第34話 勇者
ミセルは黙って村の方へ戻っていった。後に残された皆も、なぜか言葉を失った。しばらくして、蹄の音が響く。ミセルが戻ってきた。
馬上の彼女は鎧を脱ぎ、軽装になっていた。
「乗れ。」
ミセルは手を差し伸べる。
「待て、ミセル!それは危険だ。」ローレンが声を張る。
「怖くないか?」
少女は震える声で答えた。
「大丈夫、騎士様。お母さんにこの花束を渡せるなら……死んでもいいわ。」
「いい覚悟だ。しっかりつかまっていろよ。」
ミセルは薄く笑った。
止めようとするローレン、不安げなサトリとリーナ、興味津々のアモン――彼らには目もくれず、川の方へと馬の歩を進めた。
川の流れを見極めると、ミセルは馬に声をかける。
「頼むぞ、ルドルフ。頑張ってくれ。」
馬は普通、水を嫌う。しかし、ミセルの愛馬ルドルフは鍛え上げられた軍馬だった。主人への絶対的な信頼のもと、彼はためらいなく水の中へ踏み入った。
流れに逆らいながら、慎重に歩を進める。鐙のあたりまで水が迫るころ、一同が固唾をのんだ。そのとき――
「ミセル!危ない!」
岸からの叫び。流木が勢いよく流れてくる!
ミセルもルドルフも即座に察知した。しかし、回避する余裕はない。誰もが、二人が流される光景を思い浮かべた……
だが、その瞬間。
ルドルフが踏ん張り、自ら流木にぶつかりにいった!
衝撃が走る――しかし、彼はびくともしない。まるで岩のようにその場に踏みとどまり、流木を押し流したのだった。
「やった!」
歓声が上がる。悠然とルドルフは歩を進め、ついに対岸へとたどり着いた。
少女はそっと墓の前に花束を捧げた。
「ねえ、騎士様。どうしてこんな危険を冒してまで私を助けてくれたの?」
「ああ、それか。」
ミセルは遠くを見つめる。
「……私にも、命を懸けてでも花を手向けたい人がいるんだ。」
少女は目を丸くしたが、すぐに静かにうなずいた。
帰りは川の深さや流れを把握していたため、危なげなく渡りきることができた。
ミセルと少女が馬を降りると、ルドルフがブルリと身震いする。そのしぶきが駆け寄ってきた仲間たちに降りかかり、全員が思わず笑い出した。
「良かった、無事で!」
「ヒヤヒヤしたよ!」
リーナとサトリが安堵の声をあげる。アモンは面白そうにニヤついていた。
ローレンは苦笑しながら言う。
「まったく……無事だったからいいものの、無茶は勘弁してくれよ、騎士様。」
少女が深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。お母さんもきっと喜んでいます。騎士様……あなたは勇者です。」
ミセルはそっけなく言う。
「なに、弱きを助けるのは騎士の務めだからな。それに――真の勇者はルドルフだ。」
ルドルフは鼻を鳴らし、誇らしげに頭を上げた。




