第七話 終わらない七月
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二〇二五年 七月六日
僕、天川逢瀬は桜井さんや美希さんと同じ学校のクラスメイトでした。
桜井さんは長谷部君といつも睨み合っていて、それを見て笑っている美希さんや竜生君、桜井さんに嫉妬心のあった逢沢さん、何を考えているのか分からない芹沢君。
僕達は平和な日常を過ごしていました。
「なぁ天川…。」
長谷部君は深刻そうな表情で僕に話しかけた。
「どうしたの?酷い顔だよ?」
「なっ!?誰が不細工だよ!」
「…言ってないよ。それで、どうしたの?」
長谷部君は凄く分かりやすい。
頬を赤くしているのを見ると、恐らく好きな子がいるとかそういう話だろう。
見た目の割には恋愛に奥手で初心なんだよなぁ。
「…お前さ。桜井の事どう思う?」
「え?桜井さん?どうって、良い人だよね。」
長谷部君は深い溜息を吐いた。
「…気にした俺が馬鹿だったよ。」
「何が?」
「何でもねぇよ!」
そこまで言ったらもう桜井さんが好きだってバレバレなのに。
でもそれが長谷部君の良い所だよ。
「二人でなんの話ー?」
桜井さんと美希さんが僕の後ろから覗き込むように話しかけてきた。
「うわぁ!びっくりした!」
「こっちの方がびっくりしたよ!」
長谷部君は照れくさいのか遠くを見ていた。
「で?何の話?どっか行くの?」
美希さんが本題へと戻した。
「いや、実は長谷部君がね…」
「お、てめ、ふざけんなっ!」
長谷部君は焦って僕の口を塞いだ。
「何さ?気になるじゃん!」
「うるせぇ!てめぇには関係ねぇよ!」
「何その言い方!」
桜井さんと長谷部君は睨み合っていた。
「あんたらほんと仲良しだね。」
「…これ仲良いって言うのかな?」
「さっさと付き合えばいいのに。」
「「はぁ!?」」
二人は声を揃えて照れ臭そうに頬を赤くしていた。
「「誰がこんな奴と!!!」」
「…こんなに息ぴったりなのも凄いね。」
「でしょ?」
僕は美希さんの笑顔に一瞬ドキッとしてしまった。
「大体こんなブスと一緒に歩けねぇっての。」
本当はそんな事全く思っていない。
ただの照れ隠しなのだろうが、この言葉で桜井さんの表情は大きく変化した。
桜井さんは怒りを押さえ込んでいた。その我慢は次第に涙目に変わってしまった。
『パァァァァァァンッ!!!!!』
桜井さんは長谷部君の左頬を一瞬で赤くした。
あの小さな手からは想像も出来ない程の力であった。
その為、長谷部君は勢いに負けて転んでしまっていた。
正直、こんなにも人間の無様な姿を見たのは初めてだった。
桜井さんは、そのまま何も言わずに去ってしまった。
美希さんは「あちゃー」と頭を搔きながら桜井さんを追いかけた。
「…。」
長谷部君は一点を見つめ、唖然としていた。
「えっと…立てる?」
一応、手を差し伸べてみた。
すると、長谷部君は涙目でこちらを見つめた。
「…どうしよ。」
自業自得ではあるが、可哀想と思ってしまった時点で僕の負けであった。
屋上
「それでは、これより裁判を開始します。裁判長は私、芹沢涼太が務めます。」
「…えっと、どういう状況なのかな?」
屋上には、使われていない机や椅子が幾つかある。
その机と椅子を使用して、裁判?的な事をしているようだ。
まぁ見るからに被告人は長谷部君なのだろうが。
机は一つのみ置かれ、机のある椅子には芹沢君が座っていた。
そして左右には椅子が二つずつ置かれ、左側には美希さんと空席。そして右側には竜生君、逢沢さんが座っていた。
その中心に立たされているのが長谷部君であった。
「えぇ、おっほん。それでは、被告人長谷部優。あなたが犯した罪を答えなさい。」
「…何でお前に答えなきゃいけねぇんだ。」
「死刑。」
「何でだよっ!」
芹沢君と長谷部君が言い合いをしている中に、美希さんが割って入る。
「あのさぁ、長谷部。美月と仲直りしたいんだよね?なのにその態度はどうなのかなぁ?」
長谷部君は口から「グゥッ」っと聞こえる程に痛い所をつかれていた。
「…桜井に、思ってもいない発言をしてしまいました。」
「なんと言ったのか答えなさい。」
芹沢君は、ピコピコハンマーを二回机で叩く。
「…お前みたいなブスと一緒に歩けないって。」
すると、その場の全員が「うわぁ…」とドン引きしていた。
「被告人の罪について、弁護のある者。」
シーンッ。
「被告人は死刑!これにて閉廷!」
ピコッピコッ
「だから何でだよっ!」
「…そもそもなんで思っても無いこと言ったんですか?自業自得じゃないですか。」
竜生君は長谷部君の傷付いた心へ再び矢を放った。
「…恥ずかしくなって。」
「…えっと、優君は美月ちゃんが好きってこと?」
逢沢さんの質問に長谷部君は頬を赤くする。
「ち、違う!別にそういうんじゃなくて!」
バンッ!
机を掌で叩く音が響く。
「あのさぁ、反省する気がないなら私達帰るよ。あんたが美月を好きなのは皆とっくに知ってるっての。好きならちゃんと好きって言えよ。」
美希さん、物凄く男らしい。
「…き…だ。」
「はぁぁぁぁい?聴こえませぇぇぇん!」
「俺は桜井美月が大好きだぁぁぁぁぁッ!」
ボトンッ!
長谷部君のカミングアウト後に屋上のドアから何かが落ちた音が聴こえた。
そこには頬を赤く染め、鞄を床に落とした桜井さんが立っていた。
そして、二人以外の全員が声を揃えて言った。
「「「「「 …あっ。 」」」」」
桜井さんは鞄を持って逃げるように屋上から出て行った。
一方長谷部君は…
「…口開けたまま気失ってるし。」
やむを得ず僕は、長谷部君の代わりに桜井さんを追い掛けた。
河川敷
下校途中の河川敷に桜井さんはいた。
草むらに座って、遠くを眺めていた。
僕は「桜井さん」と呼び掛けて隣へ座った。
「…天川君。」
桜井さんはどことなく切ない表情をしていた。
「…私、初めてなんだ。同級生の男の子に好きって言われたの。」
「…そうだよね。」
「優とは、幼なじみで。いつも睨み合って、ふざけ合える友達って感じで。そんな風に思った事なくて。…どうしたらいいのか分からなくて。」
桜井さんは少し切なそうにしていた。
友人であった手前、一度気まづくなるとこんなにも崩れてしまう。
長谷部君もこの関係が壊れるのが怖かったんだと思う。
「…どうするつもりでいるの?」
「…私、他に好きな人いるんだ。」
「桜井!」
ありがちな展開、なんてタイミングで来てるんだよ長谷部君。
「…優。」
「あのさ、さっきのは友人としてって意味でさ。勘違いして俺達の関係が崩れるのも嫌だしよ、急いで追い掛けてきたんだ。」
「…そっか。そうだよね。」
長谷部君はそっと桜井さんに手を差し出す。
「これからも友人として仲良くしてくれ。」
「うん。」
二人は笑顔で握手を交わした。
「美月ー!一緒帰ろー!」
美希さんが桜井さんに駆け寄って来る。
「あれ、美希。…それに皆も。」
竜生君、逢沢さん、芹沢君も心配で追いかけて来たらしい。
「ウチら仲良すぎぃ。」
美希さんは桜井さんの頬を擦り寄せながら話す。
「ちょっと、美希!」
二人がじゃれ合っている中、僕は長谷部君の隣へと行った。
「…長谷部君。聴こえてたよね?」
「…まぁな。」
「これで良いの?」
「…良いさ。話せなくなる方がしんどいしな。」
長谷部君の横顔を見て、少し逞しくなったように感じた。
「ねぇ!皆!」
逢沢さんの言葉に全員が振り向く。
「…明日は七夕だし、折角だから皆で短冊書いたりしない?ほら、高校最後の夏の思い出に。」
逢沢さんの提案に全員が賛成した。
「でも、笹竹が無いですよ。」
「わ、私用意しておいたよ!皆と短冊に願い事書きたかったから!」
「流石ですね、桃。」
竜生君は桃さんの頭を撫でる。桃さんは嬉しそうにしていた。
この二人は幼なじみであって付き合っている訳では無いそうだ。
まあ逢沢さんはともかく、竜生君はそういうタイプでは無いだろうし。逢沢さんは長谷部君が好きらしいし。
「…恋は複雑だな。」
そして、僕達七人は逢沢さんの家に寄り、笹竹と短冊、マジックペンを持って近くの公園に集合した。
「皆なんて書くの?」
「どうせ最後には全員の見るだろ。」
桜井さんと長谷部君は普段通り接していた。
「…良かった。」
安心の気持ちが口から溢れ、逢沢さんは「フフッ」と笑った。
「私、桜井さんが羨ましい。」
「…どうして?」
「優君と仲良しなのもそうだけど、可愛いし面白いし。男の子は絶対好きなタイプだと思う。」
僕は反応に困り、頬を指で掻いて誤魔化す。
「…嫉妬はしちゃうけど、仲が壊れるのは嫌だもんね。」
僕はこの時、少し違和感を感じた。
逢沢さんは、穏やかで優しくて、包容力もあって。
だけど、この時だけは一瞬恐怖を感じた。
まるで心の奥底は、微塵もそうは感じていないような…。
僕以外の皆は短冊に願い事を書き終え、笹竹に一つずつ吊るし始めた。
「ムフフ、皆なんて書いたのかなー?お!これは美月。」
「ちょっとやめてよ美希!」
桜井さんと美希さんはいつもの様にじゃれ合いながら、美希さんが短冊の内容を読み上げる。
「えーっと。皆といつまでも仲良くいられますように!きゃぁぁぁ、可愛くて死ぬッ!」
「ほんとにやめてってば!」
桜井さんは、普段は不真面目でふざけたりする子だけど本当に友達思いだ。
「竜生はなんて書いたんだ?」
【桃が笑顔でいられますように。阿久津 竜生】
「…保護者?」
「うるさい。そういうあなたはなんて書いたんですか。」
竜生君は長谷部君の短冊を無理やり見る。
【新しい恋が見つかりますように。長谷部優】
「…ドンマイ。」
竜生君は長谷部君の肩にそっと手を置いた。
「何がだよォ!」
僕は皆がじゃれ合っている隙に美希さんと芹沢君の短冊を見た。
【美月や皆とずっと一緒に笑ってたい! 美希!】
【いつか俺の想いが届きますように♥ 芹沢涼太♥】
…美希さんらしいや。
僕は芹沢君の短冊は見て見ぬふりをした。
「逢沢さんはなんて書いたの?」
逢沢さんは、笑顔のまま笹竹から遠くに離れて行った。
「桃の願いはもう叶いそうだから良いの。」
僕は「え?」と言いながら、逢沢さんの短冊を見た。
【みんな死んじゃえばいいのに。 逢沢桃】
短冊を見た瞬間、笹竹を中心に地面や光景が闇に覆われ始めた。次第に空までも色を変えた。
「な、なんだよこれ!?」
「ちょっと、何の冗談?」
皆が焦っている中、竜生君は逢沢さんの方を見ていた。
「…桃?」
僕も振り返るとそこには、笑顔でこちらを見続ける逢沢さんがいた。
「…桃?どうしたんだ?」
竜生君はゆっくりと逢沢さんに近付く。
「…竜生君。今はやめた方が。」
竜生君は僕の手を払いのけ逢沢さんに近づいて行った。
次第に他の皆も竜生君と逢沢さんの方を見ていた。
「…桃。怖いんだよな?こっちに来い、俺がそばに居る。」
いつしか竜生君が教えてくれた事がある。それは竜生君自身の敬語について。今、竜生君の敬語が無くなっている。これは精神的に不安定になっている証拠なのだと言う。
「…竜生、ウザいから消えて。」
一瞬の事であった。
竜生君が真っ二つに斬られ、出血の雨が降り注いだ。
全員が悲鳴をあげ動揺していた。
竜生君の死体が倒れた時、逢沢さんの目の前には着物を着た二人の女の子が現れていた。
色白のおかっぱ頭で、全く同じ顔つきをしていた。一人は赤い着物、もう一人は青い着物を着ている。
逢沢さんは二人の頭を撫でて「ありがとう」とだけ呟いた。
「逢沢さん…これはどういうことですか?」
「天川君、最後に貴方と話せて良かったよ。貴方は優しいから最後にしてあげる。」
そう言うと逢沢さんと二人の女の子を避けて、地面に大きな穴が空いた。
僕や桜井さん、美希さん、長谷部君、芹沢君は抵抗も出来ず中へと吸い込まれた。
竜生君の遺体は塵となって消えた。
逢沢さんは真顔のまま静かに泣いていた。
周囲の闇は次第に消えていった。
そして、女の子二人は逢沢さんに問い掛けた。
『『願いは叶えた。』』
「…わかっています。」
逢沢さんは女の子二人に天高く連れて行かれた。
「ちょっと!どういうこと!」
『オマエダケズルイ。』
『ミンナシンジャエバイイ。』
「…ちょっと…待ってよ。…違くて。」
二人の女の子は手を離し、逢沢さんは空から落ちていった。
悲鳴も離れる程遠くなり、次第に聴こえなくなった。
二人の女の子は不気味な人形のように高らかに笑っていた…。
次回
第八話 闇




