第11話 笛の音
「なに言ってんの、リーナ!居場所を教えるだけじゃないか!」
リーナの突飛な提案に驚きながらも、サトリは声を上げたり身動きしたりすることを辛うじて我慢した。
「大丈夫よ、あなたの笛は素敵だもの。動物はリズムや旋律に反応することがあるって聞いたことがあるわ。あの怪物だって、きっと聞きほれるはずよ。もう逃げられないなら、試してみるしかないでしょ?」
サトリは考え込んだ。確かに、引き返そうと動けば、あの灰色狼は目を覚まし襲ってくるだろう。もはや、死んだも同然だ。ならば、奇跡を信じるしかない。サトリは震えながら決心し、そっと愛用の笛を取り出した。目を閉じ、心が落ち着くのを待つ。
意を決して、サトリは笛を吹き始めた。優しく、美しい甘美な旋律がゆったりと流れる。
灰色狼はサトリの予測通り、すぐに目を開け立ち上がった。鋭い目でこちらをにらみ、牙をむいてうなり声をあげる。しかし、次第に狼の様子が変わっていった。サトリには知る由もなかったが、リーナには、その荒々しかった目つきがゆるみ、うなる声が喉の奥でかすれるのが分かった。
「もう少しよ、サトリ。がんばって…!」
サトリはこれまでのどの演奏よりも心を集中させた。すると、不思議なことに、あれほど感じていた恐怖が薄れていく。代わりに、旋律はさらに冴えわたり、祭りでの演奏に慣れたリーナでさえも、思わず固唾を飲んで聴き入った。
やがて、灰色狼は大きく息をつき、その場に伏せると、まるで子犬のように前足を折りたたんで眠り始めた。口元から舌が垂れ、涎が地面に落ちる。
「今よ、サトリ。笛を吹き続けて。私が背中を押して誘導してあげる。」
リーナはサトリの耳元でそっと囁いた。サトリは意識がどこか遠くに飛んでいるような表情だったが、リーナに促されるまま、静かに一歩を踏み出した。
じりじりと進む。心臓の鼓動でさえ、狼に聞こえてしまいそうな気がした。焦る気持ちを押さえつけ、リーナはサトリの背中に添えた手に力を込める。
長い時間に感じられたが、ついに灰色狼の姿が見えなくなった。リーナは深く息を吐き、そっとサトリの腕を引いた。
「もう大丈夫よ、サトリ。早く走ってここから離れましょう!」
「え…僕、どうしてたの?」
まるで夢から覚めたばかりのような、茫然とした表情のサトリを見て、リーナは彼への敬意を新たにした。だが、まだ安心はできない。灰色狼が目を覚まし、追ってくるかもしれない。
二人は足早に先を急いだ。しばらく走ると、視界の先に、さほど大きくはないが、しっかりとした造りの民家が見えてきた。
「賢者の住処はあれかなぁ…?」
「そうね、きっとあれだわ!」
ほとんど駆け込むような形で、二人は民家の玄関に立った。リーナが息を整え、来訪を告げようとした瞬間、扉がひとりでに開いた。
なかから響くのは、しわがれた老人の声。
「ようこそ、サトリヌスの皇子よ…!」




