5-2
転送装置を抜けると、幸運の樹が規則的に並ぶ平原に出た。エレシュキガルが言ったとおり、農場のための星だった。
「たぶん、あそこだろうな」
平原にぽつんとたたずむ塔があった。細長い三角形を組み合わせたような、未来的なデザインの塔だ。
「リリンがいっぱいいるけど、大丈夫みたいね」
リリン達はあちらこちらで樹の世話をしているようだ。オーバーオールを着て麦わら帽子をかぶり、光希達に気付くと空に向かって手を振ったりする。のどかな光景だった。
「なんだか拍子抜けしちゃいますね。一見すると、彼等が酷い搾取を受ける労働者だなんて、嘘みたいです」
「でも、リリスやエンリルにとって都合が悪くなれば、雷の一撃で消されてしまうのよ」
サッちゃんはまだ険しい顔を保ったままだった。
――塔までは結構な距離があった。間近で見ると相当に高い塔である。
「さて、ここからが難関ってとこかな?」
光希を先頭にして、注意深い足取りで進む一行。塔の入り口は自動ドアであった。中に入るとヒンヤリと涼しく、外が暑かったのだと気付かされる。
「いらっしゃいませ」
自動ドアから真っ直ぐ進んだ先、一階フロアの中心には受付カウンターがあった。
「リリス! ……じゃないのか?」
カウンターの中でにこやかに会釈している女は、ピンクの髪、赤い瞳だったが、よく見れば顔が違った。それでも、どことなく面影がある。
「リリスにご用でしょうか? アポはとられてますか?」
「いいえ、ありません」
柔らかな物腰でおっとりした口調で問われると、光希は飲まれてしまう。とても、「いいから案内しろ」と剣で脅すような真似などできない。
「わたしはリリスの身内なんだけど、会わせてもらえないかしら?」
受付嬢はサッちゃんの顔をじっくりと見る。
「ほんと、あなたリリスそっくり……はっ、すみません、あんまり似ていらっしゃるので」
受付嬢は顔を真っ赤にしながら、内線電話の受話器をとった。
――受付嬢に案内されるまま一行はエレベーターに乗り、三十八階で止まる。光希達が降りると、受付嬢はお辞儀をしてドアを閉じ、戻っていった。
「なんだか、凄いところです」
エレベーターから降りたはずなのに、そこはビルの中という感じではなかった。薄暗い空と、ジャリジャリした大粒の砂の荒野だった。どこまでも続く荒野の奥から、またしてもリリスのような女が高速で飛んでくる。
「こちらです」
一行は翼を出して女に続く。
しばらく飛ぶと、女は突然振り返り、何か仕掛けようとした。
「まあ、こんなことだろうと思ったぜ」
光希がゲンコツをはって止めると、ラファエルがオーラのリングで捕縛した。
ラファエルに槍を突き付けられ、女はそのまま先頭を飛ぶ。そこに無数の矢が放たれた。
「おい、仲間とか関係ないのか?」
女はあっという間に矢だらけにされ、落ちていった。一行はそれぞれの武器を手に、矢を落としたりさばいたりして進んだ。
横一列になって弓を引き続けるのはリリン達であった。その中心付近には幾人かの女達が見える。
「うるさいトカゲどもだ!」
光希は剣で増幅させたオーラを左から右へ放ち続け、弓矢部隊を焼き払う。美希は女達をめがけてロケットを発射した。
着弾とともにラファエルが突撃する。ロケットの爆発で吹き飛ばされた女達が、それでもなおラファエルを取り囲む。四肢のいずれかをなくしている者もいたが、気にとめる様子もない。
「自我が希薄とは、こういうことですか……」
這いつくばってでも攻撃してくる女達をラファエルは気味悪く思った。思いつつも、槍をかまえ、コンパスのようにくるりと舞って、女達に引導を渡した。
「やはり、こけおどしは通用しないわね」
空からリリスが降ってきた。
「腕はもういいようですね」
「おかげでエンリル様に叱られたわ。近頃要求が多すぎるって」
リリスは愉快そうに笑う。これから四対一の戦いになるというのに、ケラケラと笑い続けている。
「ごきげんよう、皆さん。惑星ニビルへようこそ」
全員が揃うのを待って、リリスはスカートをつまみ、会釈をした。
「なんだこいつ、酔っぱらってるのか?」
「酔ってなんかいませんわ、エンキ様。わたしはここであなた達を倒さなくてはなりませんの。それぐらいの役目も果たせないなら、うざいから死ねって言われてしまいましたの。……ラストチャンスですのよ」
自業自得とはいえ、エンリルとエンキ、二人の巨神に挟まれてつらい思いをしているのだ。ついついしんみりと、同情の眼差しを向けてしまう一同。
「ねえ、それならわたし達と一緒にエンリルを倒しましょうよ」
サッちゃんは自らの分身に微笑みかける。
「……いいの? わたしはずっとエヴァをいじめてきた意地悪な女なのに」
美希はため息をつきながらも、
「済んじゃったことだし、気にしなくていいよ」
と、リリスの肩に手を置く。
「なんて優しい人達なの……これが愛というものなのかしら……」
「そうかもしれないわね……」
サッちゃんはリリスを抱き締めた。リリスも抱き返して、再会の涙を流す。
「……立派に育ったわね。……これでわたしは完全になれる。……あなたがお人好しで助かったわ」