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2-3

 美希とラファエルは学校に着くと、校庭に妙なものがあるのを見つけた。校庭のど真ん中に、樹齢何万年かというほどの巨木が生えていたのだ。奇妙なことに、他の生徒達も教師も、誰もそのことに触れなかった。それどころか、サッカー部は朝練をしていて、巨木をすり抜けながら走り回っていた。

「なんなの、あれ? 明らかに地上のものではなさそうだけど、天界でも見かけない樹みたいだし」

 ラファエルは巨木の幹を撫でたり叩いたりして、品定めしている。ラファエルと美希にとっては、触れることのできる、実体のある樹なのだ。

「おい、そこの女子二人! 邪魔だぞ! なにやってんだ!」

 サッカー部のキャプテンが怒鳴る。

「行こ、ラファエル」

 ラファエルは指先から極小の光弾を放って枝を一本折った。それをキャッチして、美希に続く。

 二人はそのまま旧校舎に向かった。

 ラファエルは携帯で天界に電話をかけ、空中に描いた十字を通じて枝を送った。

「詳しいことは調査しないとわかりませんが、あれは恐らくミカに寄生していたものと同種の……」

 美希は泣きそうな顔になり、ブルブルと震える。

「寄生って……あたしに何かついてるの?」

「はい、あれは樹に見えますが恐ろしい虫で、ミカはもう少しで巨大ミミズのようなお化けに中から食い荒らされて……」

 美希はヒーっと悲鳴を上げて駆けだしそうになるが、ラファエルに首根っこをつかまれてじたばたしている。

「と、いうのは冗談です。でも、たしかにミカにはあの樹の小さいやつが寄生していました。地上の人間には見えませんし触れられませんが、タナトスさんが気付いて駆除してくれました。そのサンプルも天界の研究所に保管されています」

「で、その樹は何か悪さをするの?」

「はい、これもまだはっきりと解明されたわけではありませんが、あの樹は恐らく人の幸運を吸い取るのだろうということです」

「そっか、それで急にいじめられるようになったり、いろいろついてなかったんだ」

「そのとおりです。ところで、ミカは前世で神様だったときに、光希パパとサッちゃん、それと、お腹の中の子を特別に祝福しましたね?」

 美希は気まずい顔になる。

「大天使会にばれて始末書を書かされたのよね。二人が生まれたときに名前に細工したり、二人がいずれ出会うようにしたり、幸運に遭遇する確率を倍に増やしたり、お腹の中の子は三倍にしたんだっけ。今思えば、確かにやりすぎだったかも」

「その、幸運三倍のチートな赤ん坊は誰ですか?」

「あ、そっか、あの子があたしなんだ。自分で自分を祝福したなんて不思議なこともあるものね」

「まあ、最後の最後まで魂が入らずに空席になっている胎児というのはいます。それはいいとして、幸運三倍のミカをめがけて、どこかの異世界からあの樹がやってきたのではないかと推測されているわけですよ」

 美希はまた青ざめて震え出す。

「っていうことは、あのでっかいのもあたしに寄生しにきたの?」

「あの樹に訊いてみなければわからないと言いたいところですが、訊いてもわかりませんでした。あの樹は意思をもっていません。何者かがあの樹を使って幸運を吸い上げ、エネルギーとして取り出すという仕組みなのかもしれません」

「天界でも地上でも魔界でも地獄でも、あんな樹は見たことないわ。っていうことは、あの樹も飼い主も、あたし達が知らない異世界からきたの?」

 ラファエルは神妙な顔でうなずいた。

「とりあえず、そのまま異世界樹、異世界人と呼んでいます。ミカや光希パパは異世界人に何度か襲われかけて、タナトスさんやバフォメットさんに救出されています」

 ラファエルは突如、胸ポケットからボールペンを取り出して投げた。空気を引き裂いて凄まじい風切り音を上げながら、開け放った教室の入り口を通り抜け、廊下の壁に刺さる。

「出てきなさい、変態さん」

 美希をストーキングしていた亮輔が、怖ず怖ずと這って教室に入ってくる。

「あの壁、コンクリートだぞ……ありえねぇ……物理的にありえねぇ……」

 ラファエルは目にも止まらぬ早業で亮輔をヘッドロックし、ポカポカとゲンコツをはった。

「どこから聞いてましたか? まったく、たちの悪い変態さんです」

 美希が亮輔の顔をのぞきこんでみると、亮輔はホワーンと幸せそうな顔をしていた。

「ラファエル、なんかこの人喜んでるよ」

 ラファエルは飛び退いて豊かな胸をかばい、とがめるような視線で亮輔を見る。

「地上の男の子は変態過ぎです。わたしには理解できません」

 あんたが言うかという顔をラファエルに向けつつ、美希は亮輔に歩み寄る。

「それで、あたし達に何か用なの? それともまたストーカー?」

 美希は拳を鳴らして凄んで見せる。そして、ピアノの先生に「指を鳴らしてはだめよ」と言われたことを思い出す。でも、今日だけだからいいやと凄んでにらむ。

「あ、あの、君達なかなか興味深い話をしていたようだね。天界、魔界、地獄に異世界……君達は天使なんだって? よかったらその辺の話をもっと聞かせてよ」

 美希はため息をついてラファエルを見る。

「消すしかないかな?」

「そうですね、彼は知りすぎました」

 美希が記憶を消す呪文を唱えようと近付くと、亮輔は尻もちをついて後ずさる。

「痛くないから、ちょっとだけ大人しくしてね~」

「う、嘘だ! やめてくれ! 殺さないで~!」

 亮輔は思いついたようにポケットからデジカメを取り出した。

「こ、これに異世界樹が映っているんだ! 美希ちゃんに取り憑いてたやつ!」

 美希はカメラを受け取り、ラファエルと二人で液晶画面をのぞいた。美希の頭のてっぺんにちょんまげぐらいの大きさで樹が生えていたのだった。

「あ、こんなちっさい樹だったんだ。なんか可愛いね」

「最終的には着ぐるみを着て歩いてるような状態だったそうです。駆除するにしても厄介だったので、一度コキュートスに連れていったのだとか」

「コキュートスって、冥府の入り口のことだっけ。そっか、肉体を一時的に仮死状態にすることで異世界樹君が用済みだと思って出ていったんだ。さすがはタナトスちゃん、怖いけど合理的な方法だわ」

 抜き足差し足で出ていこうとする亮輔を、ラファエルが捕まえる。

「で、この写真がどうしたというのですか?」

「ぼ、僕はその、心霊写真を頻繁に撮ってしまう体質なんだ。ひょっとして念写みたいな力があるんじゃないかと……で、なんかお二人を手伝えたりできないかな~と」

「念写ですか。……はい、ポーズ」

 ラファエルはめんどくさそうに亮輔の写真を一枚撮った。カメラを返すと亮輔は青ざめる。

「手が……ごっちゃり……」

 壁のあちこちから手が飛び出して手招きしている心霊写真だった。亮輔の両足首もしっかりとつかまれている。

「すげー力だな。ほんとに天使さんなんだ、二人とも」

「あなたはたまたま高次元の存在を念写することもあるのでしょうが、わたし達には常に見えています。あなたのような地上人が手伝えることなどありません。ミカに付きまとうのはやめてください」

 ラファエルにシッシと邪険な手振りをされ、亮輔は肩を落として出ていった。

「あ、消さなきゃ!」

 美希の声が聞こえたのか、亮輔は猛ダッシュで逃げていった。

「まあ、あの変態さんには天使とわかった上で怖がってもらったほうが、お互いのためかもしれません」

「そっか、それもいいかもね」

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