5-3
サッちゃんの身体が光を放ち、煙のようになってリリスに吸収されていく。
「てめえ、なにしやがる!」
光希が殴りかかったが、リリスは夢魔の翼を広げてはね返した。サッちゃんも応えるように翼を広げ、二人の翼が卵の殻のように二人を包む。
「堅いです、いったいどうなってるんですか!」
ラファエルは槍でこじ開けようとするが、びくともしない。光希もリリス側の翼を剣で斬りつけるが、通用しない。いよいよ美希がランチャーをかまえたところで、サッちゃんの翼が煙になった。そして、全て吸われてしまった。
「夜と魔の女神ラマシュトゥ、ここに復活」
まがまがしいほどの強大なオーラを漂わせ、ラマシュトゥは翼を広げる。そのまま天に向かって人差し指を立てると、薄暗かった空が星空に変わる。
「わたしの夜へようこそ。二度と明けない真夜中を一緒に楽しみましょう」
ラマシュトゥの目が赤く光る。美希とラファエルはその場に崩れて眠ってしまった。
「格が違うか……」
リリス、サッちゃんの二人にわかれて鍛えてきた力が合わさり、相当に力をつけているようだ。
「さすがはエンキ様、あなたは眠ってはくれないのですね。でも、夜がわたしに味方する。今ならあなたにだって勝てますわ」
ラマシュトゥが二刀をかざすと、そこに無数の星くずが降ってくる。星を集めた二刀は赤く輝く光の剣になった。触れれば蒸発間違いなしの二刀が、光希に容赦なく襲いかかる。
「さあ、踊りましょう。殺したいほどあなたが好きよ」
ラマシュトゥはエロティックなほどに嬉々とした表情で、一ミリの隙もない剣舞を踊る。
「おまえを殺したらサッちゃんはどうなる?」
「わたしとあの子は一心同体。もちろん、あの子も死ぬわ。殺せない? わたしを愛しているから殺せないの?」
からかって笑うラマシュトゥ。光希は防戦を強いられる。
「ちくしょう、これじゃあいつかとまるで同じじゃないか」
「いいえ、あのときとは違うわ。あなたに逃げ場はないもの」
前世で光希がサッちゃんを殺した記憶。ラマシュトゥはサッちゃんと記憶を共有しているようだ。
突如、美希とラファエルが悲鳴を上げる。
「死ぬほど怖い夢を見たら、どうなると思う?」
「知るか。……って、まさか、おまえ!」
お互いの剣が火花を散らす中、ラマシュトゥはケラケラ笑う。
「あの子達、もうすぐ死ぬわ。それが嫌なら戦いなさい。わたし、うずうずしてるの。本気の殺し合いがしたくて、おかしくなりそう」
光希は前世での悲劇を思い出し、攻撃できない。しかし、この特殊な夜の空間で、どこに向かえばラマシュトゥから逃げられるか見当もつかない。しかも、逃げれば美希とラファエルが殺されてしまうのだ。
「ねえ、夜の女神がこれだけ誘っても興奮しないの? あなた不能なの? わたしに恥をかかせるなら殺すわよ?」
凄みをきかせたラマシュトゥの目がビカビカと点滅する。光希は目を閉じて防ごうとしたが、まぶたの中まで視線が突き刺さり、光希の身体は硬直する。
「大したことない男ね。これがあのおっかないエンリル様の弟だなんて、信じられないわ」
美希が眠ったまま悶え苦しみ、光希の名を呼ぶ。
「それじゃあ、三人とも楽にしてあげましょうね。かたわれがお世話になったようだし、手短に済ませてあげるわ」
光希は雄叫びを上げると、身体の自由を取り戻した。
「あら、やる気になったの?」
ラマシュトゥはかまえなおしたが、光希は剣を捨てた。
「なによ? 丸腰だからって容赦しないわよ?」
「いいこと思いついたのさ」
光希は紋章を描くと、木刀を取り出した。
「なんの真似よ?」
「おまえごとき、これで十分ってことさ」
ラマシュトゥのこめかみがピクピク震える。
「なめるな!」
二刀が切り裂いた剣圧だけで木刀は粉々になった。
「隙あり」
怒りにまかせた一撃は多少大振りになった。光希はラマシュトゥに背後から抱きついていた。
「ちょ、ちょっと……何考えてるのよ……」
ラマシュトゥは顔を赤らめてモジモジする。
「俺が悪かったよ。君は最初からパーフェクトな女の子だったんだ。エヴァなんかよりずっと大好きだよ。だから、もうそんな怖い顔しちゃだめだ」
「う、うそよ……あなたはエヴァみたいな無邪気で純情な女の子が好きなんだわ」
光希はかまわず、唇を耳にくっつけるほど寄せて、低い声で囁く。
「大好きだよ、ラマシュトゥ。愛してる」
ラマシュトゥはフニャフニャになって二刀を落とし、地面にへたり込んだ。光希はへばりついて離れず、歯の浮くようなセリフを連発した。
「……光希君。……サッちゃんが好きなのはわかるけど、エヴァより愛してるっていうのは余計じゃないかな?」
背後で強大なオーラを燃やす美希がいた。睡眠の魔法が解けたようだ。
「み、美希ちゃん……起きたの? いや、もちろん君も大好きだよ。だけど、今回は親子なわけだし……」
「光希君が秩序になったら、あたしと結婚できるようにルールを変えてくれると期待してたのに……ひどい……」
光希は美希に手招きして、ヒソヒソ話をした。
「あ、そっか」
ラマシュトゥは光希を心配そうな目で見る。
「やっぱりエヴァがいいんでしょう? 愛してないなら優しくしないでよ……」
まるで悪いホストにはまる貢ぎ女のように頼りなくなったラマシュトゥ。光希は髪を撫で、甘く口付けたりしながら、ふやけた言葉を紡いでいる。美希とラファエルは「やってられない」と、辺りを偵察に行った。
「俺はずっとサッちゃんを愛してきたけど、何か足りないと思っていたんだ。ラマシュトゥ、君が完全な君になったように、俺の愛もいま完全なものになったんだよ」
ラマシュトゥは茹で上がった顔をして、光希の腕に『の』の字を書く。
「君と言う名の宝石を銀河の星々の中に落としてしまった。その絶望がわかるかい? でも、君はどんな星よりも光り輝いて、俺に示してくれた。『わたしはここにいるよ』って。君は幾億の星々の中から探し出した俺だけの宝物さ。だから君をもう永遠に放したりしないよ」
ラマシュトゥは突如、足をジタバタさせて笑いだした。
「あなた、どこでそんな恥ずかしいセリフ覚えたの? ひょっとして自作? 即興でそんなこと言うほどロマンチックな人だったのかしら?」
こんどは光希が顔を赤くする番だった。ラマシュトゥの表情がいつのまにかサッちゃんのそれに変わっていたのに今さら気付く。
「べ、べつに、サッちゃんにだって同じことを言えるさ。嘘を言ったつもりはないよ」
「そ、そう……」
サッちゃんはまんざらでもない顔をする。
光希が集合をかけて二人が戻ってくる。サッちゃんは三人に状況を語った。
「心の整理がついたわ。リリスとは無事に和解した。サキュバスとリリスの心が混じり合って一つになったけど、今まで通りサッちゃんと呼んでね」
サッちゃんが天を指差して夜の魔法を消すと、エレベーターが見えた。四人はエレベーターに乗って、さらに上の階を目指したのだった。