第35話 村の支配者
ミセルの愛馬ルドルフは雄馬である。軍馬としての力強さと持久力が求められるからだ。一方、ローレンの馬は雌馬。彼の商売道具は繊細なものが多いため、気性の穏やかな雌馬が向いている。名前をエイミーという。
面白いことに、主同士はいがみ合ってばかりなのに、ルドルフとエイミーは仲がいい。今も草原で寄り添いながら草を食んでいる。休憩が終わると、それぞれの主のもとへ戻るのだが、別れ際に少し寂しげな素振りを見せるのが何とも愛らしい。
そんな馬たちに揺られながら一行はまた村にたどり着いた。だが、いつもと様子が違う。村の入り口に立つやいなや、村長らしき老人が慌てて駆け寄ってきた。
「あんたら、悪いことは言わん。さっさと次の村へ行きな!」
ローレンは目をしばたたかせた。「しかし、仕入れもあるし、今から移動するのもなぁ」
村長は焦ったように振り返り、何かを見つけたらしい。目を見開き、叫ぶように言った。
「あっ!あいつらが来る! 忠告はしたからな!」
そう言い残すと、村長は自分の家へ逃げるように駆け込んでいった。
呆気にとられていると、背後からがなり声が響いた。
「お前ら行商人か? この村で商売するなら入村税を払えや」
振り返ると、見るからにガラの悪い若者の一団が立っていた。頭らしき男が顎をしゃくると、取り巻きたちは「へっへっへっ」といやらしく笑った。
ローレンは鼻を鳴らした。「なんだ、お前ら?」
男は腕を組み、ふんと笑った。「この辺の村を守ってやってる用心棒さ」
ローレンはしばらく黙り込んだ。
(「荒事になっても、こっちにはミセルとリーナがいる。こんな山賊ごっこの餓鬼に後れを取ることはないだろう。しかし、ミセルはともかく、リーナに人を斬らせるのは目覚めが悪い。」)
渋々、金を支払うと、男たちは満足げに引き上げた。
「じゃあな、お客さん。またな!」
翌日、村で行商を始めたものの、様子がおかしい。サトリとリーナの客寄せも不調で、村人たちは必要最低限の買い物をすると、すぐに帰ってしまう。
(「こりゃ、早めに見限った方がいいな。」)
ローレンがそう思い始めた頃、昨日の一団がまたやってきた。
今度はサトリとリーナを取り囲み、からかい始める。
「よーよー、お嬢ちゃん、可愛いねぇ」
「こっちは女騎士さんか。勇ましいねぇ」
卑下た笑い声が響く。その中の一人がミセルの愛馬ルドルフに手を伸ばそうとした――
その瞬間。
シュッ。
鞘ごと放たれたミセルの長剣が閃いた。
バキッ!
乾いた音が響き、男の腕がありえない方向に折れた。
「ぎゃあああ!」
転げ回る男をよそに、不良どもは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「おいおい、忘れ物だぞ?」
ミセルは倒れた男を軽く蹴った。慌てて二人が駆け戻り、男を抱え上げると、半泣きになりながら駆け去っていった。
ローレンは溜息をつき、仲間たちに向かって叫んだ。
「やばい、今すぐ逃げるぞ!」
そして恨めしそうにミセルを振り返る。
「騎士様はこらえ性が無いねぇ。」
ミセルは薄く笑った。「なに、少しお仕置きをしたまでさ」
一行は這う這うの体で村を後にした。
※入村税:村に入るための利用税のこと




