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「お前は誰の味方なんだよ」

「圧倒的にポール卿ですね」


 目をキラキラと輝かせいつもの八割増の愛嬌を振りまくアンソニーが、魂の抜けたポーリーンを嬉々として見送りという名目の王宮内デートに連れ出したのを見送った後。それまでは大人しく身を潜めていた主人、王弟殿下が詰めていた息を吐きだしてごん!とかなり良い音共に執務机に突っ伏した。

 ポーリーンが執務机に手を叩きつけた時に飛び散った書類を拾い上げ、ある程度順番にまとめ直し机の右側にまとめると、ベンジャミンはこともなげに言った。

 当然だ、比べるべくもない。ポーリーンはベンジャミンにとって永遠の女神であり憧れであり尊敬してやまない()()()騎士なのだ。「ポール卿頑張れ!!」と後ろから声援を送っていたのもベンジャミンだったりする。


「お前、俺の従者だろう…」


 お前くらい俺の味方しろよ、と執務机に横向きにべちゃりと顔をつけて嘆く主人にベンジャミンはにべもなく言った。


「完全に自業自得でしょう。先王陛下と王太后様から、ついでに王妃様からも茶会のお誘いが届いております。時間を調整しておりますので逃げずにしっかりと伺ってくださいね。」


 お茶会という名のお説教だ。甘んじて受けていただこう、とベンジャミンは思った。

 普段はある程度庇いもするが、主人は今回ばかりはやりすぎた。危うく国はポーリーンという稀有な騎士を失うところだったし、第二騎士団と先駆けの第三隊の士気が下がり切っている今、何か起これば国の大事に至る可能性すらあった。

 ちょっと意趣返しのつもりだったんだよ…などと言って許されるわけがない。大いに叱られて絞られればよい。個人的な恨みが入っていないわけではないが、常々『ポール卿ファン』を公言して憚らないベンジャミンとしては当たり前だと思っている。


 ちなみにだが、ベンジャミンはポーリーンに対する嫌がらせには一切関わっていない。むしろ主人が何かしようとするたびにあの手この手で邪魔をしてきた。

 結果として、実際に王弟が嫌がらせに成功したのは婚約期間の一年の間に片手の指で足りる程度なのだが、他の有象無象がやらかした嫌がらせも王弟のせいになっており罪状が増えている現状だ。同情の余地は無いが。


「ぅ…義姉上からも来てるのか…」


 王弟殿下の義姉上、つまり王妃殿下は、王弟殿下が最も苦手とする人であり、同時に王弟殿下の弱点でもある。


 王妃殿下は御年十歳の頃、現王陛下の婚約者となられた。

 当時八歳だった王弟殿下は大変にやんちゃであり、庭園の東屋で行われていた顔合わせの席に乱入し、ついでに蛙も乱入させようとした。そして、あと少しというところでうっかり転び、顔から地面に突っ込んだ。

 蛙はすぽんと王弟殿下の手の中から飛び出て綺麗にセットされていたマカロンの山に見事に落ち、それを見た当時十二歳の王太子だった陛下が「きゃあああ!」と少女のような可憐な悲鳴を上げて手元にあった紅茶をばしゃりとかけた。

 幸か不幸か紅茶は的外れな方向へ飛び蛙にかかることは無かったが、あまりのことに周囲に居たメイドたちも完全に固まってしまった。


 そうして王妃殿下はというと、誰もが固まって動くことも声を上げることもできない中ちらりと王弟殿下を見るとテーブルに視線を戻し、両手でそっと蛙を掬い上げ、「ごめんね」と呟き東屋の向こうの生垣へ逃がしてやった。

 軽くハンカチで手を拭くと倒れ伏したままの王弟の元へ行き、言った。


「蛙、嫌いなの?」

「嫌いじゃない!」

「嫌いだよ!」


 少年二人の声が重なった。前者が王弟殿下、後者が国王陛下だった。王妃殿下は二人を交互に振り返り微笑んだ。


「そう?私は好きよ」


 突っ伏したままだった王弟殿下を立たせ、半ズボンの膝が擦り剝けているのを見ると自分のハンカチで押さえようとしてぴたりと止まり、ちらりと近くに控えていたメイドに目配せをした。

 慌てたメイドがハンカチを渡すと、「ありがとう、汚してごめんなさいね」と微笑んでそっと王弟殿下の血のにじんだ膝に当てた。


「嫌いじゃないなら、酷いことをしてはいけないわ」


 嫌いでも駄目だけどね、と笑うと、恥ずかしさと痛みで顔を歪め涙を堪える王弟の頭を「泣かずにえらいね」と撫でた。


「あなたはね、あなたが思うよりもずっと力があるの。あなたの言葉や行動の一つ一つが誰かの人生を狂わせるかもしれないことを、どうか覚えていて」


 それは国王陛下に言った言葉だったのか、王弟殿下に言った言葉だったのか。二人とも思うところがあったのだろう、よく似た表情で俯いて唇を噛み、何かを考えこんでいるようだった。


 一事が万事こんな感じで、いつでも王妃殿下は国王陛下と王弟殿下の前を行き、後ろからそっと背を押してやった。時に褒め、時に叱り、時に諭し。そうやって、当時あまりにも過敏過ぎた国王陛下とやんちゃ過ぎた王弟殿下をゆっくりと王族と呼ぶにふさわしい人物へと矯正…導いたのだった。

 つまるところ、どの教育係よりも恐ろしく、家族よりも近しく、誰よりも慕わしい相手…絶対に頭の上がらない人。それが王弟殿下にとっての王妃殿下だった。


 ちなみに、なぜベンジャミンがこれほど詳しく知っているかというと、何を隠そうこのハンカチを渡したメイドというのがベンジャミンの叔母に当たる人だったのだ。王弟殿下の従者になると決まった時、「うまく使いなさい」とこっそり王弟殿下の昔話を色々と教えてくれたのだった。


「覚えていてと言われたことを忘れたのですから、それは呼ばれるでしょうね」


 用意してあったお湯で紅茶を入れ、そっと執務机に置く。あえてぬるめに入れて蜂蜜をひと匙入れたそれを、王弟殿下はちらりと見ると、むくりと起き上がりそのままぐいっとひと息に飲んだ。


「分かってる」


 音もなくカップをソーサーに戻すともう一杯寄こせとばかりにソーサーごと差し出したので、すでに別のカップで用意していた蜂蜜入りの紅茶のカップをソーサーごと交換した。


 実は王弟は、ポーリーンとの約束通り婚約解消届にサインをしていた。ただし、それはアンソニーとの婚約解消を望んでいたわけではなく、ひとつのけじめと贖罪としてだった。


 やり過ぎはしたし有象無象の動きを読み間違えはしたが、王弟は決して二人を引き離そうとしたわけではない。ただ、アンソニーが一方的にポーリーンに思いを寄せていることが気に食わなかっただけなのだ。

 だから王弟は、ポーリーンがアンソニーを頼ればいいと思ったのだ。少し困らせて、アンソニーを頼らせて、アンソニーが助けて。そうしてポーリーンが少しでもアンソニーを好きになればいいと思ったのだ。多少のうっ憤晴らしはあったかもしれないが、それでも不幸になれと思ってやったことでは無かった。


 もしもポーリーンとアンソニーの婚約が解消になるのなら、それは自分が責を負うべきだと王弟は考えていた。

 どれほどアンソニーに恨まれても、周囲から白い目で見られても。自分のやり過ぎと甘さから起こったことだったから、自分が責を負い、終わらせるべきだと思ったのだ。


 幸いというか何と言うか、すでにアンソニーが気づいて手を打った後だったため退団届けも婚姻解消届も受理されることは無く――それどころか存在しなかったはずの婚姻届が王命で受理されたのだが――そこはやはり、アンソニーだからと言うべきか。


 根っからの悪人ではない。ただ、自分の興味や『面白い』を優先しすぎて悪乗りをし、加減を間違えて失敗を…時に大失敗をしてしまうだけなのだ。

 そんな王弟をベンジャミンはそれなりに気に入り、失礼ながら困った弟のように大切に思っていたりするのだ。王弟殿下の方が年上なのだが。

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