖いし、星熊のにも、あの女性にも可笑しな印象を持たれそうだし。


……何より、今回の交渉相手の機嫌も損ねたくない。

先刻怒りにかられた所為で既に評価は下限振りきってるだろう、これ以上落とす訳にはいかない。

そしてぼくはその女性に、倭の戦女神にして諏訪大戦の覇者、建御名方八坂神へと意識を向けた。


「いやー、雰囲気出るかなって。それに彼等も乗ってくれたし」

「アホやって無いで解きなさい」

「あーうーっ」


……少し自信が無くなったが、まあ多分彼女等が此処の神だろう。そうだよな……?

少し不安げに真白のを見たら視線を逸らされた。こいつは……。

そうやっている内に守矢神に縄を解かれると、ぼくと真白は本殿の階段の下へと連れて行かれた。



「座れ、鬼族の者よ」



途端にかかる途方もない重圧。

まるで言葉が錘と成り、背中に纏わりついている様な錯覚を受ける。

横眼で真白のを見れば既に地べたに平伏していた。


「ほお、耐えるか。若い妖怪にも骨のある奴はいるのね」

「凄ーい! 神奈子のあのへんちくりんな言霊に耐えるなんて」

「誰がへんちくりんよっ!」

「あぶっ!? 酷いよ! ぐーで殴るなんて酷いよ!」


ふっ、と威圧が消えた。

疑問に思い顔を上げれば……始まっていたのは取っ組み合いの喧嘩。


「あの……もう良いのか?」

『あっ』


もしかして伊吹のや星熊のに絡まれている時の真白の達はこんな気分なのかもしれない。

そして漂う気まずい空気。

空気の読めない真白のがふと顔を上げると状況が読めず涙目できょろきょろし始めた。

袖を少し不安げに引っ張るのは確かに可愛いが今は空気を読んで欲しい。


「えー……こほん。

 兎も角座れ、鬼族の者よ。いや、こう言い換えるべきか? 

 ──大枝三鬼の頭と天狗の頭領よ」

「はわっ!?」


言い当てられた事に驚く真白の。

口に手を当てはわあわ慌てふためいている様子を後目に、ぼくはやっと疑問が解けたので様に頷いた。


「あの視線はやはり貴女方が。何処から見ていた」

「さあね。まあ、少なくとも飛騨の地を通る前からは気付いて居たわ」

「……諏訪の社は避けて通っていたんだがな」

「蛇は私達の眼よ、早々見逃さないわ」


胸を張る八坂神。何やら守矢神が横であーうー呻いているが気にしない事にする。


「ミシャグジ様使役するのは私ぃー! 神奈子じゃないのー!!」

「客人の前で駄々こねるな!! あー、失礼。諏訪子もこう見えて私の大切な同僚だ、侮らない様に」

「大丈夫だ、先程身体に叩きこまれている」


やれやれと額を抑える八坂神に、ぼくは苦笑しながら同意する。

ひしひしと今ぼくは普段の真白の達の苦労を感じていた。帰れたら鬼娘達にも言い聞かせよう。


「ん? お兄さん癖になっちゃった? ならもっかい手取り足取りあだっ!?」

「人妻は貞淑にしてろ阿呆! 話が進まないじゃない! こほん、それで、諏訪の地まで轟く名声を持った貴殿が、一体何の」

「うー、この処女ババア! そんなんだから倭の皇子達に何時まで経っても嫁にもらわれないんだいっ!」

「……なんだと?」

「あ、やば」

「私だって好きで婚期逃してる訳じゃないのっ!! 唯あの玉無し皇子共が寄ってたかって人の事馬鹿にするからよ!!

 なによ『乳房? いいえこれは大胸筋です(笑)』って!! これは自前の柔らかい乳なのよ!!」

「う、うん……、ごめんね?」

「ばーか! 諏訪子のばーか!! いいですよーだ! どうせ私はつるぺたにも勝てない大胸筋(笑)女ですよーだ!!」


ドン引きしている守矢神、本気泣きし始める八坂神。

その内八坂神は悪鬼の如く表情をして、後ずさる守矢神の首根っこを掴むとそのままずるずる本殿の中へ連れて行ってしまった。

……どうしてだろうか、凄く疲れた。


ふと真白のを見ると凄く良い笑顔でぼくの事を見て親指を立ててきた。

あれだろうか、苦労をやっと分かってくれましたね的なアレなのだろうか。


とりあえず無性に腹が立ったのだがこの場で殴って吹き飛ばす訳にもいかないので

ぼくは羽の付け根をくすぐり倒す事にした。


とりあえずぼくは、現実から逃れるために怯える真白のを捕獲しくすぐり始めた。


……真白のが笑い死ぬ前に、この混沌とした空気は元に戻るのだろうか。


伏線の為に内容を犠牲にした様な回です。

文章力かもーん(切実


神奈子様の溢れ出るカリスマを書く筈が酷い事になってしまいました。

守矢組勝手に動く動く。

大胸筋ってなんだよ……。


次回は土曜までに頑張ります。

では

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