第1章 関宿、銭の湧く城
享徳の乱よりこのかた、関東の平野は戦の炎に焼かれ、泥濘と化していた。
どこの村を見ても、焼け落ちた屋根、荒れ果てた田畑、朽ちかけた塀が目につく。
人々は、いつまた兵が押し寄せるかと怯えながら、細々と種をまき、その実りを奪われる日を待つしかなかった。
戦乱とは、兵どもが刀を振るうだけのものではない。
その背後で、名もなき百姓たちの暮らしが、静かに、しかし確実に削られていく――それこそが本当の戦の姿だった。
室町幕府が送り込んだ鎌倉公方は古河へ落ち延び、「古河公方」となった。
だが関東の国人たちは、格式ばかり高く実権の乏しい公方を担ぎ上げては、内紛に明け暮れていた。
表向きは「公方様」と敬われながらも、その実権は各地の国人衆の手に握られている。
彼らは公方の名を借りて縄張りを広げ、睨み合い、結びつき、そしてまた裏切った。
関東の平野は単に戦場として荒れたのではない。
権力の綱引きによって、無数の思惑に引き裂かれていたのである。
その混沌たる関東平野の要に、関宿城はあった。
利根川と常陸川、二つの大河が交わるこの地は、関東中の物資を積んだ舟が集まる水上交通の要衝であった。
春には雪解け水が流れ込み、夏には濁流が田畑を潤す。
秋になれば収穫された米や大豆、麦が舟に積まれ、下流へと運ばれていく。
ここを押さえる者は、関東の血流を握る者。
そう言われても決して大袈裟ではなかった。
城主・簗田高助は、城の櫓から眼下を行き交う無数の高瀬舟を眺め、細い目をさらに細めた。
風が吹き抜けるたび、帆がはためく。
櫓を漕ぐ音がかすかに聞こえ、遠くからは船頭たちの掛け声や荷役人夫の怒鳴り声、ときおり笑い声までもが運ばれてくる。
それらすべてが、高助の耳には「銭の音」に聞こえていた。
「武士どもは土地を奪うために血を流す。愚かなことよ」
低く漏らしたその声は、板張りの床に吸い込まれるように消えた。
しかし背後に控える若い男の耳には、はっきりと届いていた。
「土地など、凶作になれば一文の得にもならぬ。だがな、晴助」
高助は振り返る。
そこには、元服したばかりの嫡子・晴助が立っていた。
晴助の手元では、関銭として集まった金銀が鈍く光っている。
それは米俵や絹布、塩、鉄、薬種といった諸国の品々が、関宿を通るたびに少しずつ削り取られ、その姿を変えたものだった。
「舟は腹が減っても動く。人が生きる限り荷は運ばれる」
高助は窓の外へ視線を戻した。
「この関宿を握るということは、関東の血流を握るということだ。刀を抜く必要はない。ここに座し、糸を引けばよい」
高助の戦場は、野ではなかった。
彼は甲冑をまとって馬を駆ることはほとんどない。
だが関東のどこかで兵が動けば、その背後には必ず簗田高助の影があった。
古河公方家が足利高基と足利義明の兄弟に分かれ、骨肉の争いを始めると、高助は迷わず高基の側へ近づいた。
兵を出したわけではない。
兵を動かすための兵糧を整え、大義名分を用意し、公方の耳元で囁くのである。
――簗田に任せれば、すべてが整いまする。
その囁きはやがて現実となった。
いつしか古河公方は、簗田高助の知略と財力なくしては、一日たりとも政務を執れぬほどになっていた。




