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硬直した一同を見て、エレシュキガルは噴き出した。
「でも、わたしだって鬼じゃないのよ。他ならぬミカエルの仲間ですもの、そんなひどいことはしないわ」
ほっとする三人だったが、ラファエルはふんっと鼻を鳴らす。
「女神エレシュキガル、ここに残るのはわたしだけで十分でしょう? この三人は帰してあげてください」
「やだ」
エレシュキガルは即答した。
「お友達は大勢いたほうが楽しいじゃない。こうしてのこのこ集まってきたのだって、エンリル神のお導きなのよ、きっと」
光希が頭を抱えてうずくまる。
「エンリル……嫌な名前だな……でも、不思議と懐かしい。……エンリル……兄さん?」
エレシュキガルは、しまったという顔をして光希を見る。
「なによ、この子ってばまさか……神性も持ってないくせに……あれ、持ってるの?」
光希はウンウンうなって思い出そうとする。エレシュキガルは後ずさりを始める。
「なるほど、俺はそんなに偉い神様だったか。神性とかなんとか、超越しちゃってるようだな、本来」
エンキ神の記憶を取り戻した光希は、エレシュキガルにゲンコツをはった。
「い、いやだわ、エンキ様だったのね。神性を隠してくるなんて人が悪いわ」
エレシュキガルは頭を押さえて涙目になりながらも、必死に愛想笑いする。
「と、いうわけで、ラファエルちゃんは返してもらうからな。しっかり留守番しとけよ、エレシュキガル」
かっかっかと偉そうに笑って背を向ける光希、一緒に出ていこうとする一同。
「やだやだやだ! また一人ぼっちなんて絶対やだ!」
エレシュキガルは女神の威厳などそっちのけで駄々をこねた。ラファエルがちらりと振り返る。その瞬間。
「帰さないもん」
エレシュキガルはラファエルに飛びついて額にキスした。額に怪しげな蝶の紋章が浮かび上がって紫に光り、やがて薄い色のタトゥのようになった。
「おまえ……呪ったのか?」
光希は再度エレシュキガルにゲンコツをはる。
「もうラファエルは永遠にここから出られないもんね! 残念でした!」
エレシュキガルはそう言い残して城の奥へと走り去った。
ラファエルは額を押さえて呆けている。
「なんてことを……」
光希は壁を殴りつけた。
「呪いって、そんなにひどいことなの?」
美希が心配そうに訊ねる。
「あいつの言ったとおり、ラファエルちゃんは永遠にここから出られない。エレシュキガルを倒せば呪いは解けるだろうが、冥界神を倒したら世界の秩序が根こそぎひっくり返る。死者の魂が解放されれば肉体をめぐっての椅子取りゲームで、世界じゅうが修羅道になってしまうんだ」
ラファエルは美希の両肩に手を置いて、ニッコリ微笑んだ。
「こうなったら仕方ないです。わたしはあのわがまま女神様と暮らします。ご機嫌取りをしたらいつか呪いを解いてくれるかもしれません。ミカは神性を持っているのだから、たまに遊びにきてくださいね」
「やだよ、そんなの。ラファエルを置いていくなんて出来ないよ……」
二人は抱き合って涙を流した。
「まてよ……俺はエンキでリリスとエヴァは俺の嫁、元はと言えば俺の分身……つまり、神だ」
光希は美希とサッちゃんの額に手を当てる。
「かなり古い記憶だから手伝いが必要かもしれないが、思い出してみてくれ」
二人は目を閉じ、光希の手が金色に輝いた。二人は元々エンキ神のあばら骨から作られた一心同体。太古の記憶を目まぐるしく思い出し、二人はリリス、エヴァの記憶を取り戻していった。
「つまり、サッちゃんも美希ちゃんも生まれつき神性を持っていたんだ。それを忘れていただけのことだったのさ」
美希は略式の儀式を開いてラファエルに天界の神性を渡す。エヴァとしての神性があるから、ダブっていたのだ。
光希は何もない空間に手を突っ込んで、エレシュキガルを引きずり出した。
「ちょっと! なにするのよ!」
「まあ、話を聞け。おまえにもわかると思うが、俺達は全員神性を思い出して、天界の神性はラファエルちゃんに渡した。つまり、もはや侵入者として罰せられる立場ではないのだ」
エレシュキガルはツンとそっぽ向いている。
「それと、キャンバスを荒らしたことは詫びよう。だが、おまえの趣味は少し悪趣味な上に時間がかかりすぎる。そこでだ……」
光希はパソコンを物質化して立ち上げた。
「俺達の世界には面白い道具があってだな……」
「パソコンぐらい知ってるわ。わたしだって神よ? ばかにしてるのかしら?」
光希はパソコンを操作して、絵を描くためのソフトを立ち上げた。ついでに、そのソフトのテキストブックを数冊物質化して出した。
「どうせ暇してるなら、これをやってみるといい。便利だし面白いぞ」
「パソコンってなんかオタクっぽいし、描いた絵も味気ないっていうか、大体、覚えるの面倒なのよね……」
光希はさらにもう一冊テキストブックを取り出した。ボーイズラブとイケメンを愛する女子向けに書かれた本であった。半裸の王子やら執事がくんずほぐれつする様子を、ステップ形式で丁寧に解説した、いかにもアレな本だ。
「わたしをなんだと思ってるのかしら? こんないかがわしい……」
言いながらもページをめくる手が止まらないエレシュキガル。パラパラと一冊通して眺め終えると、早速絵を描き出した。
「なるほど、悪くないわね」
あっという間に一枚描き上げるエレシュキガル。
「素敵……」
「鼻血出そうです……」
サッちゃんとラファエルを虜にする一枚。まさに神のクォリティであった。
「しょうがないな、もう! ……エンキ様、あなたの誠意はわかりました」
エレシュキガルは「ごめんね」とつぶやいて、ラファエルの額を撫で、呪いの紋章を消した。
「せっかく楽しくなると思ったのに……」
寂しそうにうつむくエレシュキガル。
サッちゃんはエレシュキガルの顔をのぞきこんで問う。
「もしよかったら、ここに住まわせてもらえないかしら? どうせわたし達の家もなくなっちゃったんだし、神性と紋章があればどこに住んでいたって同じでしょう?」
「まあ、ここから通いで地球の復旧作業をすれば問題ないな。むしろ、ここはいま、どこよりも安全だろう」
エレシュキガルは思わずといった勢いでサッちゃんに抱きついた。
「ありがとう、リリス! じゃなくて、サッちゃん大好きよ!」
根は悪い子ではなかったらしい。一同はそれぞれに部屋を割り振ってもらい、各々に部屋を整えて住み着いたのだった。