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【完結】空港清掃員58歳、転生先の王宮でも床を磨いたら双子に懐かれ、国王に溺愛される  作者: 木風


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第四話

季節が変わり、エルシアが王宮に勤めて半年が過ぎたころ。

社交シーズンの舞踏会に、王宮に招待された貴族の中にアルベルトとジュリーの姿があった。

二人はすでに婚約しており、仲睦まじく連れ立っていたが、アルベルトの顔には微妙な疲労の色があった。


理由は周囲の貴族たちなら皆知っていた。

ジュリーは可愛いが、その可愛さを維持するために夫になる男に要求することが多すぎた。

アルベルトは婚約してから半年で「思ってたのと違う」という表情を覚えた。


舞踏会の会場に、エルシアが双子を連れて現れたとき、アルベルトは固まった。

エルシアは、相変わらず涼やかな顔をしていた。


正確に言えば、以前より格段に血色が良く、表情が柔らかくなっていた。

双子が両脇にぴったりついて


「エルシア見て見て!」

「リア様、落ち着いてください」

「でも見て!」


などとわいわいやっているのが、遠目にも楽しそうだった。


「……エルシア嬢?」

「あら、アルベルト様」


アルベルトの声に、エルシアは特に感情を動かした様子もなく振り返った。


「お元気そうで何よりです。ジュリーも」

「あ、あの、今何をされているんですか? 王宮に勤めているとは聞きましたが、まさか清掃員とか……」

「双子殿下の世話役兼、宮廷清掃主任監督です」

「せ……清掃……?」


リオン王子がエルシアのスカートを引いた。


「エルシア、あのひとだれ」

「昔の知り合いです」


「ふーん」リオンはアルベルトを一瞥してから「エルシアのほうがいい」と言って話題を終わらせた。

五歳の評価は容赦がない。


そこへ、この場で最も場の空気を変える人物が現れた。

国王グレード・ロゼリウスが、エルシアの隣に立った。


舞踏会の会場が静まりかえった。

国王が社交の場に出るのは久しぶりだったし、その国王が自分から誰かの隣に立ったのを、誰も見た記憶がなかった。


「エルシア、リアがドレスの裾を踏んで転びそうになっている」

「リア様、落ち着いて歩きなさいと言いましたよね」

「だってドレスが長すぎる!」

「それはあとで詰めましょう。とりあえず今は裾を少し持って歩きなさい」


なんとも家庭的なやり取りが、王宮の舞踏会で繰り広げられた。

アルベルトは自分が今何を見ているのか理解するのに数秒かかった。

その間に、国王がアルベルトに気づいて軽く目線を向けた。


「この男は?」

「私の元婚約者で、ヴァルター伯爵家の嫡男、アルベルト様です」

「……ああ」


国王の声のトーンが、微妙に変わった。下がった、というより、温度が抜けた。


「エルシアを追い出した方か」

「あ、陛下、それは私が勝手に出ていったのであって」

「令嬢を婚約破棄して実家を追われる原因を作った、という事実は変わらない」


エルシアが「陛下」とたしなめても、国王は涼しい顔だった。

アルベルトの顔が青くなり、赤くなり、また青くなった。


「も、申し訳ありません、陛下……」

「私に謝る必要はない。謝るなら彼女に」

「エ、エルシア嬢……本当に申し訳」

「気にしていませんよ」


エルシアは本当に気にしていない顔で言った。幸子として五十八年生きた心は、この程度のことで揺れない。


「あなたのおかげで今の仕事に就けましたし、双子殿下にも出会えました。結果的には良かったと思っています」


それが建前ではなく本音だとわかるだけに、アルベルトはかえって参った。

自分が切り捨てた相手が、切り捨てられたことをプラスに変えて、国王の傍らに立っている。


隣でジュリーが蒼白になっていた。

自分が地位を奪った姉が、今や国王に厚遇されているという現実が、これほど明確に突きつけられるとは思っていなかったのだ。


「姉さん、私……」

「ジュリーも元気そうで良かった」


エルシアは妹を見て、ただそう言った。

恨みも、勝ち誇りも、そこにはなかった。

ただ、以前よりずっと自分の人生を生きている人間の、落ち着いた眼差しだけがあった。

それがジュリーには、どんな言葉より堪えた。


その夜、舞踏会が終わってから、国王はエルシアを呼び止めた。

双子はすでに寝かしつけてあった。寝かしつけもエルシアの仕事になっていた。

気がついたら世話役の範囲が随分広がっていたが、エルシアは特に異議を唱えなかった。


「今日はすまなかった」

「何がですか」

「余計なことを言った。お前が気にしていないというのはわかっていた。それでも言わずにいられなかった」


エルシアは少し考えた。


「陛下が私のために怒ってくださったということですか」

「……そうなるか」


国王は窓の外を見た。月が出ていた。


「エルシア、お前は王宮に来てから何ヶ月になる」

「七ヶ月です」

「その間、一度も弱音を吐くのを聞かなかった」

「それは陛下も同じでは」

「俺は吐けないから吐かないんだ。お前は吐かなくても平気そうに見える」

「強いわけではないですよ。ただ、一人で泣くのは部屋でやるようにしているので」


国王が振り返った。


「泣いているのか」

「たまには」

「何を」


エルシアはしばらく黙った。幸子の記憶の中の、空港のベンチで独り座っていた夜のことを思った。

結婚に失敗した後の、誰にも言えなかった静かな悲しみを、苦笑いで胡麻化す。


国王は何も言わなかった。エルシアも続けなかった。

しばらくの沈黙の後、国王が言った。


「リオンとリアが、エルシアをお母さんと呼んでいいか?と聞いてきた」


エルシアは目を瞬かせた。


「……それは陛下が決めることでは」

「俺の意見を聞いているんじゃない。お前の意見を聞いている」

「私の?」

「お前さえよければ、俺は許可を出す。ただ……」


国王が、珍しく言葉を選ぶように間を置いた。


「母と名乗らせるなら、正式にその立場にしてもらわなければならない。清掃員という立場では、いろいろと困る」


エルシアは少しの間、その言葉の意味を処理した。


「それは……」

「回りくどかったか。プロポーズだ」

「……掃除中でもないのに、随分と唐突ですね」

「掃除中の方が良かったか」

「いいえ」

「その……泣くのなら、俺の胸で泣いてほしいと思ってしまったんだ」


エルシアは少し笑った。幸子の記憶が、五十八年のいろんなことを走馬灯のように流した。

不妊での離婚、ひとりの清掃の日々、トラックに跳ねられた朝、前世の記憶が戻った誕生日の朝、双子が泣いていた廊下の暗がり。

全部あって、今ここに立っている。


「お受けします、陛下」


一年後。

王妃となったエルシアは、大きなお腹を抱えながら、相変わらず王宮の廊下をときどき自分で磨いた。


最初は侍女たちが仰天したが、すぐに慣れた。

エルシアが磨いた廊下はどこか違う、と言う者が多かったからだ。


双子はようやく「お母様」と呼ぶようになった。

ふいに呼ばれた日、エルシアは一人になってから少し泣いた。

幸子として持てなかった子の分も、ちゃんと泣いた。


アルベルトとジュリーは、翌年に婚約を解消した。

理由は「性格の不一致」と発表されたが、実情を知る者はみなそうだろうな、と思った。

ジュリーはその後、領地に引っ込んで大人しくなったと聞いた。エルシアは特に何も感じなかった。


清掃主任監督のドラン老人は、エルシアが王妃になってからも変わらず毎朝廊下の点検をした。


「王妃陛下が磨いたところは満点です」


と毎回言うので、国王が若干複雑な顔をした。


王宮は、以前より明るくなったと誰もが言った。

光の入り方が変わったからかもしれないし、笑い声が増えたからかもしれない。

エルシアは――幸子は、朝の廊下に差し込む光が床に反射するのを見て、毎日思った。


磨けば、ちゃんと光る。

人も、場所も、人生も。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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― 新着の感想 ―
仕事から帰ったら正しい四話が読みたいです。 楽しみにしています
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