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第三章

「あれ、ここってあたしが住んでた家?」

「そうです。ミカの強大な祟りを恐れて借り手がつかなかった物件を破格で借りています」

「祟りだなんて、失礼な話ね」

「ひどい最期だったようですからね。天使ともあろう者が霊魂を恐れるなど馬鹿げていますが、仕方のないことです。ミカがお化けになったら、誰も手がつけられないですから」

 室内に直接ワープしてきたので、改めて玄関を見にいく。

「ちょっと、なにこれ!」

 玄関を上がってすぐの床に、人型に張られた白テープがあった。明らかに、被害者をかたどったものだ。

「わたしはミカと出会うのを楽しみにして生まれてきました。でも、物心ついたときには、ミカは既に悲劇のお姫様として語り継がれていた。せめて親友のわたしが犯人を捕まえてあげようと、毎朝ここを通る度に決意してきたのです」

「そっか……」

 美希は感じ入ったように神妙にしゃがみこみ、自分の現場を確認する。

「ねえ、このOUCH! って何? っていうか、落書きだらけじゃん」

 人型テープからは幾つもの吹き出しが出ていて、「ラファエル大好き!」とか、「床冷たいよ~」とか、好き勝手なセリフが書き込まれていた。

「落ち込んだ夜にはここに座って、ミカと語り合っていたものです。たまに、この枠に重なって一緒に寝たりもしていました。会いたかったですよ、ミカ」

「いい話みたいに言ってもだめ。人の死をからかうなんて、ひどいやつ」

 プイッとそっぽを向いた美希の腰に手を回し、ラファエルはエスコートする。

「ミカの寝室はそのままにしてあります」

 白とピンクでコーディネイトされた可愛らしい部屋は、寸分違わず当時のままだった。机の上に電報の束が積んであって、美希は早速手にとってみる。美希として地上に生まれたときに、天界の仲間達から届いた祝電だった。

「ミカを失ったときの天界はひどい落ち込みようだったそうです。そして、ミカが転生したと判明したとき、その熱狂ぶりもまた凄かったようですね」

 椅子に座って一通一通目を通しているうちに、鼻をぐずぐずいわせる美希。名も知らない市民達からも暖かいお祝いのメッセージがたくさん寄せられていて、前世でやってきたことが報われた気がしたのだった。

「さてと、あっちでお茶でも飲みながら作戦会議しましょう」

 ラファエルに手を引かれてリビングのドアを開けると、あちらこちらからクラッカーを浴びせられた。

「おかえり、ミカ」

 ガブリエルにメタトロン、大天使会や友達が大勢集まっていた。美希は早速、ガブリエルに抱きつき、メタトロンに頭を撫でられ、仲間に揉みくちゃにされた。そして、パーティは深夜まで続いたのだった。


 パーティが終わってみんな帰っていった。ラファエルはソファで眠ってしまい、美希とガブリエルの二人でようやく後片付けを終えたところである。

「ラファエル、風邪引くよ」

 美希はタオルケットを持ってきてラファエルにかけた。

「あ、そっか、あたし達風邪なんか引かないんだった」

 ガブリエルは食卓テーブルについて、コーヒーを飲んでいる。美希は向かいに座り、パーティで残ったジュースのペットボトルを開けた。

「ミカに言っておくべきことがあるの。天界の長としてのあなたに」

「どうしたの? 何か大変なこと?」

 ガブリエルは目と目の間を揉みほぐし、ゆっくりとため息をつく。

「地上の破滅が間近に迫っているの。あなたが倒した異世界樹と同様のものが地上世界を侵食していて……。それだけじゃない……。主要な国家元首や閣僚達がことごとく異世界人、リリンに入れ替わっているのよ」

 美希はポカーンとしてガブリエルの顔を眺める。

「……でも、今朝までいた地上はそんな大変な状況じゃなかったような」

「地上のあちこちで謎の暴動、謎の内戦が起きているんだけど、マスコミはそれを全く報道していないわ。突然歯車が狂ったように不運になった人達が暴れだし、乗っ取られた政府が軍を使って対抗、虐殺している。でも、地上人には異世界樹もリリンも見えないから、自分たちが何と戦っているのか、何故戦っているのかを全く理解できていないの」

 ガブリエルはテレビのスイッチを入れた。天界のテレビでは、どのチャンネルをかけてもそのニュースばかりだった。どこかの大統領のふりをして、トカゲ人間が記者会見する光景。鉄パイプや拳銃で暴れる市民を戦闘機や戦車が虐殺する大惨事。

 その中で、異様な人種がいるという話題になった。日本人である。日本も同様に異世界樹に侵食され、政治も乗っ取られていたが、それでも通勤通学をやめない人ばかりだった。そのかわり、度重なる飛び込み自殺で電車は終日運休状態になり、道路は大渋滞、街のあちらこちらで首吊り、飛び降り死体の処理が行われている。

「これは日本でも首都圏の状況。ミカのいた街では、まだ目立った変化は見られなかったようね。でも、地方でも自殺者や家にこもって廃人のようになっている人が激増してるそうよ」

 天界の長として冷静に見ようとしていた美希だが、目からポロポロと涙がこぼれ、吐き気を催して口元を押さえる。

「……ねえ、どうしてこんな大変なことを黙っていたの? パーティなんかやってる場合じゃなかったんじゃないの?」

 ガブリエルは頭を抱え、なげやりな声を出す。

「もう天界も魔界も、みんな諦めてるわ。異世界樹はね、破壊すれば終わりじゃなかった。飛び散った破片がそれぞれに胞子みたいに繁殖する力を持っていたの。それに、リリン達は擬態が得意で、もうどこまでが地上人で、どこからがリリンなのか誰にもわからない。手の施しようがないのよ」

 美希は両手を拳にして握り締めた。

「……なによ、それ。なんで諦めるの? 手の施しようがあるかないかじゃなくて、戦い続けるしかないでしょ? ……まじめ過ぎるぐらいまじめな天界のみんなが、あんなにはしゃいでパーティをするなんておかしいと思ったのよ。自棄になってただけじゃない! いつから天使はそんな意気地無しになったの?」

 ラファエルがむくりと起き上がる。

「ミカは駄々っ子ですか? ガブちゃんがどれだけ悩み、懸命に働いたか考えてからものを言いなさい」

 ガブリエルはラファエルのほうを見て首を振る。

「いいの、わたしだって本当はミカと同意見だわ。だけど、世界じゅうが諦めてしまってる。奇跡でも起こらない限り、この状況をひっくり返すことなど出来ないわ。残念だけど地上は放棄して、残りの三界で可能な限り地上人を受け入れる。そういう方向で世の中は動きだしてるのよ」

 美希は足をジタバタと鳴らし、唸っている。

「どうせあたしは駄々っ子だし、ガブちゃんが出来なかったことが出来るわけないかもだけど、諦めたくない! あんなわけわからないやつらに地上を好き勝手されたくない! 異世界樹の破片が飛び散ってふえるなら、跡形もなく消滅させればいいじゃない!」

 ガブリエルは困った顔で腕組みする。

「圧倒的に戦力が足りないのよね。天使と魔族が全員出たとしても、とてもじゃないけど地上全域の異世界樹を止めることなんてできないわ。せめて地上人が力を持っていれば……」

 美希とラファエルは「おや?」と、顔を見合わせた。

「ガブちゃん、なぜ、地上人に力を返さないのですか?」

 ガブリエルは首をかしげる。

「力を返す? どういうこと?」

「ラファエル、ひょっとしてあなた、話してないの?」

 ラファエルは、

「ほぇ? ガブちゃん知らなかったですか? てっきり、返さない理由があるんだと思ってました」

 と、のけぞって驚いた。

「ガブちゃんは神性を継いだことないんだから、知ってるわけないでしょ。しっかりしなさいよ」

 わけがわからないという顔のガブリエルに、美希が説明する。

「あたしがお爺ちゃんから継いで、今はラファエルが持ってる評議員の力『神性』があるでしょ? これはただの政治的権限とか地位だけじゃなくて、代々の神の記憶とか、生きた身体で冥府に出入りする資格とか、古代兵器起動の方法とか、そういうものなの」

 ガブリエルは「ふむふむ」と、興味深そうにうなずく。神性を継いだ者は、受け継いだ記憶によって神性について知る。つまり、同じ熾天使のガブリエルといえども、神性を継いだことがないのだから知らないことだらけなのである。

「で、いま重要なのは、古代兵器について。前にあたしが魔界を撃ったオーラ砲の他にも古代兵器があって、それを使えば地上人に力を返してあげることもできるの」

 ラファエルはウンウンとうなずいて続ける。

「昔、地上人はバベルの塔を建てて天界に攻め入ろうとしました。それを食い止めるために、天界では特殊な兵器が作られ、地上人の力を奪いました」

「共通の言語を奪って混乱させたんでしょう?」

「学校ではそう習いますが、実際はちょっと違います。地上人達も本来、わたし達と同じ力を持っていて、オーラを使ったり、物質化したりできました。その力のおかげでお互いの言語を理解し合えていた」

「なるほど、その兵器を使えば、逆に力を戻してあげることもできるのね?」

「そのとおりです」

 ラファエルは満足そうにうなずいた。

「じゃあ、地上人を一人一人説得して、十字や魔界の徴を与えて保護してきた苦労はなんだったのよ~。勘弁してよ~」

 ガブリエルは気の抜けた顔で立ち上がると、冷蔵庫を漁って缶ビールを開けた。

「ラファエル、始末書ね~。バフォメットさん達にもお詫びしなきゃ~」

 ガブリエルはやれやれという顔をしてビールをグビグビと飲み干した。そして、その場にペタンと座りこんで泣きだした。

「よかった~! もうだめかと思ったじゃないのよ~! ラファエルの馬鹿~!」

 そのまま冷蔵庫の前に陣取って数本飲んだ後、座ったまま眠りこけるガブリエルであった。

「ガブちゃんがこんなに壊れるなんて、かなり悩んでたんだよ。かわいそ~」

 ラファエルがぐずぐず泣きだした。その手には缶ビールが握られていた。

「……ごめんなさい……わたし、皆さんに顔向けできない……神性も熾天使の座も返上します……ミカ、あとを頼みます……」

「ちょっと、いまは一応中学生なんだからお酒はだめだよ」

 美希はガブリエルとラファエルをベッドに引きずって寝かしつけ、テレビの深夜ニュースで情報収集するのであった。

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