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5-4

「どこに行く気だ? マヌケども」

 エレベーターが急停止する。操作盤と明かりの電源が落ち、次の瞬間、ブチブチブチっと音がしてエレベーターは落下を始める。

「どこだ、エンリル!」

 光希が叫ぶと、操作盤が生き返った。デジタルの階数表示がどんどん小さくなり、一桁になる。一同は翼を出して、着地に備えた。表示はB1、B2と進んでいったが、しまいにはマイナスのついた数字が狂ったように増えていった。

「この星も地底がミソってやつか」

 光希はエレベーターの底を焼き払う。一同、地底に向かって加速をつけた。

 つきあたりの地面が見えて、光希は光弾を放つ。ラファエルも加勢して、床が大爆発を起こす。

「あ、壊さなくてもよかったのか」

 近付いてみると、普通にエレベーターが止まるような出入り口があった。外側扉にあたる部分が派手に壊れ、吹き飛んでいる。

「まあ、結果オーライじゃない?」

 地底フロアを進んでいくと、銀行の金庫室かというほどの分厚い扉があった。一行を招き入れるように開け放たれている。

 中にはいると、そこはまるでSF映画に出てくる宇宙船のブリッジのようだった。グルリと取り囲む巨大スクリーンと、いくつも並ぶコントロールパネル。部屋の中央で一段高いところにあるシートに、『艦長』が座っていた。

「泣き虫エンキが何しにきたんだ? 当ててやろうか? 『僕のオモチャを壊さないでよ~』って、泣きつきにきたんだろ? 嫌だね、やめてやらないよ。僕はおまえの泣き顔が愉快でたまらないんだから」

 エンリルは長い黒髪を気怠そうにかき上げ、物憂げなため息をつく。

「すっごいイケメン……」

 美希が思わず呟いた。

「エヴァ、よくきたね。ラマシュトゥも完全体になって少し落ち着きが出たかな。そっちの可愛い子は、熾天使ラファエルか。三人とも坊やのエンキなんかにはもったいないな。まとめて僕の妻にならないか?」

 エンリルがウィンクすると、女達はポーッと夢心地の顔をして、フラフラ歩き出す。

 光希は剣を出してエンリルめがけて一撃を放った。光弾はコントロールパネルに着弾し、その衝撃で女達は正気に戻る。

「やれやれ、ここで暴れてもらっては困るよ? 坊や」

 エンリルがパネルを操作すると、リリスと戦った時のような荒野が出現する。違うのは、空が真っ青な快晴だということだ。さんざん地中に潜ったのに青空というのはおかしなものだが、巨神の力はそれだけでたらめなものらしい。

「地球の洪水を止めて、地球の生命も文化も元通りにしてほしいっていうのが、君達の望みらしいね。だが、それは出来ない相談だよ。人類ってやつはエゴが発達し過ぎていてね、どれだけ矯正しようとしても、いつも仲違いしているだろ。だから彼等は徹底的に滅ぼして、リリンに生まれ変わったほうがいいんだ。そのほうが苦しまずに済むというものだよ」

 ラファエルは恐る恐るといったように言い返す。

「でも、人々がそれぞれに違った個性を持ち、衝突や葛藤を乗り越えた結果、幸福なことが起こったり、優れた文化が生まれたりもするはずです。万能のあなたが徹底管理するだけの世界なら、あなたの想像を超えるものは一切生み出されない。それは退屈ではないのですか?」

 エンリルは困ったような笑顔で胸元のペンダントを持ち上げて見せた。アメジストのような紫の石を六角柱に削ったものだ。

「この僕でもね、幸運を完全に操ることはできない。だからこうやって幸運の実を結晶化して、肌身離さず持っているんだ。つまり、僕が管理する世界でもイレギュラーは起こる。退屈なんてしないんだよ。だが、人類というやつは面白すぎる。面白すぎて害悪なんだ。調子に乗って神々に挑むほどにね」

 ラファエルが引き下がると、美希が言う。

「地球の人々は光希君とあたしの子なんですけど。お兄さんだからって、うちの子達を好き勝手に殺したりリリンに変えたりされては困ります」

 エンリルはウンウンとうなずく。

「確かに、人類は君とエンキの子だ。しかし、君とエンキがこのとおりしっかりしていないんだから、この兄がかわりに管理してやるしかないんだよ。それから、『うちの子』というのはエゴ丸出しの発言だ。地球で長いこと過ごしてきた君達には当然の思想なのかもしれないが、エゴというやつは結局争いしか生み出さないんだ。長い目で見れば、自由意思というやつは弊害のほうが恐ろしく大きいものなんだよ」

 美希がグッと詰まったところで、サッちゃんがバトンタッチする。

「それでも、わたしのリリン達は……子を失った悲しみがあなたにはわからないんですか! 万能の神というのは感情を持たない人でなしのことをいうのかしら!」

 エンリルは突然険しい表情になり、金色のオーラをたぎらせる。見渡す限りの大地が砕け、空に向かって遡っていく。

「あんまり聞きわけがないと、僕だって怒るよ?」

 エンリルににらまれて、サッちゃんはにらみ返す。女神になったサッちゃんのオーラもかなりのものだったが、徐々に押されだした。

「僕を怒らせると怖いよ? 覚えてるだろう? リリス」

 サッちゃんは急にヒイっと青ざめて光希の後に隠れた。リリスが過去に受けた恐ろしいお仕置きの記憶を引き出されたのだ。

「サッちゃん脅かしてんじゃねえよ、このオカマ野郎! てめえが折れないなら力ずくでへし折ってやるだけのことだ!」

 光希が剣をかまえる。

「おやおや、強く出たものだね。お兄ちゃんにそういう口を聞いて、どれだけ泣かされたか覚えていないのかい?」

 光希の脳裏に直接働きかけるような凝視。光希は下唇を噛んで、今にも泣き出しそうだ。

「な……泣かないもん……僕、泣かないもん!」

 光希はカッと目を見開き、エンリルに斬りかかった。

「へえ、我慢できるようになったんだ。偉いな」

 エンリルは身軽にかわしながら、光希の頭を撫でる。

「兄さん……? 兄さんがほめてくれた……」

 光希はエンリルの胸にすがって泣きだした。

「きめえんだよ! どっちがオカマだ、この泣き虫野郎!」

 エンリルは光希の腹に膝蹴りを入れ、くの字に折れ曲がったところを肘で突く。光希は地面に叩きつけられた。エンリルは空中で腹を抱えて笑っている。

 駆け寄った三人に光希はばつの悪そうな顔をする。女達はかまわず光希を抱き締める。

「いいのよ、あなたは優しい子なんだから」

「本当は強い子だから優しいのです」

「そうだよ、あんな意地悪なお兄ちゃんの言うことなんか聞くことないよ」

 サッちゃんのハンカチで鼻をかませてもらった光希は再び立ち上がる。

「ちくしょう! 俺は泣いたら強いぞ! 覚悟しろ、エンリル!」

 光希がかまえると、女達もそれぞれの武器を取り出した。

「その愚かさが気に入らないと言っているのだ! 身の程を知れ!」

 エンリルが右手をかざすと、不快な超低音が大音量で鳴り響く。四人は耳を押さえ、たまらずにうずくまった。大地を突き上げる巨大地震と、肉体を焦がす灼熱の陽炎。四人は為すすべも無く翻弄される。

「……なんて……力だ」

 光希が、サッちゃんが、美希が、地割れから噴き出したマグマの舌に飲まれて消え去った。車に轢かれた子猫のようにあっけなく、悲鳴すら上げられぬまま。ラファエルはそれを見て発狂する。髪を逆立て目の色を失ってオーラの柱になり、闇雲にエンリルに突っ込んでいく。

「返して! わたしの仲間を返して! わたしの家族を返してよ!」

 暴走する熾天使の力をもってしても、エンリルには一撃も届かない。

「それがエゴだ。苦しいのだろう。今すぐ楽にしてやろう」

 エンリルが手刀を振りあげると、その右腕が光の剣になる。

「次はリリンにでも生まれてこい」

 エンリルが手刀を振り下ろす。

「……なんだおまえは?」

 リリンが一人、間に入り、曲刀で手刀を止めていた。

「あなたは、アーリマン? 何をしていますか?」

 アーリマンはクックックと喉を鳴らして笑う。

「おまえ達ならエンリルを消耗させるかもしれないと期待したが、やはり無理だったようだな」

 アーリマンはそのままエンリルに斬りかかった。

 エンリルは手刀を使って受け流す。

「へえ、おまえ、ただのリリンではないな?」

「そのとおり、わたしはリリスと……エンリル、おまえの子だ!」

 ラファエルの目の前で繰り広げられる激しすぎる戦闘。加勢しようにも全く入りこむ余地が無い。

「退け(ひけ)、熾天使ごときが立ち向かえる相手ではない!」

 アーリマンに怒鳴られて、ラファエルはよろよろと飛んだ。

「ミカ……サッちゃんママ……光希パパ……こんなのってあんまりですよ……」

 ラファエルは槍を放り投げ、両手で顔を覆って泣きながら敗走した。

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