02 偽りの文通
ルークさんが再びこの店を訪れたのは、それから少し経ってからのこと。
「娘から、返事が届いたんだ」
私が書いた偽りの返事は、渋々ながらも協力を約束してくれたマーティンが、無事ルークさんの元へ届けてくれたようだ。その嬉しそうな横顔に罪悪感がちくりと胸を刺す。同時に、気づかれていないことに安堵している自分もいた。
彼はマーティンを労うように「あの悪戯小僧も、立派に働いているのだな」と目を細める。
「……なんて書いてあったんですか?」
「ああ……突然の連絡には驚いたが、気持ちは受け取った、と。……返事が来るとは思わなかったから、救われる」
ルークさんは私の書いた手紙を宝物のように両手でそっと持っていた。以前会ったときよりも声に張りが戻り、丸まっていた背筋も、少しだけ伸びているように見える。
偽りの言葉だったとしても、この人の心を少しでも救えたのなら。
私のしたことは間違いではなかったのかもしれない。
そう、思いたかった。
「ただ……金は受け取れないと返されてしまったんだ。それでは私の気が済まない。もう一度、代筆を頼めるだろうか」
「それは構いませんが……あまりしつこくすると、かえって娘さんのご負担になってしまうかもしれません。返事が来なくなりませんかね……?」
「む……それは困るな。せっかくこうして再び繋がれたんだ。あの子の負担にだけはなりたくない」
「でしたら、まずはただの文通から始めてみてはいかがでしょう? 娘さんがもう少し気を許してくれた頃に、改めてお気持ちを伝えてみるのが良いと思います。きっと、今はまだ戸惑っているだけですよ」
「……そうか。そうだな、君の言う通りだ。……ふっ、君はずいぶんしっかりしているな。私の娘と同じくらいの歳だろうに、こうして仕事までしているのだから、大したものだ」
――ルークさんの笑顔を見るのは、これが初めてだったかもしれない。
こんなにも穏やかな顔で笑う人だったのだと。
私はこの日、初めて知った。
*
「イリナは馬鹿だな。貰えるもんは、貰っちまえばいいのに」
ルークさんの言葉を代筆し、彼が満足げに帰っていくのを見送ったあと、今度は娘さんとしてインクの香りが残る筆を執る。
なんともおかしな二重生活だと思いながら書き終えた封筒を手にマーティンの元を訪れると、開口一番に呆れられてしまった。
「駄目よ。ただでさえ騙しているようなものなのに、お金まで受け取ったら……本物の詐欺師になっちゃう」
「手間賃くらい貰ったって罰は当たらねえよ。便箋だってタダじゃねえんだぞ?」
「あら、これはあなたがくれたものじゃない。……いい? 絶対に、ルークさんにバレないようにしてね」
「へいへい。俺だってあの人に睨まれるのは御免だよ。ガキの頃、何発拳骨を食らったと思ってんだ」
「それはマーティンが悪いの。森に入っちゃいけないって言われてたのに、何度も行っちゃうんだもん」
「だってお前があの花を――……いや、まあいいや。とにかく、あんまり深入りしすぎるなよ。あのおっさん、村長に嫌われてるんだ。お前にまで火の粉が飛んだら厄介だろ」
私が曖昧に頷くと、マーティンは「まあ、何かあったら俺がどうにかするけどさ」とぶっきらぼうに付け加えて、封筒を鞄にしまった。
「んじゃ、しばらく留守にするぜ」
そう言って軽く手を振り、彼は村の入り口へと歩き出す。
郵便屋である彼は、こうして定期的に村と街とを行き来しているのだ。
彼の背中が小さくなると、村の中が少しだけ広く感じられる。
ひとり暮らしの私にとって、何かと気にかけてくれる彼がいない時間は……時に、不安を伴うものだった。