第39話 看護婦の懇願
※ローブ:丈の長い、ゆったりとしたガウン状の衣服
※ベール:頭部や顔を覆うための、透け感のある薄手の一枚布
※黒死病:発症すると高熱が出て、皮膚に黒い斑点が生じ、致死率の高い恐ろしい伝染病
※治癒魔法:怪我や病気を治療したり、体力を回復させたりする魔法
いつしか季節は秋の気配を帯びていた。厳しかった日差しは柔らかくなり、頬をなでる風は澄んで心地よい。街道脇の麦畑は黄金色に染まり、穂が揺れている。その街道を、風変わりな一行が西へ向かって進んでいた。先頭には白銀の鎧をまとった騎士が、ゆらりと馬を駆っている。後ろには荷馬車。男盛りの銀髪の男が手綱を握り、その横には赤い服の少女が並んで座る。荷台には二人の少年が揺られていた。
むろん、ノーマンズランドを目指すサトリたち一行だ。
先日の山賊もどきとの一件を経て、彼らの間には強い絆が生まれていた。それはまるで、一つの家族のようだった……。
麦畑が途切れると、大きな村の入り口が見えてきた。門の前では、一人の女が村人たちに何かを必死に訴えかけている。白いローブとベールをまとった看護婦だった。しかし、村人たちは頑なに門を閉ざし、押し問答が続いていた。
一行が近づくと、看護婦は横目で彼らを一瞥し、脱兎のごとく駆け寄ってきた。
「旅のお方たち、助けてください!」
彼女は悲痛な面持ちで叫んだ。
「私はナギと申します。この先の町で看護婦をしています。町は今、黒死の病に襲われ、大変なことになっています。人々は次々と倒れ、命を落としています。私たち看護婦だけでは手が足りません。お願いです、一緒に町まで来てください!」
ナギの声には、悲壮感と同時に、崇高な使命感がこもっていた。
しかし——。
「黒死病だと? 話にならん。みんな引き返して迂回しよう」
ローレンは一蹴し、すぐに荷馬車を来た方向へ戻そうとした。ミセルも黙ってそれに続く。
「待って!」
リーナが声を張り上げた。
「困っている人を見捨てるなんてできない!」
ローレンは頭を掻きながら溜息をついた。
「あのなぁ、リーナ。黒死病ってのは罹ったら半数が死ぬ恐ろしい病気だ。俺たちには目的がある。無駄に命を危険に晒すわけにはいかない」
リーナは言葉に詰まった。
そこへ、ナギが必死の声を重ねる。
「行商人さん、大丈夫です。黒死病は子供や年寄りには致命的ですが、若くて健康な人には罹りにくいと、タカナミ先生がおっしゃっていました!」
「タカナミ先生?」
ミセルが問い返す。
「遠い東の国からふらりと町に住みつき、不思議な医術を使い、人々を救ってこられたお方です」
ナギは少し誇らしげに言った。
「そんなの、治癒魔法の方がよほど効果があるだろう」
「いいえ。町には魔法使いの方々も数名いますが、患者が多すぎて治療が追いつきません。それに、タカナミ先生は『感染源を断ち切ることが最優先だ』とおっしゃっています。お願いしたいのは、ネズミ捕りです」
ナギは必死に食い下がる。
「サトリ! あなた罠は得意でしょ。力になれるわ!」
リーナが熱っぽく言った。
急に話を振られたサトリは、驚いて肩を跳ねさせた。正直に言えば、彼は大人たちと同じく、引き返したいと思っていたのだ。
「サトリ。私たち、この旅に出発したときに覚悟したんじゃない? 命の危険を承知で旅立ったんじゃないの?」
リーナの真剣な眼差しに、サトリの胸の奥で何かがざわめいた。
——これまでの出来事が、走馬灯のように駆け巡る。
そして、ふいにロトの言葉が蘇った。
『お主はニンフを助けねばならぬと思っておるようじゃが、それは違う。お主の歩みこそが、世界の流れを変えるのじゃ』
サトリは考え込んだ。
(もし僕がノーマンズランドにたどり着けなくても、世界の何かが変わるなら……それもまた、天命なのかもしれない)
そして、珍しく重々しい調子で口を開いた。
「行こう、リーナ」




