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東方史萃譚  作者: 甘露
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六二六年 1


血の臭いが、する。

気持ち悪い臭いの筈なのに、ぼくはそれが次第に心地よくなってゆく。




お前は忌み子だ、生まれてから、ずっとそう罵倒された。

それが当たり前だった。罵倒されない、石を投げられない、そんな事は想像さえできなかった。


でもぼくが生きていられたのは、小さな希望が一つあったから。

ぼくと同じ忌み子の妹。ちいさなちいさな、可愛い妹。

妹だけはぼくに石を投げない。妹だけはぼくと居てくれる。


だからぼくは生きていられた。

だけど、それももう無くなっちゃった。


妹が、死んじゃった。

いつも通り投げられた石、それをぼくがちゃんと庇ってあげればよかったのに。

ちっちゃくて、愛らしい妹の顔は、その石ころにぐちゃぐちゃに陵辱された。

目ん玉をぶちぬいて、頭の中身を等しくかき混ぜたその石ころ。

そしてその石ころをなげた、村の人。


涙も出なかった。疑問にも思わなかった。だってぼくらは忌み子だから。

ただ、ちょっとだけ憎たらしくなって、気付いたら、皆等しく、右目をくりぬかれて死んでいた。


どうやらぼくがやったらしい。忌み子なのに村の人を殺したら……ぼくは私刑にかけられると思う。

石を何時もぶつけられてはいるけど、やっぱり痛いのはいやだな。


あ、そっか。なら殺しちゃえばいいんだ。村が無くなっちゃえば、だれもぼくを私刑にかけられないんだ。

そう思うと、ぼくはくやしくなった。

なんでもっと早く気が付かなかったのかな。早く皆殺しにしちゃえば妹も死ななかったのに。

そう思うと悲しくなって、涙が止まらなくなった。


腕の中で妹の死体が段々冷たくなっていった。

ぼくは知っている。死体は段々腐ってボロボロになっちゃうってことを。

可愛い妹にそんな無残な姿をさせたくないな。

ぼくはそう思った。でも、ぼくには分からない、どうやったら妹と一緒に居られるのかを。


ならまず、ぼくまで死んでしまったら、誰も妹の事を知ってる人が居なくなっちゃうから駄目だ。ならぼくは死ねない、死んじゃいけないんだ。

そう思いながらぼくは人を殺した。


血の臭いが、する。気持ち悪い臭いの筈なのに、ぼくはそれが次第に心地よくなってゆく。


それにぼくが弱かったら、妹を守れなかったみたいに自分の事も守れないかもしれない。ならぼくは弱くない、強くなくちゃいけないんだ。

そう思いながらぼくはまた人を殺した。


ぶちまけられた内臓の臭いがする。見た目も臭いも気持ち悪い筈なのに、ぼくにはそれが痺れるような快感をもたらす。


そしてぼくは、妹の身体を腐らせる訳にはいかない。腐らせない方法を考える必要がある。だからぼくは賢い、頭が良くなくちゃいけないんだ。

そう思いながら最後の人を殺した。


飛び散った脳漿がてらてら光ってる。目をそむけたくなる光景の筈なのに、ぼくには特上のごちそうにみえてくる。



そしてぼくは、人を食べた。


初めて食べた肉は、泣く程美味しかった。

気付けばぼくの額には、2本の小さな角がはえていた。



**



   六二六年 秋 



**



秋も深まって、太陽も西に傾いた頃。

人間から『鬼が出る』と恐れられる山の深くで、ぼくたちは居た。

流れる水の音と静かに木立を揺らす風の音を聞きながら居た。


ぼくの妹は白い布で顔の半分を覆い且つ、山中で着る様な物にはとても見えない艶やかな着物を着ていた。

一つに纏められた長い白髪と異様に白い肌がいっそう山中の景色と似合わない。

ぼくはそんな妹の兄で、額に角が生えている。あとは普通の人間みたいな恰好をしているつもりだ。


「兄、飢饉」

「そか……ふぁぁ……。ぼくは人間の飢饉なんて興味無いよ」


ぼくは短い欠伸で答えた。

白(ぼくの妹の名前だ)の話題は毎回人間のことばかりだから、ぼくは聞くのも気だるい気がする。


「兄、興味?」

「無い」


白の問いかけへの答えは簡単にした。その所為か白もそれ以上問いただす気が無くなったみたいだ。

眉を少し顰め、誰へ向けてと言う訳でもなく拗ねたように呟いた。


「薄情」

「薄情じゃない。ぼく達が村に降りたら、それこそえらいことになる」

「……」


人間と鬼、それが関わり合おうなんて考えたとしても結末は見えている。

どっちかが、大抵は人間がだが、裏切って結局血を見てお終いになるのが当たり前だ。

ぼくはそれを良く知っている。だから白を諫めると、白は何処となく不満げだけど頷いた。


「だろ、だからぼく達はここに居て、人間は村に居る。住み分けが大事」

「人、助。隣山の赤、人助。祠、建、力増」

「力?」

「敬、赤、強」


白が自慢げにそれを語る。ぼくは似た事を昔聞いたことを思い出した。


「ふぅん……信仰の力ってあるんだ」

「信仰?」


白の質問に、ぼくは軽く頷いた。


「ぼくも聞いたことがある、その力が大きくなると土着神になるらしい」

「赤、神?」

「どうだろう、赤は弱い。アイツに守られる土地にぼくは住みたくないな」

「兄、酷」

「でも実際、赤は白にも勝てない」


笑う白に尋ねる。

「……白、赤に、勝」

「じゃあぼくは赤の土地に住みたくない」

「……? 兄」


何か違和感を感じたのか、白は辺りをきょろきょろと見回し始めた。

ぼくもそれに応える様に目を瞑った。

気配を探っているのだ。白は生きて無いからそれが出来ない。その代わりに臭いで何となくわかるそうだ。


「しっ……。これは久し振りの」

「荒?」

「うん。しかもこれは始めから喧嘩する気だ」


目を開けたぼくの顔には大きく、面倒くさい、と書いてあったと思う。

それに苦笑を浮かべながら、白はぼくの肩をポンと叩く。


「兄、頑張」

「うん、ぼくが負けたらごめんね」

「嫌」

「分かった。頑張る……」

「兄、頑張る」


笑いながら背中を叩く白。

彼女を見るとぼくは、何処までも優しげな気持ちになれるのだ。


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