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東方史萃譚  作者: 甘露
20/40

六七一年 8 十月十六日

グロ成分あり


**



「へえ、あんたがこいつらの頭かい?」


宵闇の空にて、二つの影が対峙する。


「ああ、先ずはその彼を離してもらおうか」



片や二本の逞しい角を生やした小さな小さな鬼の娘、伊吹の。

しかし愛らしい見かけとは裏腹に、溢れだす存在感は並みの神仏や妖怪の比では無い。


片や美しい絹の衣を身に纏った女性、梵天。

漆黒の髪に波斯渡来の整った異国風の顔立ちは激しい憎悪に歪み、鬼にも劣らない程の威圧感を醸し出している。


「それは無理な相談だけど……まあ彼に聞いてみようよ」


そう言うと伊吹のはぼろきれの様な──徹底的に打ちのめされた尖兵の一体を、頭を掴んだ状態で持ちあげた。

玩具の如く扱われる同志に梵天は憎悪を益々深め、

梵天のその様と手中で口惜しそうに睨みつける尖兵を交互に見ながら伊吹のは一層の愉悦を幼い表情に浮かべた。


「で、あんたはどうしたいんだい? 私に無残に負けて、徹底的に弄られたあんたは」

「……そ……れ」

「んぅ? 聞こえないねぇ」

「……くそったれ、このアバズレが」


瞬間、尖兵の頭は“握りつぶされた”。

血液とは違う、独特の何かがぬるりと伊吹のの手を濡らすと、

彼女はそれを見て心底汚さそうに顔をしかめると、尖兵から剥いだ衣で手を拭いた。


「交渉決裂しちゃった、てへ」

「貴様ぁっ!」


牙を剥き、今にも飛びかからんとする梵天を伊吹のは手で静止した。


「おっと、キレるのは勝手だけど、時間稼ぎするんじゃないのかい?」

「っ……」


梵天、またの名を創造神ブラフマー。

ヴィシュヌ、シヴァと並び讃えられる彼女は本来ならば極東の島国の悪鬼程度など十匹、いや百匹居ようとも赤子の手を捻る様に殺し尽くせるだけの徳を持つ神である。


しかし天竺より人の手から人の手へ、口伝から口伝で遥か隋まで伝わり梵天と姿を変えたブラフマーだった存在の一部は

極東の地では、己よりもはるかに劣る筈の悪鬼にすらまともに抗う事が出来ない存在とまで力を落としていた。

既存信仰の違い、御仏の奇跡を土着の人間達が哀れにも実感することのできない環境。

力を落とした理由などいくらでも存在している。しかしそれらは仕方のないことだ。我々がこれから掴みとって行く事だ。

だがせめて寄り代が奇襲で消失していなければ、この悪鬼にも抗えたであろうに。


そんな歯がゆい思いと、目の前の同胞殺しの旧敵へのありったけの憎悪を込めて、彼女は端正な顔立ちを悪鬼の如く歪めた。


「おっ、いい顔になったねぇ。私好きだよ、そういう殺す気迫に満ちた表情。

 今にも悪墜ちしちゃいそうなところとかたまんないね」

「黙れ! 散った同志たちへのせめてもの手向けだ。その頚、この命と引き換えにでも貰い受ける!」

「来なよ侵略者。正面から絶望に叩き落として弄り殺してやる」


ちゃき、と薄く鍛えられた刀身を向ける梵天。

途方もない破壊力を込めた拳を突き出す伊吹の。



両雄が、交錯した。



**



「っ、はあっ!!」


飛び込んだ勢いそのまま、初手を獲ったのは梵天。

自力で劣る己が勝機を見出すには、出来るだけ短時間で勝負を決める必要がある。

出来なければ、何時着くかもわからない援軍をひたすら待ち続ける羽目になるのだから。

それに相手は無手。妖共はこの刀身に触れる事も出来ない。選択肢は二つ、受けるか避けるか。

そして、それはどちらにせよ梵天に有利となる選択。


「貰ったあっ!」


轟! と唸りを上げた斬撃はそのまますべりこむ様に首筋へと向かい──。


「ざんねーん。当らないよ」


ギャインと金属同士のぶつかる音が鳴り響いた。

困惑する梵天を余所に、伊吹のは己の腕を掲げる。

そこには鈍光を放つ鉄の枷。幅一寸程の小さなソレには、確かに斬撃の跡が刻まれていた。


「あんたらが太刀を使う事は知ってんだ、対策しないと思ったかい?」


だからと言って、梵天は目の前の光景が信じられなかった。

空を切る速さで迫る太刀を、正確に一寸の幅で受け止めるなんて芸当が出来るとは思えなかった。

──コイツをまだ侮っていたか!

気付いた梵天は、仕切りに直しとばかりに距離を取るべく後ろへと跳ね……。


「ちぃっ!」

「逃がさないよ! 腹にでも喰らってな!!」

「っく、がふっ!!?」


中を蹴り、一瞬で懐へと入り込む伊吹の。

拙い、そう思い斬撃を放とうとするも、既に遅く。

鬼の拳は深々と梵天の腹を打ち抜いた。


拙い、援軍どころか皆が帰りつくまですら持たないかもしれない。

そんな考えが殴打の反動そのままに吹き飛ぶ梵天の脳裏を過った。


そして梵天は、受け身もままならないままに岩肌へと墜落。

背中を襲った強烈な振動に思わず呼吸が止まる。


たった一撃でこのザマだ。自嘲めいた笑いを浮かべる。

最早剣もまともに握れない。強打した際に、打ち所が悪かったのだろう。握力がほとんどなくなってしまった。

それに視界も霞んでいる。片眼は血が入った所為か、何処か世界が黄色掛って見えている。


「……せめて、もう少し」


だが彼女は諦める訳にはいかなかった。

同志が、戦友が、未だに退却戦の途中なのだ。頭として彼女には、皆を生きて帰す責任があった。

それに……この地で自我を得てから、常に居た彼。梵衆天の頭である己の副官でありながら、一人の男として大切な存在である彼。

胸に秘めたままの想いを伝えられないのは口惜しいが、それよりもはるかに、彼女は彼を失う事を恐れていた。


「もう少しだけ……私に」


だから、ありったけの想いを込めて彼女は震える膝に力を込めて──。


「もう少し、なんだってぇ?」

「っ!?」


御仏の身でありながら、彼女はその時仏を初めて呪った。

奇跡は起こらなかった。天主の助けは無かった。

──私は、守れなかった。


「お前、弱いな。じゃあね」

「──つァ!!!!?」


声も出ないまま、叩きこまれた拳は左肩を粉砕した。

激痛が脳を描き回し、最早己が何かも分からなくなり、そして彼女は意識を手放した。



**



「急げ、皆! もう少しだ!」


駆ける、駆ける、駆ける!

何よりも早く、誰よりも先に。


全ては、敬愛する上司を、いや。

愛する一人の女性を救うため。


最早後に続く部下は数体しか残っていない。

他は執拗な追撃に喰われたか、体力が持たず脱落したか。


彼らには幾ら謝罪をしても足りぬだろう。

もっと固まり、安全策を選び退却していれば、彼等は助かったのだから。


だが俺はそれを選べない。

守りたい人が、身を挺し道を切り開いたのだから。

だから俺は駆ける。


一刻も早く陣へとたどり着き、そして彼女を救うために。


「皆! もう少しだ!」


いつの間にか、辺りは見慣れた光景へと変わっていた。

此処まで来れば、最早辿り着いた様なもの。

部下達の顔にも希望の色が戻り──。



「んっ、おかえり

 ──じゃ、ばいばい」

「え?」




「退却ご苦労さん。あたしが探しに行く手間省けて助かったよ」



俺は最後に、己の首が捥げる音を聞いた。

ぶちぶちと嫌な音がして、視界がぐるりと反転して、ああ俺、死……



**

次回と次々回はさらに酷い事になります。

下手したらノクターン行きになるレベル

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