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生き残った人々は高い山の山頂で避難生活をしていた。三千メートル級の山でも全滅していて、日本でかろうじて残ったのは富士山だけであった。
光希とサッちゃんはアーリマンをあと一歩のところまで追い詰めたが、そこで洪水に遭った。夜中のことだったので、眠っていた者達は助からなかった。どこからともなく襲ってきた大洪水はオーラの力を帯びていて、力を持った者でも溺死してしまうようだ。
美希、メタトロン、ガブリエルの三人も富士山に下りてきた。美希を両親に託すと、天使二人は世界の様子を見に出かけた。
「光希君、サッちゃん、ラファエルがどこに行ったか知らない? うちの様子を見に行くって下りたきり、連絡がつかないの」
光希は「ああ!」と、大声を出した。
「ごたごたしてて忘れてた。ラファエルちゃんは恐らく、コキュートスに行ったぞ」
「まさか、生きた身体で? そんなことしたら……どうなるのかしら?」
光希は目を伏せる。
「すまない、まさかあのサッちゃんもどきが神性を持った者だとは思わなかったんだ。空間の裂け目を見て初めて気づいた。そのときにはもうラファエルちゃんも飛び込んでいて……」
「そんな……。あたし、コキュートスに行ってくる!」
サッちゃんが美希の手をつかんで引き止める。
「だめよ、一人でなんか行かせないわ」
「でも、ラファエルが危ないのよ! 神性なしで生きたままコキュートスに入った人なんていないんだから! なにが起こるかわからないんだから!」
美希は手を振りほどこうともがいたが、サッちゃんに目をのぞかれた。サッちゃんの目が赤く光ると、美希は膝から崩れて眠りに落ちた。
「……だめだな、携帯は通じない。天界が落ちたんだから当然か。なんとかパパに連絡がつけば……」
光希はルシファの神性をバフォメットに預けてあったのである。
――美希が目を覚ますと、サッちゃんに膝枕されていた。畳の敷かれた仮設の小屋で、他にも数家族が休んでいる。
「眠って少しは落ち着いたかしら?」
温かいスープを差し出され、美希はカップを受け取る。
「ラファエルは、あたしを守るために頑張ってくれたの。自分の命よりもあたしの命を優先しちゃうような子なの。後先考えずに突っ走るから、放っておけないのよ」
「そうね、でも、それは美希ちゃんも人のこと言えないんじゃないかしら? あなたにもしものことがあれば、ラファエルちゃんの苦労が水の泡になるわ」
美希はサッちゃんの目を真っ直ぐに見て言った。
「だからといって、放っておけない。もう天界も無くなっちゃったんだし、あたしは一人の女の子として、親友を助けに行きたいの。あたしはもう天使長でもなんでもないのよ」
サッちゃんはちょっと困ったように微笑んだ。
「そんなことを言ってるんじゃないのよ。わたしと光希君はね、あなたの親なの。あなたが大事なの。あなたが危険な目に遭うぐらいなら、わたし達が身代わりになると言ってるのよ。どうしても行くなら、わたし達も連れて行ってもらうわ」
光希が小屋に入ってくる。
「だめだ、やっぱりパパと連絡がつかないや。あの『つえー俺様』に限って死ぬわけないとは思うんだけどな」
「そう……仕方ないわね」
光希とサッちゃんは見つめ合って、無言でうなずいた。
「やっぱり二人を巻き込めないわ。無理しないから!」
美希は小屋を飛びだし、指先にオーラをためた。その指先で空間を引き裂き、コキュートスへの入り口ができる。
「遅いわよ」
「うんうん、美希ちゃんはおっとりしてるからね」
あっさり追いついてきた両親は、さっさとコキュートスに入ってしまった。
「ちょっと~、ほんとに危ないかもしれないんだよ~?」
美希はブツブツ言いながらも、両親に続いたのだった。