第44話 看病
「なに?」
タカナミとナギ、そしてミセルは事務室へと飛び込んだ。ローレンは椅子に腰かけたままテーブルに突っ伏していた。意識はない。
「ローレン!」と怒鳴ったタカナミは、ローレンの体を抱き起こすと、まず額に手を当て、次に首筋や脇に手を回し診察した。遅れてノーラが事務室に入ってくる。
「いかん、黒死病だ。ナギ、火酒と体を冷やす布を準備しろ。」
「先生、私の治癒魔法は!」ノーラが必死の声を上げる。
「だめだ、まだ早い。お前は蜂蜜の在庫を確認しろ。」
ナギとノーラはそれぞれ走り去っていった。ミセルが、冷静な声でタカナミに聞いた。
「どうだ、取り留められるか?」
「正直分からん。五分五分だろう。全力は尽くすが。」
ミセルは静かに目を閉じた。そして黙って仕事に戻っていった。
ローレンが病室に移され、ナギとノーラが処置をしていると、サトリとリーナが駆け込んできた。
「ローレン!」悲痛な叫び声をリーナは上げた。サトリは黙っている。
「ごめんなさい、私がわがままを言ったせいでこんな目にあって。」
リーナは泣いていた。そしてその声はナギとノーラの胸に突き刺さっていた。
(「私が誘ったばかりに……」「私が仕事を頼んだから……」)
てきぱきと処置を施す二人の胸中は後悔の念に駆られていた。しかし彼女らはいくつもの命を救い、いくつもの命を看取ってきた自負がある。「絶対に助ける。」という意思があった。その様子を見ていたサトリがぽつりと言った。
「リーナ、仕事に戻ろう。僕たちがここにいてもナギさんとノーラさんの邪魔になるだけだよ。」
「いやよ!お願いだからそばにいさせて!」リーナはてこでも動かない様子だった。サトリは静かに仕事に戻っていった……
それから数日、ローレンの容体は芳しくなかった。意識は戻らず、リーナの呼びかけにも反応はなかった。そしてまた数日が経った……
毎日ほとんどの時間をローレンのベッドのそばで過ごしていたリーナは疲れてうたた寝をしていた。その耳に小さなうめき声が聞こえた。リーナは跳ね起きた。ローレンの唇が何か言おうとして弱々しく動くのを確認して、タカナミを慌てて呼びに行った。
タカナミが急いでやってきた。素早く診察を済ますとリーナに言った。
「よかったなリーナ。一番危険な時期は越えたぞ。」と言うや否や大声で「ノーラ!お前の出番だ!」と怒鳴った。ノーラはすぐに駆け付けた。
「ローレンさん、頑張ってください。約束通り、私たちがあなたを救います。」と言って、ローレンの胸のあたりに手をかざして治癒魔法をかけ始めた……
それからローレンの容体は快方に向かい、とうとうベッドから上半身を起こせるようになっていた。
「リーナ、疲れたろう。俺はもう大丈夫だから宿所でゆっくり休め。」
「大丈夫よローレン。あなたが寝ている間は宿所で私も休むようにしてるから。」
「そうか……」
まだ腫れが残る患部に薄めた蜂蜜を塗るナギにもローレンは話しかけた。
「ナギさん、これを。」と言って、ナギの手のひらに指輪をそっと置いた。
「これは、俺の命を救ってくれた対価だ。受け取ってくれ。」
ナギは一瞬、言葉に詰まった。
「これは、ローレンさんに差し上げたものですよ。」
ローレンはかすかに笑い、肩をすくめた。
「俺は行商人だ。借りは作らない主義でね。こいつで帳消しにしよう。」
ナギはため息をついたが、指輪を押し返すことはしなかった。
※火酒:蒸留酒/ウィスキーやブランデーなどのことで、タカナミは消毒に使用
※蜂蜜:タカナミは腫物の殺菌と患部の保護に使用




