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東方史萃譚  作者: 甘露
19/40

六七一年 7 十月十六日

**




先陣を切った伊吹鬼以下、副官の厳つい大天狗、四の高鼻天狗、六の烏天狗、十六の走狗天狗、十九の河童、十五の名無し妖怪。

計六十一の物の怪が尖兵と接触したのは、伊吹のの咆哮から四半刻(約3,5分)の後。


そして、初撃を制したのも、──妖怪達であった。


「嗚於オオオッ!!」


飢狼の如く咆哮を揚げ、集団から一つ抜けだすとそのまま尖兵の群れへと突入を敢行。

その行為に妖怪達は驚き慌て、尖兵達は嘲笑を浮かべ飛びかかる。そして……。


ズドン。


鈍音と共に、十数の尖兵が炸裂した。



「柔らかいねえ、撫でたら弾けちゃうなんてさ」



肉片となり霧化した尖兵が地に堕ちると

玉の肌に傷一つ付けぬまま、平然と佇む伊吹のがそこに居た。


美しくも残虐で無邪気な笑みを浮かべる“ソレ”に

妖怪達は一層士気を高め、逆に心を挫かれた尖兵の先陣は瞬く間に戦線を崩壊させた。


「あはははっ! さあ皆、殺っちゃいな! 恐ろしい相手も蓋を開けてみれば唯の雑魚さ!

 数が多いのも私らだ、一人で無理なら囲んで殺しなよっ!!」


そんな尖兵達に、伊吹のの声と武勇でさらに気勢を上げた妖怪たちは容赦なく襲いかかる。

最初に大天狗と高鼻天狗、烏天狗が尖兵へと喰らい付いた。

大天狗は二体の金色の尖兵を杖の一薙ぎで消し飛ばすと、高鼻天狗達の斬撃が一体を微塵切りに刻み、烏天狗の鎌鼬が二体を戦闘不能にする。

走狗天狗と河童は四,五人で一組を作り連携して戦い、他の妖怪たちも各々の特色を生かした、たとえば触手を持つ者はかく乱を、術を扱うものは後方火力支援を行う。

そして、今までにないその統率された戦闘に浮足立つ尖兵達は碌にまとまった抵抗をする事も叶わない。



「くそっ……侮った私の罪か。 貴様等、此処は退却だ! 一人でも多く仏陀様の元へ生きて帰るのだ!」

「長、貴女はどうするのですか!」


圧倒的不利と己の失態を悟ったのか。

何処か自嘲する様な、儚げな笑みを尖兵達の頭は浮かべた。

頭は美しい仮の姿を取っていた。漆黒の長髪に、中東系の堀の深い顔。

整った眼鼻の造形美は、正しく仏の名に後れを取らない。


「この梵天が犯した罪、己が身で雪がねばならぬ」

「なりません! 帝釈天殿も貴女の帰還を待っておられますぞ!」

「では、あの邪鬼を足止めできる存在が他に居るのか?」


深い蒼の瞳が部下を見つめた。

この大和へと“概念”という形で赴き、寄り代と自我を得てから数十年、共に行動をしてきた副官の瞳を、梵天は真っ直ぐに見詰めた。


「っ……、我ら全員で足止めの駒となれば、貴女様は必ずや」


一切の迷いが無かった。一身に“私”の身だけを按じていた。

その瞳は、彼女の胸に淡い疼きを感じさせる。

思わずこのまま手を取り何処かへ消えてしまいたい、そんな邪念が頭を過る。


しかし、それは出来ない。私は仏。邪鬼を打ち滅ぼす事こそ己が使命。

伸ばしかけた手を静かに下ろすと、彼女は副官に怒声を浴びせた。


「愚か者! この身この血肉、全て御仏から頂いたものであるぞ! それを粗末にして何が使者だ!!」

「しかし!」

「私に二言は無い! 貴様は者どもを引き連れこれより退け! 命令だ!」

「っ。御意に……」


命令。瞬間副官の肩から力が抜け落ちた。

もう、この判断を覆す事は出来ない。彼女が命じれば、彼はそれに従うのみだから、だ。


ならば、一刻でも早くこの身、無事に帰りつかねば。

そして一刻も早く、増援を引き連れこの場へと戻らねばならない。



──地獄の退却戦は、幕を開けた。


**


「城沢っ!」

「う、うんっ!」


河童たちは、城沢の組は五体で三体の尖兵を相手に戦っていた。

敵は揃いも揃い普段なら尻尾を巻いて逃げるような格上の存在。

まして臆病な河童ならなおさらだが、彼等は逃げることなど全く念頭になかった。


唯、先頭で力を振う頭の姿だけがあった。


あの方のようになりたい。あの方の役に立ちたい。

そんな気持ちに引っ張られ、彼等は戦いを続けていた。


尖兵はどうやら退却を決めた様だ。念話か何かを受け取ったらしい尖兵達の顔には、明らかな動揺の色。

慌て一体の尖兵が後ろを振り返る。既に、退却は始っていた。


自分達は置いて行かれかけている。その事実を知った尖兵共の脳裏に、数瞬の空白が生まれ。


「隙だらけです。死ね」

「かふっ!?」


可愛らしい少女声の主は、無慈悲に長身の尖兵の左上胸部と下腹部全体を消し飛ばした。

妖怪や神、御仏などに、一部の人間が練成出来る所謂“弾”と呼ばれるそれ。

本来はけん制に使うのが主目標であるが、ほぼ零距離で喰らえばもちろん致命傷は免れない。

人間ならば掠っただけで霧散しても可笑しくは無い。


そしてポップな桃色のそれも、見た目とは裏腹に、冷酷に尖兵の命を散らさせたのだった。


「やるじゃん、城沢!」

「えへへ、さあ皆、次行こう次!」

「指揮んなだぼ」


目つきの悪い雄河童が城沢の後頭部を小突く。


「あだっ! 酷いよ河上、ぶつ事無いじゃん!」

「さあみんな、あと二匹だ!」

『うん!』

「無視するなーっ!」


騒ぐ城沢に、頷く他三人。

戦場らしからぬ光景に、虚仮にされたと見たのか尖兵は弾をばら撒きながらの突貫を試みる。


「悪鬼風情がっ、調子に乗るな!!」

「せめて仇を獲らせて頂くわ!」


大陸風の両刃刀を振り迫る尖兵に、河童たちの塊は二と三で分断された。


「ちっ。このまま俺と城沢、川中と裃と砦木で相手をするぞ!」

「りょーかい!」


城沢が声を出し、三体も手や口で思い思いに同意を示した。


「悪鬼二体程度捌けず御仏の兵などしてはおらぬわ!! おおおおおっ!!」


寸でのところで振られた刃をかわした河上。

刃を見た途端、当らなかったのにも拘らず、彼の顔はみるみる青ざめていった。


「糞、皆この刃だけは喰らうなよ! 致命傷喰らわなくても多分死ぬ!」

「はっ、ふっ、このっ! 悪鬼風情が!!」


仕込みに気付かれた所為か尖兵は憎々しげに顔を顰めた。

然し直ぐに気を取り直すと、大きく離れた河上を捨て置き、弾で牽制をしていた城沢に斬りかかる。


「っ、危なっ! 服が……」

「んなもん後だダボ! 弾で牽制サボんなよ!」

「ちっ、コイツ、ちょこまかと!」


復帰した河上と前衛を入れ替わる城沢。

鋭い斬撃を放ちながらも回避行動に余念のない尖兵に、城沢は一つ舌打ちを打った。


「このままじゃジリ貧だよぉ……」


ふと仲間の方を見れば、向こうの三人も決定打を放てないまま回避を続けていた。

刃に何が仕込まれているか分からない所為もあり、彼女達の感じる圧力は並大抵のものでない。


「こうなったら……!」


恐らくどちらかが勝負を付け加勢すれば、その方が勝ってしまうだろう。

そして唯一白兵戦を得意とする河上を討たれた場合はどちらにせよとても厳しい展開になってしまう。

そう思い至った城沢は、そして賭けに出る。


「っ、むむ……うぐぐぐぐっー! 退いて河上っ!」


その声に彼は回避した勢いそのまま戦闘を反射的に放棄し、脇へと大きく飛びのいた。

突然開いた射線に大きく目を見開く尖兵。

先には、今まで見た事の無い様な大きさに錬られた弾があった。


「なっ!?」

「消えちゃえっー!!」


渾身の一撃、それは吸い込まれるように尖兵へと向かい……。


「ふんっ、っくはあ!!」


止められた。

あの何か仕込みをされた太刀によって、拮抗しているもののその弾は止められてしまったのだ。


「っ、おお、ぬおおおおっ!!」


そして、数瞬の後城沢の渾身の一撃は塵と消えた。

弾の残滓が残した霧が晴れた時、そこには勝利を確信した尖兵の笑みが城沢を──。


「油断すんなダボ。死ね、塵野郎」

「っ……あ、ごふっ」


捉える事は無く。霧という、視界が遮られた所謂死角から影が一つ飛び出した。

その正体は河上河童。


河童らしからぬ程に鍛え抜かれた彼の全身を、余す事無く利用した会心の手刀は、尖兵の左胸部を、心の臓を一撃で貫いた。


「……悪鬼、ふぜ……い……が」


最期の時でさえ怨言を口にしながら。

河上は力なく地へと墜ちるその骸を冷たく睨みつけた。


「百年はえーよ、侵略者」

「……いっぱいいっぱいだったくせに」

「うるせっ! で、そこのねーさん、五対一だけど、どっするよ?」


軽薄な笑みを浮かべ迫る河上。

城沢は既に弾をいつでも発射できる体制を整えていた。

そして、完全に逃げ場を失った事を把握した尖兵は、悔しそうに唇を噛み頷いた。


「……仕方ないわ。投降する」

「よし、じゃあ武器捨てて両手を上げな。可笑しな真似すれば、四方から弾に襲われて挽肉だと思え」

「っ……分かったわ」


女尖兵の手から刀が滑り落ちる。ひゅん、と空気を切りながら、刀は夜の山に消えて行った。

それを見届けると、相手をしていた三体が尖兵に群がり瞬く間に全身を拘束する。


「っしゃあ! 手前ら全員生きてるか! 生きてるな! よっしゃ、完全試合だ!」

「河上、まだ油断しちゃ駄目よ」

「あ、はい、すいません」

「ふふ、じゃあ連れて行きましょうか」

「やったねしっちゃん!」

「やったよなっちゃん!」


砦木が河上をたしなめ、お姉さん肌の裃が静かに微笑む。

城沢と川中は嬉しそうにハイタッチを交わしていた。


「あ、そうだ。おい、城沢」

「んー?」

「さっきは、ありがとな」

「……っ。な、なんだい! い、行き成り畏まっちゃって」

「変か?」

「変だよ! もう物凄く変だよ! お喋りな大枝様くらい変だよ」

「それかなり相当じゃねーか……。兎も角感謝してんだよ、ありがとな」


そういうと、河上は城沢の頭を優しく撫でた。

お礼と、慈しみと、すこし健全な男子らしい下心も込めて。だけども優しく彼は撫でた。


「あう、あうあうあう……ふしゅー」

「ひゅーひゅー、熱いね! にしても城沢いいなぁ……」

「あらあらぁ。真っ赤になっちゃって、可愛いのねぇ。でもちょっとずるいわねぇ」

「……全く、油断しちゃ駄目よって言ったのに」

「砦木、ちらちら見ながら言っても説得力皆無だよ」

「っう、五月蝿いわね!」

「あらあら、こっちも真っ赤ねぇ」


「? みんな騒がしいぞ。まだ戦闘中だかんなー」

『(この朴念仁は……)』


どうやら河上はそういう体質の様だった。

河童たちの受難は続く……。




**




次回と次々回は本当酷い事なります。

鬼畜外道その通りです。普通のssならまず主人公サイドがする様な事ではない事を……。


ハーレム河童とか河上氏ね(

裃さんだけ巨乳設定です


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