第3章 闇に躍る商人たちと、戦の本質
夜の関宿城は、昼とは別の顔を見せる。
城下の喧騒は遠のき、川面には月明かりが揺れていた。
だが城の中では、なお密やかな動きが続いている。
櫓の一室。
蝋燭の炎に照らされた高助の前に、数人の男たちが座していた。
米問屋。
絹商人。
鉄を扱う豪商。
そして諸国を往来する廻船問屋。
表向きは商人だが、その実、関東の物流を動かす「もう一つの軍勢」である。
「公方様が、また兵を動かされるそうだ」
高助の言葉に、男たちの表情がわずかに引き締まった。
「どれほどで?」
「三千とも、それ以上とも」
「兵糧は」
「足りぬ」
その一言に、男たちの目が鋭く光った。
兵糧不足。
それは彼らにとって、戦の知らせであると同時に商機の到来でもあった。
「下総から千石ほどは集められましょう」
「常陸からも同程度は」
「武蔵の米も手配できます。少々高くつきますが」
声が次々と上がる。
高助は黙って聞いていた。
どこの米を、いつ、どれだけ動かすか。
その組み合わせは、すでに頭の中で出来上がっている。
三千の兵を養う程度なら難しくない。
「だが、公方様は利を払われますかな」
一人の商人が慎重に問うた。
高助は静かに頷く。
「払わねば兵は動かぬ。公方様もその理は承知しておられる」
男たちの口元が緩んだ。
戦乱は人を苦しめる。
しかし同時に莫大な富も生み出す。
彼らはそれをよく知っていた。
「ただし」
高助が口を開くと、座は一瞬で静まり返った。
「足元を見るな」
男たちの背筋が伸びる。
「公方様を食い物にすれば、いずれ我らも食い物にされる」
静かな声だった。
しかし誰も逆らえない。
「関宿の信用を失えば、商いそのものが終わる」
男たちは深く頭を下げた。
「承知しております」
「関宿の名は汚しませぬ」
高助は満足そうに頷いた。
「米の手配、舟の手配、公方様への取り次ぎ――すべて簗田の名で行え」
「はっ」
商人たちが退出すると、部屋には再び静寂が戻った。
高助は窓辺へ歩み寄る。
月明かりに照らされた川を、数艘の舟が静かに進んでいた。
「晴助」
「はい」
「戦とは何だと思う」
突然の問いだった。
晴助は答えに詰まる。
「刀を抜くことでしょうか」
「違う」
「旗を揚げることでしょうか」
高助は首を振った。
そして川を指さした。
「見よ」
闇の中を舟が進む。
「米が流れておる」
晴助は黙って耳を傾けた。
「兵は米を食う。馬も米を食う。米がなければ戦はできぬ」
高助は続ける。
「戦とは、米の流れを変えることだ」
晴助は息を呑んだ。
父の見ている世界は、自分のそれとはまるで違う。
「私は……もっと関宿を学びます」
高助は振り返らぬまま、小さく頷いた。
その仕草だけで十分だった。
夜更け。
城内には一本の灯りだけが残っていた。
その下で、高助は静かに算盤を弾いている。
パチ。
パチ。
米の量。
舟の数。
関銭の額。
公方への貸付。
数字は彼の指先で組み替えられ、新たな力へと変わっていく。
遠くで犬の吠える声がした。
どこかでまた、小さな戦が始まっているのかもしれない。
だが高助は顔を上げない。
彼の戦場は、野でも城壁の外でもなかった。
関東を流れる無数の川。
その上を行き交う舟。
そして、人と金の流れである。
算盤の珠を弾きながら、高助は小さく呟いた。
「戦とは、金の流れよ」
パチ。
「金の流れを握る者が」
パチ。
「戦を握る」
その言葉は静かに闇へ溶けていった。
しかし、その見えぬ糸はすでに関東中へ張り巡らされていた。
そして、その糸の中心には――簗田高助という一匹の蜘蛛がいた。




