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「あれ、美希ちゃんどうした?」
「光希君、おかえり。ちょっと話したいことがあって」
美希は駅で父親を待ち伏せしていたのだった。大沢家は名前で呼び合う友達親子である。
「じゃあ、まだ明るいし、甘いものでも食べて行くか?」
――近くの喫茶店に入り、ボックスシートで向かい合った。注文したケーキや紅茶が届くのを待って、美希は話を切り出した。
「あのね、えと、……赤ちゃんがね……できちゃったの」
光希は紅茶を噴き出しかけて目を白黒させた。
「冗談だろ? 美希ちゃんはまだ中学生じゃないか」
美希は視線をそらして、もじもじしながら続ける。
「中学生だけど……できちゃったんだもん」
「できちゃったんだもんって……相手は?」
「よく知らない人。ネットで知り合って、何回かエッチしたら捨てられちゃったの。携帯もメールも通じなくて……」
光希は両の拳でテーブルを叩いた。紅茶がこぼれて、美希は縮こまる。
「殺してやる……俺の可愛い美希ちゃんを……よくも……」
光希は息も絶え絶えに、うめくように呪詛の言葉を吐き続ける。
ただならぬ殺気を感じた美希は、
「……って、言ったら驚くよね~、普通のパパなら」
と、舌を出して見せた。
「なんだ、どっきりか。パパをからかっちゃだめだぞ、こいつ」
光希は人差し指で美希のおでこをつつく。
「でもね、本当にあたしのお友達が妊娠しちゃって、その子のパパもママもすっごく怖い人で……」
「なるほど、カンパしてやりたいんだな。美希ちゃんは優しいからな。で、いくらぐらいいるんだ?」
美希はピースサインのように指を二本立てた。光希は早速札入れから二枚取り出そうとつまんだが。
「……十万。二十万円ほど、貸していただけないでしょうか、パパ様」
光希は怪訝な顔で札入れを引っこめる。
「美希ちゃんが妊娠させたわけでもあるまいし、どうしてそんなに必要なんだ?」
「その子のパパとママってね、怖いっていうか、本物のDVな感じで、妊娠なんてばれたら殺されちゃうからって。それに、赤ちゃんを堕ろすつもりはなくて、産みたいんだって。だから、家を出る資金とか、出産費用とか諸々……」
美希は自分がスラスラと嘘をつくことに驚いていた。光希はウーンと唸って腕組みしている。
「この件はサッちゃんに相談しちゃだめなのかい?」
サッちゃんとは美希の母、光希の妻である。
「サッちゃんに相談したら、相手の男とかDV親をなんとかしてあげるべきって頑張っちゃいそうじゃない。本当はそれがいいんだろうけど、話がややこしくなりそうだし」
「わかった。今回だけはパパのポケットマネーでなんとかしよう。だけどね、美希ちゃん、その子とは少しずつ距離を置いたほうがいいかもしれないな。かわいそうに思うかもしれないけど、美希ちゃんがその子の人生を背負うことは出来ないんだからね」
――喫茶店を出ると辺りは暗くなっていた。お金の件がなんとかなって、美希の足取りはほんの少しだけ軽かった。光希の腕に絡み付いて歩いていると、すれ違う一組のカップルに目が行った。脂ぎった中年のおじさんとケバケバしいお姉さんが同じように絡まって歩いていた。『社長さん』とお店に向かうところなのだろう。
「光希君、それ、持ちたい」
光希の腕を放して、おみやげにテイクアウトしたケーキの箱を受け取る。
「あはは、ちびっ子みたいだな。落とさないでちゃんと持って行けるかな~?」
光希が美希の頭をわしわしとつかむように撫でると、美希の目からふいに涙がこぼれ落ちた。
「どうした美希ちゃん? あ、ごめん、髪型崩しちゃったか?」
「……そんなことないよ。……なんであたし、泣いてるんだろ。……馬鹿みたい」
光希は美希を抱き締めた。
「パパに嘘ついてるだろ?」
美希は光希の胸に顔をうずめ、コクリとうなずいた。
「……ごめん」
繁華街の人混みの中、好奇の目にさらされる二人。それでも光希は美希の後ろ髪を撫で続ける。
「……いいよ、美希ちゃんの思ったとおりにやってごらん。パパはいつだって美希ちゃんの味方だからな」
美希はケーキも鞄も投げ出して光希にしがみつく。そして、火が付いたように泣き続けたのだった。