六七一年 6 十月十六日
六七一年 十月十六日深夜
***
「いいかお前等」
星熊のが周囲を見渡しながら言う。
張りのあるその声は良く響いて、すっと耳から心まで届く様な声だ。
「ココが、最初の命の賭け所だ!!」
応! と配下の連中の声が轟く。
女の声、男の声、高い声、低い声。百と少し居る連中の様々な声が混じり合っている。
「気張れ!! 踏ん張れ!! そして殺し尽くせ!! 憎い侵略者を殲滅しろ!! 立ちふさがる屑を犯して殺せ!!
同胞を、盟友を、番を殺された恨みを、仇を、侵略者の頚で償わせろ!!」
魂を震わす咆哮。背負った悲しみや怒りをそのまま声にした様な轟。
私も声を上げる。誰よりも大きな咆哮を空に響かせる。
声を出す度、戦意と憎しみがふつふつとわき上がって来るのを感じる。
「……静まれ!」
たっぷり五秒は声を上げただろうか。
星熊のは怒声と共に腕を勢いよく振りおろす。
辺りは水を打ったように静かになった。
「だが、大枝のは、私達は。
お前達がこんなところで命を捨てる事を望んじゃいない」
星熊のの言葉に若干の動揺が走る。
ある意味怖気づいたとも取られかねない言葉だからだ。
でも、そのざわめきも数瞬後には肯定的なそれに変わる。
「お前たちは、お山の同志だ!! お山のかけがえのない存在なんだ!!
お山の為、命を張るよう求めたあたしだけど……済まないと思っている」
真摯な訴えと、頭こそ下げないが、鬼が謝罪を口にしたという事に辺りは一瞬驚き、
そして直ぐに、先程よりも更なる闘志をその瞳に燃やす。
「ありがとう。皆の意志、確かに感じた。
お前等、あたしに命を預けろ!! そして誰一人として許可なく死ぬな!! これが命令だ!!」
咆哮が、雄叫が、正しく爆せた。
お山を震わせ、木を揺らし沢を波打たせた。
私も負けじと声を上げる。
鬼の咆哮は伊達じゃなけど、百を超える配下の雄叫びには敵わなかった。
「良し! 進軍だ! 蹂躙しろ!!」
**
「いやー、ややの話術って本当凄えな」
「あははは、知ってたのについついのめり込んじゃったよ。配下の連中はどれくらい気勢が上がったんだろうねぇ」
先頭を飛ぶ私と星熊のは、先程の演説について話していた。
この手の事はお得意の様で、ややは嬉々として私達に策を授けて行ったのだ。
大枝のにも何か授けてた様だし、あの烏天狗の頭の中って凄いんだろうなぁ、と思わずには居られない。
「お前本気で叫んでたもんな。まああれくらい上がした方がいいんだろうけどさあ」
何故か星熊のは呆れ気味だ。
はて、何かしたかな?
「別に嘘吐いた訳でもないしねぇ。星熊のも本気なんだろう?」
「もちろんさね。元々あたしにとっちゃ天狗達やらが仲間だし」
柄にもなく素直な星熊のに少し面食らって。
直ぐに私は少し意地悪がしたくなってきた。
「こんな前哨戦で死なれても弱い奴には言葉掛けづらいし後味悪いし?」
「そーそー、後味が……ってんなこと考えてないわ!」
「うわ、わざとらしいツッコミ」
「うっせ! 兎も角なあ、あたしにとっちゃ天狗達も河童たちも他の妖怪たちも苦楽を共にした大切な配下たちさね。
そう簡単に殺させる訳にもいかないし、連中が少なくなっても楽しい事なんて何もないし」
そう言いながら、星熊の頬は真っ赤だった。
多分後続の天狗達がしっかり聞き耳立てている所為だろう。つまりは星熊のは照れているのだ。
「なーに照れてんのさ」
「うるせえっ!」
「危なっ!? ちょ、ちょっとあんた同志討ちする気かい!?」
「……っち。しゃあねえ、我慢すっか」
「頼むって。本当にさ」
「分かってるよ! ったく、何が照れてるだ」
「……」
そう言いつつ未だ頬が朱色の星熊のをじとーと見るとまた殴られた。
「見んな馬鹿!」
「あだっ!」
今度は思いっきり頭にあてられた。
くそう、絶対瘤出来ちゃったぞ……。
「あのう、お二人様」
「なんだいっ!」
「なにさ!」
揃って声に振り返ると河童が一人死にそうな顔で居た。
「ひゅいっ!? い、いえその、もう敵地も近いですし、そのぉ」
「伊吹様、星熊様っ! 斥候が帰還しました!」
「分かった。あたしが行く、先導しろ!」
「御意に!」
「先頭は頼んだよ伊吹の」
「相分かったよ」
丁度良く飛び込んできた伝令天狗に追随して星熊のは行ってしまった。
残されたのは私と名前も知らない河童だけ。他の先頭の群れの連中は何処か遠巻きに様子をうかがってる。
そして河童は相変わらず死にそうな顔だ。別に河童なんて取って喰いやしないんだけどねぇ……。
まあ沈黙ってのも心地悪いし、私が動くかね。
「おい、そこの河童」
「ひゅいっ!?」
河童は文字通り飛びあがった。空中だから身体一つ皆の上へ上がったような感じだ。
「忠告ありがとね。私らすっかり気にして無かったよ」
「あ……はい! こちらこそありがとうございます!」
言葉一つで破顔一笑。
うーむ……普段私ってそんな酷いことしてたっけ。
配下には配下なりの対応をしてた筈なんだけどなあ……。
精々偶にパシリに使って、偶に酒に付き合わせて、極々稀に喧嘩の練習台にしたくらいだし。
怪我させても誰も殺してないし……うむむ、謎だ。
「ところであんた、名前は?」
「はい! えっと、私は沢砦の技術部の城沢です!」
「技術部っていうと……えっと宮とか砦とかの造る方をやった連中だっけ?」
確か大枝のが適性を見て云々とかで配下をいくつかの班に分けてたんだっけ。
さぎょーのこーりつか、とか、ろうどうりょくのかどーりつがどうとか、難しい単語ばっか話してたような。
「はい! 後はですね、山道の整備と貯蔵庫の拡大ですっ!」
「へーえ、河童も河童なりに働いてるんだねぇ」
「安全な居住地を与えて貰ったのですから、その対価と恩義を果たす為ですっ」
「マメな奴だね、あんた。で、なんでそんな技術部の河童が先頭に?」
すると城沢は何故か引きつった笑顔を見せた。
「あはは……各部から定数出せってお達しだったので、その、くじ引きで……」
「なるほど、当りを引いた訳ね」
「あ、あはは」
次は困ったような露骨な愛想笑い。
河童はよく分からんね、なんでこんな特等席引いて困ってるんだろ。
「ん? おっ……」
「伊吹様? どうされました?」
「敵さんも気付いたみたいだねぇ」
「へ?」
最近霧みたいに出来るようになってきた身体を使っての索敵。
そのお陰でずっと遠くまで見えるんだけど、まあ説明しても城沢にゃ分かんないんだろうなぁ……。
てな訳で間抜けな声を上げる城沢は置いといて、伝令の報告を聞きに行った星熊のが帰って来た。
「伊吹の! 正面四里先が敵の陣だ! 連中、中位の尖兵で固めてきたそうだ」
「今丁度見つけたよっ。星熊の、あんたは半分連れて」
「言われんでも分かってるさ!
半数、あたしに続け! 伊吹の、敵陣で合流だよ!」
「応よっ!」
星熊のを手を振って見送る。
先頭と中堅の半分以降を連れて、星熊のは大きく右に進路を変えた。
私は十分に見送ると、ちらと後ろを振り返った。
士気は上がっていたけども、いざ敵地に近づいたら途端に現実味でも帯びたのか、一部の天狗と妖怪を除いてみんな顔を青くしていた。
まあ当然っちゃ当然かもしれない。
普段殺し合う相手は精々人間か近場の理性の無いケモノみたいな妖怪共だし。
これが本当の殺し合いって意味じゃ初陣の奴も沢山いるんだろう。
「なーに湿気た顔してんのさ」
「も、申し訳ありません……」
「ったく……。アンタら幸運だよ?
荒ぶる鬼神、とかなんて言われる所以を特等席で見られるんだからねぇ」
「あ……」
ぽん、と一つ城沢の頭に手を置くと、くすくすと戦い慣れした連中から笑い声が上がった。
ちぇっ、どーせチビッ子ですよーだ。
「笑うな馬鹿共。
兎も角、私はあんたらの命預かったんだ。
──私を信じろ、私の後に続け。お前たちを無下に扱ったりは絶対にしないからさ。
生きて、お山に帰ろう」
何だか臭い台詞だけど、どうやら緊張してたやつらも解れたみたいだ。
顔に笑顔と力が戻って来た。
「はいっ!」
『応!!』
「ひゅいっ!?」
一瞬早く城沢が返事をして、直後に配下の連中の大音量な返事が帰って来た。
驚いた城沢は飛ぶ軌道を少し崩してあたふたしている。
「……何やってんだか。てか下穿き見えてるよ?」
「ひゃうう……ってひゃあああっ!?」
慌てて長い腰布を押さえる城沢。
後ろから野郎妖怪共の野次が聞こえる。
「うっさい野郎共! あと城沢はおちつけ。
そろそろ敵陣まで一里だよ!! 気ぃ引きしめろ!!」
「応!」
「いいね、皆戦う顔になったね!
さあ……全員、進めぇっ!!!!」
**
今回はある種のギャップを利用した話術でした。
アレですよ、普段暴力的な不良が雨にぬれた子猫に優しくしているところを見てしまった的な。
話は変わりますが沢山の感想ありがとうございました!
特に歴史的なミスをご指摘頂けたのは助かりました
これからも宜しくお願いします!
追記:史萃譚小話 活動報告で更新しました
http://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/434070/
次回更新は明日…に出来たらいいなあと思ってます。




