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1-4

 翌日。美希は結局お金を借りなかった。登校の仕度を済ませると、光希からお下がりでもらったICレコーダーをブレザーの内ポケットに忍ばせ、自分の頬をパンパンと叩いて気合いを入れた。

 ――放課後、沙也香に用があると話しかけると、夏美も寄ってきて、三人で旧校舎に向かった。

「なんだ、昨日の今日でもう金できたのか? やればできんじゃん」

 沙也香が右手を出して受け取る体勢になった。美希はその手を両手で包みこんで、沙也香の目を見つめる。

「あたし、売春なんてしたくない。パンツを売るつもりもない。親のお金を盗んだりしたくないし、だからあなた達にあげるお金は無いの。もう許してもらえないかな? あたしがいい奴ぶってしゃしゃり出て、うざかったなら謝るから」

 夏美が問答無用で蹴りを入れてくる。よろけた美希は積んである机に当たって大きな音を立てる。

「いたたたた。もう、いきなり蹴らないでよ」

「てめえ、なにペラペラしゃべくってんだ。開き直ったつもりか?」

 夏美がグーで殴りかかろうとして、沙也香が制止した。

「ちょっと待て、こいつなんか変じゃね? 誰に説明してんのかな?」

 夏美に羽交い締めにされ、沙也香に身体検査されると、ICレコーダーがばれてしまった。ICレコーダーは踏みつぶされ、沙也香が携帯で仲間を呼んでいる。

「おまえ、絶対逆らえないように教育してやるから」

 すわった目をして美希の顔に唾を吐きかける沙也香。美希は拭うこともできずにただ震えるだけだった。

 ――しばらくすると、いつもの取り巻き達が集まり、いじめっ子は六人になった。取り巻き達は亮輔を連れてきていた。

「ちょっと奥いこうか」

 沙也香について一行は階段を上がり、四階の一番奥のほうまで進んだ。旧校舎自体が立ち入り禁止になっているが、三階から上に向かう階段にはバリケードがあって、秘密の抜け道を知らない者は誰も通れない。つまり、泣いても叫んでも誰も助けにこない場所なのだ。

 早速床に転がされた二人は、いやと言うほど蹴飛ばされる。普段は服で隠れる場所ばかりを狙って暴行されてきたが、この日は顔も手脚も容赦なく痛めつけられた。

 涙と鼻血を垂れ流し、苦痛で意識が薄れる中、美希がうめく。

「ごめんね……亮輔君……あたしのせいで……とばっちり……」

 亮輔は鼻血を手の甲で拭い、美希に微笑んだ。

「いいんだ……元はと言えば……僕のせいだし」

「うは、亮輔さんかっけー。なに、お前らそういう仲だったの?」

 夏美は亮輔をヘッドロックしてからかう。

「いや、そういう仲っていうか……僕が一方的に……」

「ちょ、きめえ! なにポッと頬を赤らめちゃってるわけ? ってか、なんで勝手にしゃべっちゃってんの?」

 夏美はヘッドロックしたまま机と椅子の山めがけて走り、亮輔を放り出す。倒れこんだ亮輔をさらに足蹴にする。

「……いい加減にしろよ。パンツ丸見えだぞ、馬鹿女」

 亮輔は夏美の足をつかんだ。夏美はその手を振りほどけず、二本指で亮輔の目を狙った。

「目とか狙ってんじゃねえよ。おまえ、本気で頭おかしいな」

 亮輔は夏美の手を払って立ち上がった。そのまま夏美の喉をつかんで黒板に押しつけた。

「お、おい……亮輔のくせに何強がってんだよ……あたしに逆らってただで済むと思うなよ」

 背後から椅子を持って忍び寄る取り巻きに、亮輔は容赦ない蹴りを入れた。腹を蹴られた女生徒はたまらずその場に座りこんだ。

「調子に乗んな!」

 夏美は背後から蹴りを入れようとしたが、亮輔は身体丸ごとの体当たりで夏美を弾き飛ばす。夏美の後頭部と黒板が鈍い音を立てて衝突した。亮輔は夏美の胸元をつかみ、往復ビンタをはった。

「女相手だからと思ってたけど、おまえはちょっとやり過ぎだ!」

 唇の端と鼻から血を出す夏美。亮輔がさらに振りかぶると、怯えたように目を閉じて小さくなる。

「亮輔、ちょっとタイム」

 沙也香はのんびりした調子で亮輔を制止した。

「おまえ、夏美相手に結構やるじゃん。さすがは男だな。見直したよ」

 亮輔の豹変ぶりに圧倒されていた空気が緩んだ。美希はポケットティッシュを出して亮輔の顔を拭く。

「いてて……僕はいいから、美希ちゃ……大沢さんも自分の顔拭きなよ」

 美希は微笑んでうなずき、自分の鼻血やら涙やらを拭った。

「美希って呼んでくれていいよ?」

「ほ、ほんと?」

 亮輔は会心のガッツポーズをした。

 沙也香は亮輔の後に立ち、両肩に手を置いた。

「さて、男らしい亮輔をあたし達がいじめるのは無理だとわかった。でも、あたし達は美希をきっちり教育しなくちゃならない。そこで提案がある」

 沙也香は亮輔に内緒話をする。

 亮輔は取り乱して聞き返す。

「や、やれって……なんだよ……」

「とぼけることないって。おまえさ、小学校の頃から美希の縦笛とか体操着とかに悪戯してたじゃん。いつも美希のこと尾行して、ストーカーなんだろ? 美希はあたしの奴隷だからさ、あたしが許すよ。今ここで、美希を大人の女にしてやってくれ」

 いつの間にか、取り巻きの一人がビデオカメラをかまえていた。

「ちゃんとやれたら仲間にしてやるよ。美希の飼育係としてさ、いつでもこいつを好きにできるんだぜ?」

 亮輔は怖ず怖ずと美希を振り返る。

「縦笛とか体操着って……ほんとなの? 亮輔君」

 亮輔は青ざめた顔で沙也香のほうを見る。

「恋愛ルートは消えたな。ほら、男らしい亮輔はどこいった? こういう弱っちい優等生は、力ずくでモノにしちゃえばいいんだよ」

 沙也香は亮輔の股ぐらをガッシリつかんでニヤリと笑った。

 亮輔は呼吸を荒げ、目をぎらつかせて美希ににじり寄る。

「亮輔君……嘘でしょ? あなた変態さんなの? あたしはストーカーをかばったためにずっと苦労してきたの?」

「美希ちゃん、僕、変態でもなんでもいい。ばれちゃったらしょうがないよね。君が手に入るなら、もう手段なんてどうでもいいんだ」

 ブラウスの前を引きちぎられ、無惨にボタンが飛び散る。おなかの素肌に頬ずりされて、美希の肌が粟立った。

「ああ、美希ちゃんの匂いだ……体操着じゃなくて、こうやって直に嗅げるなんて……」

「うへ、超変態じゃん、こいつ!」

 夏美はさっきのお返しとばかりに亮輔を蹴ろうとしたが、沙也香に止められて引き下がった。

 亮輔は緊張に引きつった面持ちで、美希の顔に顔を寄せる。

「きっ、キスしても……いいかな?」

 美希は横を向いてキスを避けた。

「いいかな? とか言ってるから調子乗るんだって」

 夏美に顎をつかまれて正面を向かされる。

「やめてよ……初めてなんだから……」

 沙也香は美希を冷酷に見下ろして言う。

「おまえの初めては全部亮輔ご主人様に捧げるんだよ」

 亮輔はゴクリとツバを飲みこんで美希に抱きつき、初めてのキスを奪った。

「……もう……いや。……もう……なにもかも……いや!」

 美希は無我夢中で亮輔と夏美を振りほどき、窓に向かって走る。

「馬鹿、ここは四階だぞ!」

 美希はそのまま頭からガラスに突っ込んで窓の向こうに消えた。

 美希の身体はアスファルトの地面に打ちつけられ、あちこちの関節が有り得ない方向に曲がっていた。

「ミカ……ミカ……」

 美希が目を開けると、目の前にゴスロリ姿の女の子が屈んでいた。

「タナトス……ちゃん……ここはどこ?」

 そこは、色とりどりの花が咲き乱れる、美しい場所だった。ゆったりと流れる大河のほとりである。

「ここは、冥府に向かう途中の特殊な空間」

「そっか、あたし、また死んじゃったんだ」

 タナトスに手を引かれ、美希は起き上がる。

「あなたはまだ死んではいない。生き返りたい? それとも、もう疲れた?」

「……ちょっぴり疲れたけど、光希君も、サッちゃんも良くしてくれて、最高の家族なの。せっかく、大好きなあの二人が家族になってくれたんだから、戻れるなら、もうちょっと頑張りたいかも」

 タナトスは満足げにうなずくと、大きな鎌で空間を切り裂く。

「こっちよ」

 裂け目に入ると、美希は元の身体で目を覚ました。致命傷を負ったはずの身体は完全に癒えていた。

 いじめっ子達が慌てて降りてきて、美希を取り囲む。

「おい、死んだかと思っただろ! 馬鹿!」

 夏美が美希の頭を平手ではった。

「おまえ達、天使長の化身に無礼を働くとただでは済まない」

 いつの間にか、美希の隣にタナトスが立っていた。

「なんだこいつ、頭いかれてるんじゃねえの? カルトか?」

 夏美はタナトスに前蹴りを入れようとした。

「悪い脚、腐って落ちなさい」

 夏美の脚はつま先からみるみるうちに溶けて泡立ち、骨を残してしたたり落ちた。

「なんだよ、これ!」

 腐食は脚だけにとどまらず、腹を通って四肢に伝わり、ゾンビのようになってゆく。

「いたい……あついよ……たす……けて……」

 仲間のほうに這っていこうとするが、みんな後ずさりして追いつけない。

「薄情者……いやだ……あたしだけ死ぬなんて……いやだ!」

 下半身がもげた身体でクロールするようにあえぐ夏美。絶叫しながら闇雲に走る仲間達。逃げた五人はそれぞれに、何かに衝突して倒れた。そこにいたのは五体のグリムリーパー(死神)、ボロ布をまとった骸骨だった。

「なんだよ、これ! こっちくんな、化け物!」

 リーパー達はキーヒッヒと甲高い笑い声を上げ、五人を追い回す。五人は一カ所に追い詰められ、背中合わせになった。リーパー達は大鎌を振りかぶり、五人の首をはねた。五人の首は転がり、お互いにお互いの生首を見て気絶したのだった。

「……いい気味だぜ」

 旧校舎四階から眺めていた亮輔だったが……。

「女の敵」

「だ、誰だ!」

 床を抜けて現れたタナトスは亮輔の股間をつかみ……。

「やめ、やめてくれ!」

 嘔吐するほど絶叫して気を失ったのだった。

 ――翌朝、いじめっ子プラス亮輔の七人は教室で全裸で気絶しているところを発見されたが、命に別状は無かった。ただし、薬物使用やいかがわしい遊びを噂され、彼女らの影響力を恐れる者はいなくなった。

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