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メタトロンとガブリエルが買い出しから戻ってきて、美希とラファエルはカレー作りをした。大人の二人は湖に足をひたしてキャンプチェアに座り、ビールでくつろいでいた。
「ラファエル、お芋切らないで入れたの? あ、ニンジンもタマネギも丸ごと入ってる」
「まな板が見当たらなかったので、丸ごとです。煮えれば柔らかくなるから平気です」
「もう、横着しないの。こっちはいいから、ご飯のほう見てて」
美希はまな板を物質化して具をすくい上げ、カットして入れ直した。
「今日は戦ったから、アマランサスたっぷり入れましょう。あ、大変です、噴きこぼれてます」
ラファエルはオーラで手を保護しつつ飯ごうを火から下ろし、蓋を開けた。天界アマランサスという、食べればオーラになる穀物をドサッと足して、火にかけ直した。
「こんどは弱火だから大丈夫です」
ラファエルもクーラーボックスから缶ビールを取り出して開けた。
「ミカも飲みますか? よく冷えてますよ」
「やめとく。ラファエルだって見た目は中学生なんだから、地上に帰ったらやめなさいよ?」
「わかってまーす。ミカはちびっ子のくせにママみたいですね」
「誰がちびっ子ですって?」
ラファエルは顔のパーツをギュッと真ん中に寄せて、憎たらしい顔をした。
「あはは、面白い顔。……あれ、火が消えてない?」
ラファエルは慌てて確認し、火をつけなおした。
「全然沸いてきません。冷めちゃったようです」
ラファエルはバルブをひねって強火にした。
「から酒はおいしくないです。なにかお菓子でも……」
食料の入った段ボールを漁る。見つけたスナック菓子を二袋手に取り、ガブリエル達に一袋渡そうと歩いていく。そして、ラファエルはお喋りに夢中になってしまった。
「あれ、焦げくさい」
美希が気付いたときには、焦げ焦げとベチャベチャが層になった大失敗ご飯が出来上がっていたのだった。美希はやれやれとため息をつきながらも、代わりのご飯炊きに取りかかった。
「ごめんなさい、ついつい話し込んでしまいました」
ラファエルが帰ってきたときには、カレーとご飯、サラダまで出来上がっていて、あとは盛りつけるだけだった。
「上手く炊けましたね。わたしだってやれば出来るんです。料理なんて簡単、簡単」
ビールのせいか、少しハイテンションなラファエル。美希は真っ黒焦げの飯ごうを指差して示す。
「ラファエルはそっち食べてね。お米もアマランサスも無駄にしちゃだめよ」
ラファエルは恐る恐る蓋をはずして、げんなりした顔になった。
「これはひどいです。炭のにおいがします。上のほうはお粥になってます」
「……まあ、ラファエルにご飯任せたのが無謀だったわ。みんなでちょっとずつ分担しよ」
美希が盛りつけを始め、ラファエルが「出来ましたよ~」と呼びかける。
完璧に整ったテーブルを見て、ガブリエルは上機嫌そうに言った。
「あら、ミカが全部作ってくれたの? 上手く出来てるじゃない」
「ラファエルもミカに教えてもらって上手くやったんじゃないですか? 決めつけてはかわいそうです」
フォローに回ったメタトロンだったが、黒こげの飯ごうを発見して笑いだした。
「なるほど、こういうわけでしたか。でも、ラファエルにはラファエルの良さがあります。女の子だから料理が得意でないといけないなんて、古い考え方ですよ」
「そうね。ラファエルは元気と豪快さが売りだし」
ラファエルは口を尖らせてみせる。
「それじゃあまるで、がさつな馬鹿女みたいです」
美希はラファエルの背を押してうながし、座らせた。
「そんなことない。ラファエルは優しいし魅力的な女の子だよ。ほら、冷めちゃうから食べよ?」
味も上出来だった美希の料理とラファエルの失敗ご飯を食べ比べ、からかったり慰めたりで賑やかな食事だった。食事のあとに花火などして遊んだあと、二人ずつにわかれてテントに入ったのだった。
ラファエルはなかなか寝付けずに、テントの外に出た。美希は気持ちよさそうに寝息を立てているが、メタトロンとガブリエルはまだ小声でお喋りしているようだ。
「ちょっとお散歩してきます」
「暗いから気をつけるのよ」
ラファエルは人差し指の先にオーラを点してぶらぶらと歩いた。少し歩くと木製の桟橋があって、その先端に体育座りした。
十字を切ってクマのぬいぐるみを取りだし、膝の上に乗せて向かい合う。
「わたしは役立たずのだめな子です。ヤハウェ爺ちゃんがいた頃は、みんな爺ちゃんがやってくれて、わたし達は無邪気な子どもでした。でも、今はみんな大人みたいです。わたしはちょっと寂しいです」
古ぼけたぬいぐるみの頭を撫で、ギューッと抱き締める。
「わたしは泣きません。熾天使一の勇猛な戦士です。爺ちゃんが認めてくれた最強の戦士として、爺ちゃんの大事なミカを守り抜きます」
噛みしめていた唇がワナワナと震え、ひとしずくの涙がこぼれ落ちた。
「でも、やっぱり、ちょっとだけ羨ましいです。ミカはちっこくて、可愛くて、みんなから愛されて、なんでも器用にこなす天界一の人気者です。わたしもあんな風に大事にされてみたいです。女の子らしくしていたいですよ」
ラファエルは突如、背後に気配を感じて振り向いた。しかし、誰もいない。
「……爺ちゃん? ……そんなわけないですね」
十字を切ってぬいぐるみを戻し、槍を引きずり出す。
「出てきなさい。またミカを狙いにきましたか?」
確かに感じる殺気。しかし、見回しても姿がない。
ラファエルは指先のオーラを消した。辺りが真っ暗になる。
「そこですね!」
桟橋に槍を突き立てる。すると、桟橋をすり抜けて人影が飛びだしてきた。
闇の中に輝く真っ赤な瞳。紅蓮の炎をまとった二刀流。ピンクの髪に夢魔の翼。
「サッちゃんママ……?」
ラファエルは後ずさりしながら、槍で二刀をさばき続ける。
「エヴァの周りにはいつも護衛がいて、邪魔くさいったらないわ。目障りだから死になさい」
「また『エヴァ』ですか。あなたは一体何者です?」
問答無用で女は仕掛け続ける。桟橋のあとがなくなって、ラファエルは翼を出した。
「答えたくないなら結構です。たとえサッちゃんだとしても、ミカを狙うなら許しません」
ラファエルは槍を風車のように回して防御しつつ、左手にオーラをためて放つ。女はそれを弾こうと一瞬気を取られた。そこを足払いで転ばせ、胸元に槍を突き付ける。
「捕縛」
女を拘束するためにオーラのリングを発生させる。しかし、女は目の前から消えて、桟橋の下からドボンと音がする。
「壁抜け? なるほど、夢魔術ですか」
女は黒ロリータの衣装から湖水をしたたらせて、再度ラファエルに襲いかかる。
ラファエルは防御しつつ、あることに気付いてハッとした。
「細身の剣による滅多突き。ミカの顔見知り。地上人が天使長を殺すなど誰も考えが及ばない。……おまえがミカを殺したな!」
ラファエルの中で何かが弾けた。爆発音とともにラファエルのオーラが暴走し、天を貫く光の柱になった。ブロンドのツインテールはほどけ、髪が逆立ち、憤怒の表情で女をにらみつける。
あまりの剣幕におののいたのか、女は後ずさりする。桟橋の継ぎ目につまずいて尻もちをついた。
「リリス、お逃げください!」
ラファエルと女の間にリリンが飛び込んできた。リリンはラファエルの怒り狂ったオーラだけで焼かれ、蒸発してしまった。
「お、おぼえてなさい!」
女は桟橋をすり抜けて水中に逃げた。ラファエルが桟橋ごと槍で貫くと、手応えがあった。ラファエルのオーラによる一瞬の白夜がおさまり、水面には木っ端微塵に砕け散った桟橋の破片と、肩からちぎれた左腕が浮いていた。
「ラファエル、なにがあったの?」
爆発音を聞きつけたのか、ガブリエルが飛んできていた。
ラファエルは猛り狂ったオーラと呼吸をなんとか抑えると、拾った左腕をガブリエルに見せる。
「うわ、きっついわね。この腕の持ち主に襲われたの?」
「はい、サッちゃんママそっくりな女が襲ってきました。あいつが前世のミカを殺した犯人のようです。リリスと呼ばれていました」
ガブリエルは天界警察に連絡を入れ、十字を切って腕を送り届けた。
「ちょっと大沢家を見てきます。ミカから絶対に目を離さないでください」
ラファエルはそう言い残して十字を切り、地上に降りたのだった。